セイクリッド ベル

 翌日


 アリシアとシンは分隊を組み、ニジュール各地のサレムの騎士の基地を探し始めた。

 ADの基地の見取り図から基地の全体規模を予測し候補地を絞り込み、後はひたすら周辺のサレムの騎士を倒すと言う極めてシンプルな作戦だ。

 更にモーメント社経由でニジェール周辺のサレムの騎士討伐の依頼も出ていたのは、運が良かったかもしれない。

 新設されたPMCだけではニジュールの治安を確保しきれないと言う理由から軍から依頼があったようだ。


 報酬が入るのは勿論だが、これなら合法的に基地を襲えるからだ。

 なにせ、自分達がやろうとしている事は軍保有のADの破壊だ。

 政府に喧嘩を売っていると思われる可能性が高い。

 何の後ろ盾もなく荒らし回ったら怪しまれ、AD討伐の情報がバレるリスクが高くなる。

 なら、使えるモノは何でも使った方が良い。




「見つからないね」


「まぁ、そう簡単に見つかるとも思えないがな」




 アリシアとシンはネクシルのレーダーを駆使して敵の拠点を割り出す。

 地下の振動や岩壁の振動数などを事細かに確認しそこに空間がないか調べる。

 どこかに洞窟や地下空間があれば、振動数が変わるので明らかに違う場所を見つければ、そこが隠れ家である可能性は高い。




「なぁ?1つ聞いても良いか?」


「何?」


「お前はなんで兵士やってるんだ?」


「何でか?ですか?」




 アリシアはシンにこれまでの経緯を話した。

 徴兵されかけた事、その直後に吉火の薦めで兵士になった事、自分の父親の医療費の為に戦う事を決意した事などを説明した。

 自分の秘密を外部に漏らすのもどうかと思うが、彼なら問題ないと自然と確信していた。




「そうか。成り行きとは言え、父親の治療費の為に戦っていたのか」


「変かな?」


「いや、誰かの為に自分を犠牲に出来る人間は嫌いじゃない。ただ……」


「ただ?」


「聴いた限り既に目標は果たしたんだろう?なんで、まだ続けているんだ?」




(こいつは戦いに向いていない)




 短い関わりだが、シンから見ればそう見えた。

 確かに高い戦闘能力はあるだろう。

 体に染みついた血の香りも中々濃い。

 最近、兵士を始めた割に濃い経験をし過ぎている。

 だが、心の在り方があまり兵士向きとは思えない。


 あの時、子供の死体を見た時、吐きそうだった彼女の手は震えていた。

 痛みに震え狼狽えながら、虚勢を張っているようで痛痛しかった。

 人を殺した経験はあるはずなのに未だに慣れていないように見える。




「何でだろうね?言われてみれば、そうだと思うな。でも、そんなに悪い気もしてないよ」


「そうなのか?」


「自分の責任を果たす為にしているのも確かにあるよ。今後、わたしがどうするべきか、迷っているからこの仕事を続けているのもある。でも、誰かの為に全力を出せる事がわたしは嬉しい。だから、続けてるんだと思うな」


「そうか。なら、良い」





(やはり、面白い奴だ)




 人々の平和の為に戦うだとか、そんな綺麗事を並べる偽善者は多いが、そう言った人間に限って闇雲に戦乱を拡大し正義を言い訳にする。

 自分の行いが正しい事を証もせず、恰も自分の行いが純白の白と思い込んでいるがそれは違う。


 人間は元々、黒い。

 それを純白にしようと努力し証する者に正義が宿るのだ。

 間違っても”武力”で証してはならない。

 それなら誰でも納得という名の服従と抑圧で促しているだけだ。

 

 だが、アリシアは自分の責任を果たす事で証を立てようと努力している。

 自分を犠牲にして誰かに尽くす利他的な想いもある。

 それも己の行いを証する上で重要な事だ。

 それが正しいのかは分からないが、少なくともその誠意を見せている辺り、その辺の偽善者よりも遥かにマシだ。




「ちなみにだが、責任を果たすとは具体的に何をしているんだ?」




 これだけ見ていて心地の良い彼女が何をしているのか興味があった。

 人に興味を持つ事など今までなかったのだが、そう思わせるだけの秀逸的な価値を彼女からは感じた。




「えーと。殺した人間の数だけ自分を殺す訓練かな?」


「……マジでか?」


「うん、マジだよ」




(そんな事していたら嫌でも強くなるだろう……)




