悔い改め

「私は……私は……殺したくなんか無い……殺したくなんか、助けて……」




 ヒゥームは悟った。

 彼女は確かに化け物だ。

 だが、その化け物を作り出したのは他でもない自分だと理解した。

 戦う事を嫌がる彼女に戦う事を強要し化け物にしたのは自分だ。

 しかも、彼女はそんな自分を許そうと必死で努力している。

 自分を責め、自分の中の何かと必死に戦っている。

 やり場のない怒りを押し殺そうと健気に戦っている。


 責められる冪はヒュームの筈なのに……赦そうとしている。

 敵であるヒュームにも慈悲を与えようとしている。

 その為に自分の体を心を痛めつけている。

 その拳は皮膚が裂けても尚血を流し留まることを知らない。

 尚、殴り続ける。

 気づけば、ヒュームは彼女の手を抑える様に抱き締めていた。




「やめてくれ!もう良いんだ。自分を責めるな。君の誠意は伝わった。私が悪かった。赦してくれ!」




 アリシアはその言葉を聞いて動きを止め、何とも言い難い感情が渦巻く中で感傷に浸る。

 敵である彼が自分の非を受け入れ、自分に謝罪している。

 復讐を果たす為にここにきた自分の感情が揺らぎそうだった。

 嘘や罠ではないか?と疑いたいのに心がそれを拒絶する。

 すると、突然雨が降り始めた。

 雨の一面に降り注ぎ彼女の血を洗い流していく。それと共に彼女の中の怒りの炎が沈下していくようだった。




「私は……どうすれば良いの?」




 思わず聴いた。




「私は何をすれば良いの?」


「君の信じた事をすれば良い。私を殺すも良し傀儡にするも良しだ。だが、頼む家族には孫には手を出さんでくれ」


「身勝手です。そんなの……」




 アリシアは彼の腕をギュッと握る。




「確かにな。私は君の優しさに漬け込んで身勝手な事を言っている。だから、これは依頼だ。依頼である以上対価は払う。報酬は私の命だ。好きにしろ」


「……なら、これを飲んで下さい」


「これは……」




 ヒュームは見覚えがあった。

 アリシアが渡したカプセル型のそれは放火により、徴兵された兵士に飲ませる自決カプセルだ。

 放火の情報漏洩を防ぐ為の装置であり、中には薬物検察引っかからない毒が入っている。

 ある特定の音声に反応すると中のカプセルが毒を放出する仕掛けだ。




「言っておきますけど、これはあなた達の技術を使って作った模倣品です。解除コードは私しか知りません。中の毒も私が配合した物なので解毒は私にしか出来ない。あなたの誠意を私に示せますか?」




 ヒュームは感情論抜きで合理的に考えた。

 断れば殺される。

 それだけは避けたい。

 無条件で飲むしか無かった。

 彼はカプセルを手に取りゴクリと飲み込んだ。




「あなたの誠意が真実ならあなたは私の傀儡に成ると言った。ならば、今すぐに放火をやめて下さい。理由は放火システムが戦争起因に利用されている為、その真相解明ができるまで凍結するとでもして下さい」


「分かった」


「後、放火に使われた自決カプセルの解除コードを教えて下さい。それとニジェール支部の動きが不穏です。その情報も下さい」


「了解した」


「後は私にあなたに準ずるだけのセキュリティーパスを下さい。連絡は追ってします」




 アリシアは差し出した軍のIDにヒゥームはスマホ型PCを翳した。

 アリシアのIDに3均衡レベルのセキュリティレベルが付与された。




「渡してくれた事に感謝します。ありがとう。でも、忘れないで下さい。あなたが今の悔い改めの気持ちを忘れ行いが伴わず罪を繰り返すならわたしはその時、あなたを殺す。それを忘れないで」




 彼女はそう言って走り去って行った。

 恐ろしい速度だ。

 さながら、忍者と言うのが妥当かも知れない。




「はあ~」




 ヒゥームは緊張の糸が切れ、途端にその場に崩れる。

 そして、あの言葉が過ぎる。

 




 自分の命が天秤に掛からないからって財布の紐緩くしてんじゃないわよ!

