アステリスの頼み

「つまり、わたしの世界の”存在”と呼ばれるサタンを倒せば悪魔は中核を失い消滅する。あなたの代わりにわたしがどんな手を使っても”存在”の破壊、もしくはダメージを与える事なんですね」


「その通りです。更に最悪な事に夫が……アスタルホンがサタンに喰われたのです」


「くわ……れた」




 イリシアは開いた口が塞がらなかった。

 アスタルホンは世界そのものと言われ、アステリスと対を成す神と呼ばれた存在だ。

 それが喰われたというのは世界の半分はサタンが支柱に収めたのも同然だったからだ。

 況して、イリシアにとってアスタルホンは父なので最強の父親が負ける等と言うのは検討もつかなかったので絶句した。




「夫は強大化したサタンを刺し違えてでも倒さねばと捨て身でサタンに挑んだ。しかし、結果は深手を負わせましたが惨敗。逆にサタンに取り込まれ力の糧とされています」


「今のサタンは創造主の力すら取り込んだんですね。厄介ですね。具体的には何をすれば良いんですか?」


「まずは争いごとを止める事です」


「分かり易いですけど、難しいですね」


「えぇ……難しいです。どんな形でアレ争いはサタンが最も好むものです。例え、人類同士の争いでアレ、地球外の敵対的な生命体との争いでアレ全てはサタンが自らの力の為に人間を煽る為です。その力は大罪日より苛烈を増し全ての並行世界に波及している」


「それにサタンとは高慢を好む。つまり人間が高慢である以上人間もサタンと言う事に成る。最悪の場合、私が全人類を始末しないと成らない可能性もある」




 それは肉体的にも精神的にも過酷な事になる。

 世界の全てを救う為に世界に敵になるのだから出来れば避けたい話だ。




「押し付けてしまって本当に申し訳ないと思っています。それでもやってくれますか?」


「元より覚悟の上です。友を救う為に戻るつもりでしたから」




 イリシアの瞳には強い意志が籠っていた。

 彼女はアステリスから受けた恩を忘れない。

 その恩を返す為に……仲間を救う為に……何よりここまで頼まれているのに無下には出来なかった。




「でも、今のあなたではそのまま地球に降りたらサンディスタールに更に迫害を受けるのは明らかです。なので、修練を積んで貰います」


「修練ですか?」


「えぇ。この私ですら全てやり切れなかった修練です。ですが、あなたは必ずやり遂げなさい。その修練の失敗は死と同じです。それでも覚悟はありますか?」


「元よりこの身は罪人の身。現世ではあなたの掟に背き人殺しを生業とした穢れた女です。地獄に落ちる覚悟はとうに出来ています」


「これから行くところが正真正銘の地獄だとしてもですか?」


「御意。どこであろうと己を律する覚悟は出来ています。ですが、2つ確認したいです?」


「何ですか?」


「1つ目はあなたに出来ない事をする。それはつまりあなたを超えると言う大罪ではないですか?」




 僕が主人に勝る事はない。そう言う教えもある。

 神に並ぶとは神以上の力を持ち神以上の責任を負う事だ。

 未熟な自分が完全とも言える神になるなど恐れ多くて、烏滸がましいとイリシアは思ったのだ。


 


「何を言っているのですか?人間であればそうですが、あなたは善悪を知る生きる天使以上の完全な存在と成ったのです。そんな事で大罪にはとわれません。それに私が頼んでいるのです。私を超えろと」




 そこまで言われてNOとは言えない。

 かつて、神が大昔に汚れた肉とされた肉を食べろうと教徒に命じた時にその教徒は「わたしはそんな汚れた肉は食べれません」と古い慣習に囚われて神の指示に背きかけた事があった。