 だが、彼女の強さに納得が行く説明でもあった。

 最初は何かの冗談かと思ったが、目が嘘を言っているようには見えない。

 しかも、顔から溢れる品性が否応なしに説得力を持たせる。

 だとしたら、自分よりも凄い覚悟を持っていると敬意の念を持ちたくなる。


 それはつまり、善人であろうと悪人であろうとどんな人間に対しても対等に扱いその責任を取っていると言う事だ。

 善人の為に死ねる人間ならいるだろうが、悪人の為に悪人の責任まで負う人間をシンは見た事はなかった。

 偽善者なら間違いなく悪人を心には止めず、路肩の石のように捨てるだろう。

 だが、アリシアは善人の石も悪人の石も拾い集めて、たった1人で背負い歩いている。

 殺す事に向いている訳でもない震える脚で必死に耐えているのだ。

 シンはこれほど人を美しいと思った事はなかった。





 (アリシア アイ……か)





 シンはその名を噛み締める。

 シンの中である感情が芽生えそうになる。

 シンにとっては初めて明確な異性に目覚めた瞬間はこの時だったのかも知れない。

 アリシアを1人の「女」として見始めたシンの視線は本人が意識しないレベルで自然と彼女に向いていた。

 だが、それを遮るようにアリシア側に誰かが通信を入れた。




 ◇◇◇




 アリシアは仕事用の番号に入った電話だ。

 だが、相手は全く知らない誰かだ。

 とりあえず、逆探知されないようにして電話には出ている様だ。




「もしもし」


「そちらはアリシア アイ中尉で間違いないか!」


「そうですけど、どちら様ですか?」




 電話の男はかなり慌てているようだ。

 通信越しに向こうの音を聞くと何か戦闘音が聞こえる。

 恐らく、どこかの戦場から連絡していると考えられた。

 総数は分からないが、規模で言えば連隊規模の勢力が戦っているのはわかる。




「わたしはアフリカ方面第2連隊所属の副隊長 ジャイル ジャイロン中佐です」


「アフリカ方面軍ですか。なぜ、この回線を?」


「カエスト少将閣下から教えて貰いました」




 それを聞いてアリシアは何となく想像がつけた。

 アフリカ方面はルシファー事変により壊滅し最近、ようやく治安の回復が軌道に乗っていたが、この前のサレムの騎士の侵攻でまた、ゴタついたのだろう。

 ゴタついていようと軍としてアフリカ圏の治安は維持せねば、サレムの騎士などと弱みを見せてしまう為、示威的ではあるが軍が健全である事を知らしめなければならない。


 だが、やはり戦力不足が否めないのだろう。

 使える戦力があれば、頼れる時に頼りたいとカエスト閣下は考えたのだろう。

 それならアリシアの回線番号を知らせても可笑しくはない。




「話は聞きます。ですが、まずは身分を証して下さい。登録番号は?」




 念の為に相手が嘘を言っていないか、確認する必要があった。

 緊急性があろうと誤報を与えられたら、こちらの損害は大きい。

 同じ軍内部の話ならいちいち、身分の証は必要ないだろうが、アリシアはあくまで極東方面に出向扱いの傭兵に過ぎない。


 仕事を受けるまで軍の指示に従う義務はないのでこう言った警戒をするのは当たり前だと吉火から教わった。

 相手もそれが分かっているのだろう。

 大人しく口頭で番号を述べ、アリシアは聞きながら軍にサーバーに照会する。

 だが、その声には焦燥が奔っているのが見て取れる。

 アリシアもそれが分かっているのですぐに番号を入力する。




「事実確認が取れました。それで中佐殿、ご用件はなんでしょう?」


「10分以内に来て貰いたい。作戦目標は軍の外部独立部隊 セイクリッド ベルの迎撃だ」




 眉が微かに動く。

 その名前はかなり重要な意味を持っていた。

 セイクリッド ベルとは、地球統合軍が保有するエスパーと呼ばれる人間達で構成された独立部隊だ。

 彼らの主な目的は戦争要因の排除と能力を使った反乱分子の事前処理だ。

 セイクリッド ベルの構成員は能力の個体差があれど、共通効果として他人の思考を読み取る能力が存在する。


 これにより敵の悪意などを読み取り、不穏分子やテロリスト予備軍を警戒、監視、場合によっては始末する。

 パイロットとしての能力も優秀な上にその能力を活かした力は絶大で敵のパイロットの思考の殺気などを読み取った回避や未来予測染みた動きをするなど常人離れした能力から統合軍内部でも一目置かれる存在だ。