 




 分かっていたつもりだった。

 ただ、それは本当につもりだっただけだ。

 天音の前では死ぬ覚悟は出来ていると言った。

 結局、ヒゥームは何の覚悟も出来ていなかったと痛感する。


 ヒゥームの命が常にあのカプセルにより、危機にあると言う緊張感がそれを痛感させられる。

 ヒゥームの命ではない他人の命の事にどこか無関心だった。

 だから、平気に放火が出来たのだ。

 それが正義だと信じていたからだ。

 生きている心地が悪く、因果応報の末路が1人の少女の傀儡となると言う有様だった。




「私は悪い大人だな……本当に……」




 雨はより一層強まる。

 それはまるで彼の慚愧を現す様だった。

 彼は一度、悔い改めのお召しに応じた。

 だが、一度お召しに応じたからと言って、それでも悔い改めた事にはならない。

 意志と行いが伴って初めて悔い改めた事になるのだ。

 彼が真の意味で悔い改めるか、改めないのは今後の彼の行動次第なのだ。

 彼の心の本質は一時の感情に流され、合理的に考えただけでありまだ、真に悔い改めた訳ではないのだ。




 ◇◇◇

 





 アリシアは近くでタクシーを拾い、そのまま空港に向かう。

 その中で天音の今回の結末を伝える。




「以上が報告です」


「なるほどね。今回の件でよく分かった。私も気を引き締めないと殺されるのね」




 天音はデスクの上の水を啜りながら、冗談とも本気ともつかない感想を述べた。





(まぁ、殺さなかったと言う事は上手く乗り切ったと言う事ね。良かったわ。本当に……)





 天音は心の底から思った。





 「それにしてもよく、やったわね」とアリシアに伝えると「何が?」と返されたが「何でもないわ」と答えた。

 これでまた一歩、彼女は成長できた。

 心なしかその成長を見るを楽しんでいる天音がいた。




「話戻しますけど、ずっと引き締めろとは言いません。でも、度を越した事をするとそうなるかも知れませんね」




 冗談かしら?いや、彼女は本気でやるだろう。

 彼女の在り方は漫画で読んだゴ〇ゴ13のようだった。

 その女版と言えるかもしれない。

 まだ、あの主人公と比べて行動と感情の荒さを感じるところはあるが、有言実行するところや仕事を貫徹するところは完全にそっくりだ。

 あの主人公も作中で仕事で権力者を排除すると成れば迷わず、排除していた。

 アレは漫画での話だが、実際そうは簡単ではないのだ。

 実行は勿論、後々の問題などもあるのだ。

 彼女が本当に凄いのは、それを現実でやり切るところなのかも知れない。

 現実と言う不確定要素しかない世界でそれができるのだ。十分人外であり既に兵士として化けていると言って良い。




「あなたは化けるタイプだとは思ったけど、ここまでとはね。もしかして、まだ化ける気なの?」


「そんなの知りませんよ。私は自分が信じた事をしただけです。迷いは結果を鈍らせる。今まで学んだ事に1つです。だから、自分に出来る最善を尽くしただけです」


「そうね。それはどんな仕事でも求められる事なんでしょう。それでわざわざ、それを言う為に電話寄越したの?」




 わざわざ、報告書で済ませられる内容を連絡して来たのだ。無駄な事をしない女だ。きっと、何かあると天音は感じ取る。




「まさか、ちょっと、根回しをお願いしたいだけです」


「根回し?」




(やっぱりあったか……)

 

 

 