 文献の慣習と神様の指示どちらを優先するといえば、イリシアは後者だ。

 なら、それには従う。




「そうでしたね。今の私は人ではありませんでした。では、もう1つ」




 イリシアは恐る恐る聴いてみた。

 どちらかと言うとこれが一番聞いてみたかった事だ。

 無力な自分のせいで離れ離れになってしまった彼らの事だ。




「私が現世で慕っていた。子供達。エド、エル、エイミー達はどうなったのでしょうか?地獄に……落ちたのですか……」




 イリシアは生前も死後もその事が気掛かりだった。

 守る事すら出来ぬまま彼らを見送る事すら出来なかった。

 あの時の自分には何も出来なかった。

 でも、それでも何かしたかった。

 自分に出来たのは天の世界が分からなかった時でも抱いていた。


 天国で平穏に過ごしてと言う願いだった。

 だが、イリシアは気づいてしまった。

 人間が天の世界に行くには自分が過去に受けた”浸礼”と”過越”を受けねばならないと言う事だった。


 アレはアステリスとの契約であり、契約を果たす事でアステリスの加護を得る。

 それが天国への道でもあった。

 だが、彼らはそれを受けていない。


 エド、エル、エイミー達は”浸礼”と”過越”を受けていないのだ。

 なら、地獄に落ちたのではないか?イリシアの中に不安が過る。

 アステリスはそっと口を開く。




「あの者達は地獄にはいない」




 その一言に不意にホッと胸を撫で下ろす。

 アステリスは続けた。




「あの者達は私の契約の機会を受ける前にこちらに来てしまった。加えて、”浸礼”と”過越”を受ければ、私にとって恵深い存在と成る可能性をあの者達自身が育んでいた。一概に斬り捨てるのは惜しいと思った」


「それでは生きているのですね!」




 アステリスは首を横に振った。




「地獄には行っていないだけで生きてはいない。あの者達は間接的に悪魔の毒牙にかかった。悪魔に仕えた者の攻撃はその者を蝕む。今、彼らの魂は凍結され、時期がみて再び回復と教育の機会を与えようと考えている」


「そう……ですか……」




 また、会えると期待していたが現実はそうも上手くいかない。

 どうやら、話の内容からしてツーベルト マキシモフが彼らに何かしらの影響を与えたらしい。

 アストが言っていた。

 今は人間ですら魂を殺す事ができる時代だと。

 それに関連しているのかもしれない。

 イリシア自身が殺された時、特に問題がなかったのは呪われていたとは言え、能力値が高かった事で抵抗が出来たからかも知れない。

 いずれにせよ、地獄に行っていないだけまだ救いがあったと安堵する。




「だが、地球の活動が肥大化しサンディスタールが力を付ければ、この世界は無事では済まない。そうなれば彼らの復活は永遠に行われない」




 イリシアは再び覚悟の炎を滾らせた。

 地球の子供達やあの子達の為なら、自分の命を惜しいとは思わなかった。

 あの子達が生きていくれるなら自分がどうなろうと良かった。

 その為に地獄に行く必要があるなら躊躇ったりはしない。




「私がさせません。必ずやあなたの期待に応えて見せます」




 イリシアの激しく輝く蒼い炎にアステリスは期待を躍らせる。

 その覚悟と想いがどこから来るものなのか、理解してそれが正しいモノだと分かるからこそアステリスも決心した。




「その為ならこの身の肉と血を裂いてでも必ずやり遂げます」


「では、付いて来なさい」




 イリシアはアステリスの後に付いて行った。





 ◇◇◇




 数日後 ベナン基地




 そこでは今後の事が話し合われていた。

 アリシアの損失により、事実上NPの中核戦力はフィオナとリテラが率いる事に成った。

 今後の作戦はNPの契約通り、フィオナとリテラが行動の全てを決定し作戦を遂行する。

 その上でモニター電話越しのディーン コルスは以下の事を提案した。




「ワシはそろそろエレバンに対して攻勢に出るべきと考える」




 ディーンはようやく本題を切り出した。

 シンの話ではNPの本来の目的はエレバンと言う組織を叩く事にある様だ。




「確認しますけど、そのエレバンとファザーが戦争を起こしているんですよね?」



 