 話を聴く限り、何故かそのセイクリッド ベルと第2連隊が交戦しており、第2連隊が劣勢に立たされていると言う事は理解した。

 あまり長く問答をしていると本当に壊滅しても可笑しくない。




「簡潔に述べて下さい。あなた達は不義を働いていませんよね?」




 ジャイルは「勿論です!」とハッキリと答えた。

 嘘は言っている様子はない。

 アリシアの勘がそう告げる。




「なら、条件があります。今はお話する時間も惜しいですから後回しにします。ただ、依頼完遂の暁には必ずその条件を飲んで下さい。できますか?」


「わたしの責任で可能な限り手配します」




 ジャイルは副官で本来なら上官の判断を仰ぐのだが、そこを一切躊躇う事無く即断即決できる辺り彼の優秀さが伺える。

 もし、自分の今後の事や保身を考える人間なら一瞬でも躊躇うだろう。

 だが、彼は純粋に部隊の仲間を救おうと自分を犠牲に差し出す誠意があった。

 そんな人間に味方する事が間違いだとはアリシアは思わなかった。

  一切、逡巡しなかっただけ彼を疑う理由は特にはない。




「分かりました。回線はこのまま開いて下さい。逆探知してそちらに向かいます」


「了解した」


「という訳だから今から別の仕事してくるね」





 アリシアはシンを見つめる。

 同意を求めると言うよりは一度、仕事を受けた以上、仕事をするのは彼女の中ではすでに確定事項のようで、アリシアはシンにそれを報告しているだけに過ぎない。




「それは必要な事なのか?」


「今後の為には彼らの協力が必要だとわたしは思ってる」


「……わかった。俺も行く」


「良いの?」


「良いも悪いもない。お前と離れる訳にはいかないからな。それに俺もセイクリッド ベルには用がある。俺の討伐対象の1つだ。なら、丁度いい。それだけの事だ」




 その言葉に嘘はない。

 セイクリッド ベルの名前を聞いた彼の顔が険しくなったのをアリシアは見抜いていた。

 よほど、セイクリッド ベルの事を恨んでいるようにも見えた。




「わかった。ならついて来て」




 アリシアは機体を戦闘機形態に変形させ、今まで来た道と反対方向に飛んでいく。

 シンも後に続いて飛んでいく。

 そこでシンはある事を思い出した。




「お前は問題ないと思うが一応、対セイクリッド ベル戦をする際の注意点を教える」


「注意点?」


「お前は息をするようにやっているから問題ないが意識するとしないで随分、変わるからな。いいか、セイクリッド ベルにはある弱点がある」




 それから1000km先にある戦闘区域に着く間にシンから対セイクリッド ベル戦を想定したレクチャーを受けた。




「それで良いの?」


「あぁ、お前にとっては簡単だろう?いつも通り戦う事を意識すれば良いだけだ」




 シンから聞いた内容はアリシアがいつもしている戦闘法を崩さないように戦う事を促す内容だった。

 だが、それは通常の人間ならまず、難しいやり方であり、同じ事が出来るとすれば吉火くらいな者かも知れない。

 だが、アリシアにとってはそう難しい事ではない。

 

 ネクシル達はマッハ10の速度で空を駆け抜け戦場に近づく。

 この世界ではミサイルが乏しいのでマッハ10で飛行すれば、迎撃される心配もない。

 5分ほどの飛行を続けると目の前に燃え上がる街が見えてきた。

 そこには正規軍仕様のワイバーンMkⅡと純白に統一された系統不明の機体がいた。




「ジャイロン中佐。お待たせしました」


「おぉ!間に合ってくれたか!」


「2機分の識別信号を送りますので共有をお願います」




 「承知した」と返答をした直後にデータリンクでアリシアの機体とシンの機体、そして友軍となる第2連隊の識別信号が表示される。

 やはり、白い機体群が敵として表示されていた。

 彼らがセイクリッド ベルであるのは確定らしい。

 規模で言えば、大隊規模の戦力だ。

 観察してみると確かに噂通りの戦いと言えるかも知れない。

 辺りには壊れたワイバーンが散乱している。

 どれも的確にコックピットを貫かれている。

 物量で勝る第2連隊に対してセイクリッド ベルは質で勝る戦闘を見せて押していた。

 

 第2連隊のAPが銃口を向けた瞬間に既に避け、発射された弾丸は一切命中せず、回避直後に一方的にコックピットを貫かれる。

 中には貫通性の高い弾丸で2機まとめて撃墜する機体も見られた。

 アリシアとシンは空中で人型形態に変形、自由落下とスラスターを併用して作戦区域に降下する。





「作戦通り、俺が東側の機体を相手する。お前は西側を頼む」


「わかった」

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