 天音はそう思った。




「必要になるかは本人達次第ですけど人員補充向かいます」


「人員補充ね。良いわ。手配しましょう」


「安請け合いするんですね」


「あなたはそれだけの信頼があるもの。余程の事がない限りは飲んだ方が私にとっても有益なのは自明よ。特に宇喜多を亡き者にしてくれたのは行幸よ」




 天音は思わず、ニヤニヤと笑みが溢れていた。

 あの男がこの世から粛正されるだけで天音の心理的負担はかなり減った。

 その喜びが思わず、顔に出てしまう。




「まだ死んでませんけど?」


「アレだけの汚職をしたからね。公にされなくても確実に極刑よ」


「普通ならそうですね」


「……なんか含んだ言い方ね?」




 天音はアリシアの言い方に引っ掛かりを感じる。

 彼女はかなり本質的な事を見抜く事に長けており、その直感はある意味、未来予測だ。




「考え過ぎかも知れませんけど、今の世界の流れって私から見ると戦いを起こしたがってる様に見えるんですよ」


「戦いを起こしたがっているね……」



 言い得て妙ね……と言うのも天音はその言葉に心当たりがあった。

 天音もリオ ボーダー総司令の行動に何度もその影を感じていたからだ。




「放火の件もルシファー事変もエジプト事変もAD戦もそれにWW4も全てがまるでわざと事件を掻き立てている様に見えた。放火の所為で新たなテロリストが増えた。それがルシファー事変とエジプト事変に繋がり、それが政府にテロリスト打倒の機運を高め、放火を増長させた。それが更に宇喜多に放火が利用され、ニジェール支部にも利用され、新たなテロリストを生み出した。放火の人員は今回のAD戦でも使われようとした。全ての関係ない事が全て関連付いて動いている。まるで仕組まれてるみたい」




 そこに気づく彼女は相当の夢想家とも言える。

 だが、同時にかなりの現実主義で本質を得てもいた。

 誰もが気付きそうで気付かない答えを言い当てる。

 敢えて、目を逸らしている人がいる中で向き合う勇気で答えを見ていると言うべきかも知れない。




「だから、もしかしたら宇喜多はこのままでは終わらない。そんな気がするんです」


「出来れば、杞憂で終わって欲しい話ね。それはそうとあなたもしかして、その為に放火を止めたの?さっきの話だと放火が一連のループを作っていると言えるわ。だから、あなたはそれを止めようと思ったの?」




 それにあんな、強欲豚が世に再び放たれることなど考えたくもない話だ。

 ただ、NPに協力する事を決める過程で世界には争いを増長する存在がおり、それを阻止する為にTSを解明し情報的な優位に立たなければならないと説明を受けた事があった。

 NPも全ての情報を天音に渡しているわけではない。

 決定的な有効打を画一するまではTSから齎された情報を基に作った独自の情報網を天音も利用しているだけの浅く広い繋がりなのだ。

 NPとしての協力者が裏切りかも知れない段階で根幹に関わる深い情報は渡さず、浅い繋がりを保ちつつ有効打が画一化した時に深い繋がりを持つつもりなのだろう。

 そうしておけば、仮に協力者が逮捕されても情報の流出を抑えられるからだ。

 そう、考えるとアリシアの意見はかなり的を得ていて実際、争いを起こそうとする連中が今までの件の裏で糸を引いていたかも知れない。




「本当は残りの3均衡の場所も聴き出して始末しようと考えてました。でも、結果往来でした。それに確かめたい事も確認するチャンスでもあります」


「チャンス?」


「これは証明ですよ。もし、放火を止める事で戦いが止まるとしたらこれまでの戦いは全て政府が仕組んだ事になる」


「……」


「でも、それだけじゃ無い。私にはまだ、別のループが潜んでいる様に見える。だから、それを炙り出す為でもある。どちらにしろこの後、何かが起こる」




(この娘、一体どれだけ計算高いの?)