 リテラの質問にディーンが答える。




「そうじゃ。奴らには交渉は一切通じない。交渉に出た使者は既に何人も殺されておる」




 それにフィオナはどこか、距離を置いたような発言をする。




「確かにこのまま野放しにしておくには危険かもね」


「他人事みたいに言っておるがお前達の集落を襲うように指示を出したのはファザーだぞ」


「「えぇ……」」




 2人は思わぬ言葉に絶句、少しの沈黙の間に自分の内から滲み出る憤怒に徐々に支配されていく。

 さっきまでは他人事である節があった。

 だが、現実として身近にその脅威があったのなら、考え方が全く変わってしまう。

 彼女達の考え方はあくまで第3者の立ち位置での話だったからだ。

 だが、それが被害者の立場となれば、ファザーの行った罪に対する意識は重くなり憎しみすら抱いてしまう。

 故郷を殺されかけた事も、軍でのヒエラルキーからなる教官からの侮蔑やイジメの類などもあり、NP以外の部隊に配属されていればその気持ちは今よりももっと早く、もっと大きく発露していたかも知れない。

 そうならなかったのはNPの周りの環境もあったが、何より中核にいたアリシアの存在が2人のメンタルを支えていた節が大きい。

 それがファザーの所為で……強いては地球統合軍の所為で失われたと言う既成事実とそれよりも前からファザーの害意に晒されていたと言う事が相まって2人は思わず憤慨した。




「あれが起きたのは……全てファザーの所為だった!」


「赦せない!アレの所為で皆は!エイミー達も!」




 フィオナとリテラの中に怒りの感情が込み上げる。

 怒り狂う程ではなかったが、それでも静かに憤怒が沸々と湧き上がる。




「そうじゃ。アレの所為でお前達は大切な親戚を奪われ、居場所を奪われ、自由も奪われた。ファザーの所為で世界各地ではそれが横行して居る。それを良しとする者達により世界は狂わされとる。本当にそれで良いのか!?」




 フィオナ達は決意を固めつつあり、もう迷わずに実行する覚悟を決め始めた。

 自分達以外にやる者がいないなら悪を滅ぼすだけだ。

 そう考えたと直後、どこからか声が響いた。




 ダメ!しては成りません!




 頭の中に声が響いた。

 まるで悪い事をする子供を必死で悟そうと必死に縋り付く母親のようだ。




(何?この声?)


(アレ?フィオナの声が聞こえる?)


(あぁ、本当だ)





 あなた達……




 謎の声がフィオナ達に語り掛ける。

 フィオナ達は幻聴ではないと心のどこかで確信する。





 誘惑を持つ者に惑わされては成りません。あの者は正義と言う見栄を張る為にあなた達を惑わしているのです。





(えぇ?じゃさっきの話は嘘?)





 嘘では有りません。しかし、他人の誘惑に踊らされた行動は必ず誰かを不幸にする。あなた達は正義を都合よく解釈する者達と聖別されている。それに加担しないと決めたではありませんか。







 その声の主が誰か分からないそれが現実なのか、幻覚なのかも分からず虚ろであり、声と言うより言語情報が流れていると言うような何とも言えない雰囲気ではあったが、その人物が自分達の事を思い、切実に願っている事は理解できた。

 フィオナ達はお爺ちゃんアストの言葉を思い出す。

 





 逆に言おう。神が仕事をしてもどれだけ救おうとそれ以上に人が破滅を望むから幾ら救ってもキリがないとは考えないのか?そう言った考えを失認し君達は全てを神の責任にして都合よく解釈している。だが、それは正義を都合よく解釈して君達に不幸を齎した者達と何が違う?






