藍色異世界に跳ぶ

 ???




(アレ?オレは確か……ツーベルトと戦って光に包まれて……それから……)




 気づいたら、シンは見たこともない高層ビル群の平地にいた。

 外は雨のようで雨は弱酸性雲を示しており、土砂降りがテリスを濡らす。

 GPSは機能せず、周囲の地形情報に合致する情報もない。

 そう言えば、「漫画やアニメで似たような展開があったな」などと思った。




「テリス、ここがどこかわかるか?」


『並行世界という奴でしょうね』




(やっぱり、そうか……何となくそんな気はしていた)




「場所?」


『多分、日本です』


「帰還見込みは?」


『アサルトを使えば可能です。ただし、再使用は23時間と45分後になります』




 ”アサルト”は安定した転移航行技術だ。

 その気になれば、銀河の端まで行くことも出来る。

 ただ、どんな使い方をしても1日1回と言う制約があり、これは敵の妨害によるものだ。

 他の空間転移よりも圧倒的なエネルギーロスの少なさと世界一安定した転移であり、あらゆる物理現象と隔離した転移方式よりも安全だ。

 ただ、そんな”アサルト”を連発されると不利になると言う敵の工作で多用は出来ない。

 既にロアに強襲をかけた時に一度使っている為、再使用にはそれだけの時間がかかる。




「とりあえず、身を隠すか……」




 こんな都市の真ん中に兵器だと流石に目立つだろう。

 この世界にも人間はいるだろうから迷惑はかけられない。

 だが、少し遅かった。

 平地の前に警察もパトカーが現れ、降りて来るように促してきた。

 ビルの上にも動体反応があり、何らかの機動兵器だと思われる。

 無駄な交戦をすると被害が出るかもしれないと思ったシンは事情を話す為に外に出た。

 テリスには万が一の為に”神光術”を使うように待機させる。




「お前、あのWMウォークマシンはなんだ?見たこともない型式だが?」




 どうやら、日本語が通じるらしい。

 言葉が通じないと話にならないから助かったと思った。




(WMか……)





 恐らく、この世界のAPに類する機体か、何かだろうと予想はついた。

 取り調べる警察官の横で興味深く、もう1人の警官が細部の写真を撮る。

 「スラスターかこれは?」と言っているあたり、この世界の機体にはスラスターがないのかも知れない。

 シンは適当に答える事にした。




「最新規格のWMの試作機だ。歩行テストの兼ねてここに来た」


「役所の許可は取ったのか?」


「取り忘れていたな。10分に帰ろうと思っていたからな」


「それは困る。流石に役所に出して貰わないと。罰金を払って貰うぞ」


「わかった、いつまでに払えば良い?」


「今すぐだ」




(今すぐ?不味いな。この世界の通貨など持っていないぞ。何とかして誤魔化すしかないな……)




「こいつの研究費のせいで今は持ち合わせがない。後ではダメか?」


「ふん、なら、左手首を出せ」


「左手首をか?」




 シンは言われるがまま、左手首を差し出した。

 警察官は何かのスキャナーらしき物をシンの左手首に翳した。

 スキャナーから光線が出て、何かを読み取っている。

 特に害はないようだ。

 だが、スキャンに失敗したエラー音がなり、男が顔を顰める。

 「すまんがもう一度確認する」とさっきよりも高圧的になった男は再びスキャンをかけた。

 だが、エラー音は変わらなかった。

 男の顔が更に険しくなる。





(何か、不味い事をしたか?)