 天音には彼女の中には人間では計り知れない壮大な計画があるように見える。

 当初の目的がヒゥームの抹殺だったはずなのにそのプランを即変更し柔軟に別のプランの実行にシフトする。

 この娘の頭の中では恐らく、霧散する様々な情報をその瞬間に集め、組み上げプランニングしているのだと思う。

 だから、予め用意した第2第3のプランと言うモノはなくその場、その瞬間に実行確実なプランを組み上げている。


 だから、柔軟性があり速い。

 そんな事が出来る奴はそうざらにはいない。

 頭が回り、腕も立つ、やる事を徹底的にやりきる精神力、それらの計画を実現するための実行能力もある。

 それでいて情に厚い。


 絵に書いた様な人物像に思わず、嫉妬したくなる。

 だが、それ以上に彼女が一体何を目指しているのか、イマイチ分からないと言うよりは底が見えないので分からないのだ。

 世界平和、人々を守っているのは分かるが何か人間とは違う方向性を持っている気がした。




「それで炙り出したらどうするの?」


「逆に聴きますけど、放置しますか?」


「……そうね。愚門ね」


「政府は戦争再発防止をプロパガンダーにしている。なら、私はそれを公然的に潰し回るだけです」


「もしかして、その為の人員補充?」


「それもありますけど、あくまで個人の意見は尊重したいです。でも、もう補充出来たら正式な部隊を作るのは手かもしれませんね」


「差し詰め、本当に正式な私の直属部隊かしら?」




 天音は鼻で誇るような笑みを浮かべる。




「それでも良いですよ。契約ではなくあなたの部下に成っても良いです」


「でも、拒否権は行使させろでしょ?」


「その通りです。何か問題?」


「普通は問題ね。上官の命令に逆らう権利何て普通は与えないわよ。でも、まぁ……あなたを使うならその位、譲歩しないといけないのも理解しているわ。そうしないと殺されそうだしね」


「私はそこまで殺伐としてませんよ。部下に話せない命令がある事くらい知ってます。私が嫌うのは正しさを伴わない命令です。理由を話せない命令もあるでしょう。でも、話せない中でもそれを確実に遂行する様に努めるのが上官の采配です。ただの命令の伝言ゲームや部下に抵抗感を抱かせる上官には従えません。私の命は安いかも知れませんけど、有限じゃないんです。しっかり部下をコントロールして確実に命令遂行出来る指揮官で無いなら私は上官を殺すだけです。統率を乱すだけ何で」




 彼女は戦いに向いていても軍には向いていない。

 個体が強すぎる所為か、非常に我が強い。

 言っている事は至極当然で間違っていない。


 だが、秩序を守る為なら恰も当たり前の様に「上官を殺す」と言っている辺りかなりの危険思考者だ。


 天音の前ですらそれをオブラートに包もうともしない。

 普通なら反感を持たれて苛めに会うか、普通の軍生活ではやっていけそうに無い。

 会社の面接なら即不採用通知が来ても可笑しくない。

 これが天音でなければ多分、彼女を使う気も無かったかも知れない。

 一応、初期の彼女のプロフィールは目を通していたが、こんな社会不適合者ではなかったはずだが、戦争と言う過程で彼女を少なからず、変えてしまったのかも知れない。


 だが、天音は分かっていた。

 こういう人間だからこそ、人一倍違った持ち味を持っている。

 彼女は言った。






 部下をコントロールして確実に命令遂行出来る指揮官で無いなら私は上官を殺すだけです。






 彼女をコントロール出来ない様では自分は指揮官失格だ。

 使うなら自分の手綱を握って使い熟せ。

 そう彼女は言っているのだ。


 それを主張するだけの力を今の彼女は持っている。

 それが正しさを伴うと言う事なのだろう。権力や名誉では測れない確かな力が彼女にはある。

 それを使いたいならしっかりコントロールしなければならない。

 それに誰に教わったのか、その考え方は天音に近いモノでもある。

 2ヶ月前兵士なったばかりの少女がよくそこまで気づいたと感心する。





(もしかして、昔のわたしも今のアリシアみたいだったのかしら?だとしたら、吉火に迷惑かけたかも……)




 今になって恩師の苦労を天音は知る事になった。




「気を付けるわ。あなたを使う以上あなたの反感を買わない様にはしましょう」


「お気遣い感謝します。


「さて、そうなると部隊の名前が必要ね」


「それは後で良いです。まずは人員確保しに行くので命令書下さい」




 天音は言われるがまま命令書を書いた。一体どっちが上官なのか、分からなくなりそうだ等と思いながら書いていると突然、電話が鳴り彼女は命令書を書く手を止めた。

 アリシアに少し待つように促し、電話に出た。

 相手はジュネーブ本部からの緊急協力要請だった。

 天音は本部の上級将官と電話でやり取りをしながら状況を整理する。

 それは人間が予想だにしない争いの風となるのだった。。

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