((そうだ……違わない))






 ディーンコルスが言っている事は都合の良い正義の解釈だ。

 ファザーに対して決して怒りがないわけではなく、復讐心が無いわけではない。

 だが、それだと自分達は自分達の都合で正義を解釈してしまう。

 そんな気がした。

 その復讐で自分達と同じ存在を産んだら彼らにとって、自分達は「ファザー」と何も変わらない。

 そんな自分勝手はやめると決心した事をフィオナとリテラは思い出した。




「いや……やっぱりやめようか」


 


 フィオナのその言葉にディーンが反駁する。




「突然、どうしたんじゃ!ファザーを野放しにすると言うのか!?」



 


 それにリテラが補足する。





「野放しにしようとは思いません。ただ、不用意にファザーに敵対すれば争いを増やす。それだと今と何も変わらない」


「何を言っているんだ!ファザーに世界を滅ぼされてからでは遅いのだぞ!」


「その時は、人類は所詮その程度だったと諦めるしかありません」


「なぁ!」




 リテラの言葉にフィオナも首肯しているのを見て、ディーンは2人のあまりにサッパリとした決断に呆気に取られ、絶句した。

 リテラは更に続ける。




「仮にファザーを倒せても第2第3のファザーが現れれば、結局滅びが速いか遅いかだけの話です。それは安寧とも平和とも言わない。私達の用心で世界が滅んでもファザーを容認したのは人間ですから、その時は諦めましょう」




 ディーンコルスは彼女達の掌を反す様な意見に面食らう。

 さっきまで平和を守る確固たる意志が芽生えようとしていた。

 だが、唐突に覚悟が消え、優柔不断を思わせる発言をした。

 ディーンからすれば「人類が死んでも仕方ないで諦めよう」と言ういい加減な意見に聞こえる。

 まるで人類の生存が眼中から抜けている。

 人間の命を無価値に見ている様な言い草にも思える。

 アニメの正義の味方が見たら恐らく、怪訝な態度を取るに違いなく確実に彼女達を悪役と対比して考えるだろう。


 だが、リテラ達から見れば、それは「仕方ない事」だと考えていた。

 今の世界のあり方は今の人類が決めた事だ。

 自分達はそれに加担しないが、それで滅びるならそれは人類の勝手だ。

 無関心で言うつもりはないが、何でもかんでも正義感で救おうとは思わない。

 それは本当の意味で人類の為にはならないのだから……いつまでの都合のいい正義に縋っているようではいつまで経っても自立など出来るわけがないのだ。



「君達には失望したよ。人類を守る熱い気持ちがあると信じていたのに……」




 身勝手に他人に希望を抱いて、身勝手に失望するディーンの世俗的な物言いにフィオナが答える。




「勝手に失望しないでくれない。別に人命がどうでも良いとは言ってません。ただ、アンタの行動は人命を危険にさらし且つ永続的に人命危機を撒き散らすと言っているだけです」




 それにリテラが補足する。




「でも、ファザーをこのままにしておくつもりもない。だから、ファザーの場所さえ分かれば被害を最小に出来る。ファザーの居場所は分かっているんですか?」


「……現在調査中じゃ」


「なら、あたし達はあたし達の権限で宣言します。エレバンには攻撃しません。攻撃するならファザーを直接倒す事に限定します」


「どの道、ファザーの場所は突き止めないといけない。今は争いごとを終わらせながらファザーを探すしかありません」




 フィオナとリテラは強い意志を瞳に宿らせながら、ディーンを見つめる。

 ディーンは圧倒されて何も言えない。

 まるで彼女達の背後に巨大な意志が味方しているように言い返せない。

 ディーンは何も言わず、歯を軋ませながら無言でモニターを切り、ブリーフィングルームに静けさが戻る。

 フィオナとリテラは適当な椅子に腰かけた。




「これで良いんだよね?」


「良いと思うよ。アリシアも多分、それで良いんだよって言うよ」




 フィオナは「そうだね」と呟きリテラの方にもたれた。

 リテラはそっと包む様にフィオナを抱え「うん。そうだよ」と呟いた。

 2人はしばらく、黄昏た。

 その様子を扉越しにギザスは見ていた。




「まだ15のはずなのにしっかりした奴らだな。世俗的な正義に流されるよりずっと良い」




 すると、ギザスのスマホ型PCに軍事系のニュースが入ったのを確認し何食わぬ顔でブリーフィングルームに入った。

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