「お前、チップはどうした?」


「チップ?」


「生まれた時に付けられるだろう?あのチップは?」


「あぁ、チップは試作機製作実験中の電磁波で壊れた」




 恐らく、体内に埋め込むタイプのチップがこの世界の人間にはあるのだろう。

 アクシデント壊れたと言う事にすれば、余計な騒動は起きないだろうと考えた。

 だが、男は突如銃口をこちらに向けた。




「貴様の体内にはそもそも、チップがない!貴様はまさか、ロア ムーイ様に逆らう反逆者か!」


「ロア ムーイ……だと」




 シンはテリスの情報網でツーベルトへの復讐前にその情報と名前を既に聴いていた。

 シンが戦ったツーベルトマキシモフは今、その名前を名乗って活動している事を知っている。

 並行世界でその名を聞くとは思わなかった。

 そこまで言われると逃げるか、殲滅しか残っていないかも知れないと言う使命感に駆られる。

 理由は分からないがどうやら、チップと言う物が体内に無いとこの世界ではテロリストと同じ扱いを受けるらしい。




「テリス!」




 シンの声を合図にテリスは起動、掌から”神光術”で形成されたレーザーを発射した。

 シンはすぐに姿勢を低くすると放たれたレーザーは警官の拳銃に命中、溶解し誘爆した。

 誘爆した破片が四散して警官は手を負傷、警官は手を抱えながらその場に蹲り、破裂した銃の破片が痛々しく手に刺さる。

 シンはすぐさまテリスの近くにいた警官の頭部に回し蹴りを叩き込み、テリスに乗り込んだ。

 近くにいた機動兵器も異変に気付きテリスに銃口を向けて「止まらないと撃つぞ!」と言うお決まりの警告をしているが、シンは無視して機体を上に跳躍させる。


 一気にビル以上の高さまで跳躍するとそこで敵の姿を視認する事が出来た。

 APと同等の大きさの人型兵器だ。

 足回りはAPより重厚に出来ているかも知れない。

 APとは違いスラスターの類はなくこちらが飛行して逃げようとするのをビルの谷間を超えて走ってくるのだ。

 手持ちの火器はAKシリーズをモチーフにしたようなアサルトライフルだ。




「アレがWMか」


『この世界の主力兵器のようですね』


「空が飛べないなら大した脅威になりそうにないが……」




 だが、油断をするつもりもない。

 敵の全てを知っている訳ではないので、何らかの手でこちらに攻撃を届かせるかも知れないと念頭に入れていたが、すぐにそれが杞憂になってしまう。

 突如、敵のWMの動きが鈍り始める。

 まるで錆びついた機械人形の如く鈍い動きを見せながら、ビルの谷間を越えようとしたところで勢いを失い、谷間に落ちていく。




「何?どうなっている?欠陥兵器か?」




 だが、その理由はすぐに分かった。

 テリスが上空を過ぎると高層ビルの街頭が点滅、信号機が機能を停止し始めていた。

 




(いや、まさか……これはHPMか?)





 シンの世界ではごく当たり前の標準兵装であるHPM。

 AP以外のあらゆる兵器を無力化すると言える電子兵装の異常発達が生み出した産物。

 シンがいた世界では当たり前のように常時発動していたから感覚が鈍っているが、常識の違い並行世界でこんなモノを持ち出されたら世界によって戦争の常識を覆しかねない。

 何せ、広範囲の戦域のAP以外の全ての電子機器を無効にするのだ。

 シンの世界のようにそれを前提としたある程度の都市開発や兵器開発などをしていれば、防げるかも知れないが、それがないならまず、防げない。

 旧世代の民間航空機のブラックボックスすら完全防護出来ないのだ。

 逃げる上ではこの上ない兵器かもしれないが、流石に自分が逃げる為とは言え、街に迷惑はかけられない。





(不味いな……このままだと医療機関とかにも影響を出すかもしれない。電源切るしかないか……)





 シンはすぐにHPMの電源を切った。

 自分が逃げる為とは言え、相手の事情も分からない相手に無闇に使いたくはなかった。

 仮にこの街の人間がニジェール支部のやり方にやり賛同するような人間なら使うか、使わないか、検討するが今は使わない。

 アリシアではないが、自分の目的の為に街の人間を消費するような真似はしない。


 だが、流石に歩行兵器ではスラスターと”ネェルアサルト”とアリシアの譲りの”神時空術”による高速移動の前では追い付けない。

 亜光速で接近できる兵器でもあれば別だが、今回は無さそうだ。

 シンはそのまま街の外に出ようと機体を奔らせる。

 だが、コックピットにすぐに警告音が鳴り響く。




『前方に高出力力場を感知』




 前方に高出力の力場が突如、形成された。

 シンはテリスを空中に止め、真上に逃げようとする。

 だが、既に力場はドーム上に覆われ逃げ場はなかった。




「退路を塞がれたか。しかも、この力場、見覚えがあるぞ」




 テリスのセンサーと照らし合わせてみたが、間違いなくツーベルトが形成した力場だ。

 この世界はツーベルトと何らかの関係性があるのかも知れない。

 いずれにせよ、ここままでは逃げる事もままならない。

 その間に多くのWMと固定砲台がテリスに狙いをつけて発砲、完全にテロリストとして殺す気だ。

 てっきり、APが珍しいので生け捕りを考えていると思ったが、狙いは全部コックピットを狙っている。

 交渉の余地はなさそうだと分かり、シンはドームの中は飛び回る。

 ”ネェルアサルト”をかけながら”高速移動術”で逃げ回る。

 避けようと思えば、避けられない攻撃ではない。

 ただ、あと23時と30分逃げ切らねばならないと言う事だ。

 WNを連続使用しながらの活動は体力のシンが持たない。




「テリス、どこかに逃げ道はないのか?隠れ家とか秘密地下とか?」




 と聴いてはみたが「恐らく、ないだろうな……」と思っていた。

 そんな都合の良いものが転がっていれば苦労はない。

 地下空間があるとしてもこの国の政府が管理下に置いているだろう。




『通信確認。こちらに呼びかけている女性がいます。我々を誘導しています』


「何と言っている?」


『こっちに来て、だそうです』




 何とも、簡潔で分かりやすい要求だった。

 敵か味方かも判別し難いストレートな要求だ。

 だが、このままでは拉致があかない。

 シンはテリスに指定された入り口に向かって最大速度の”ネェルアサルト”で敵の視界から外れ、瞬間移動したように消え、不規則な軌道を取りながら入り口に入り込んだ。

 入り口のハッチが閉まり、そのままエレベーターが起動し地下に降りていく。




「もう、引き下がれんか」




 果たしてこの先に何が待つのか?とシンの一抹の不安を抱えながら地下を下った。

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