貰った力(いし)

 アリシアはしばらくしてから眠りから起き上がり、ブリーフィングルームにあるテレビを見ていた。

 テレビは自分の端末でも観れるが、端末で見るとこの基地の存在を誰かに傍受される恐れがあった。


 本や文字媒体ならデータ量が少ない事もあり、ある程度処理すれば傍受の心配はないが、データ量の多い映像となるとそれ相応の対策が必要な為、基本テレビなどはブリーフィングルームで観るように言われている。

  彼女でも、やはり世間の世情は気になりはする。


 特に最近、そう言ったモノを意識し始めた。

 自分の行いで世間が軍備増強の流れに成ったと考えるとこう言ったモノを観て、世間の事に敏感でいないといけないと思った。


 だが、テレビと言うモノを人生で殆ど観た事のない彼女はどう言ったモノを観れば良いのか分からず、何時にどのテレビ局がニュースを報道しているなどそう言った常識は欠如していた。徐にチャンネルを適当に換えて、自分が求めていそうな番組を適当に回す。

 その中で目を惹く番組があった。


 テレビ番組の内容は”平和の女神”と言うタイトルでそこには平和主導者レベット アシリータと言う女性が出ていた。

 番組内でその人物の幼少期の生い立ちから現在までが語られ、今まで行った平和活動の内容が羅列される。

 その中にはノーベル平和賞受賞の項目があり、若きカリスマとして世間からの人気も高いと評価されていた。




「平和主導者……漫画とかにはいたけど、本当にいるんだ」


「この人は中々、凄いですよ。軍の奨学金制度で大学に通い17で卒業、そのまま歩兵として軍役を5年経験しその後、平和主導者になった。言わば、戦いを知る平和主義者です」




 後ろを振り向くと何食わぬ顔で吉火がコーヒーを片手にアリシアの独り言に割り込んで来た。

 どうも吉火もこの女性には好感でもあるのか、何か誇らしげに語っているように見える。




「詳しいですね」


「現代人で彼女を知らない者はいないでしょう。私が知っている知識なんて多分、誰でも知っている情報ですよ」




 吉火はコーヒーを啜りながら「いや、頑張ってるな」と彼女を誉めていた。

 なんだか、少しムッとした気持ちになり頬を膨れさせるが、自分の嫉妬みたいなモノだと思い、その気持ちをすぐに押し込め、自制心を働かせる。

 世間の世情を知りたいアリシアは吉火からもっとも知りたい情報を聴きだした。




「ちなみにこの人、内戦とか紛争を止めた経験は?」


「有りますよ。民族浄化紛争等を止めてそこから街を復興、資源紛争を解決し経済発展させ仕事の斡旋(あっせん)まで尽力した程です」


「凄いですね」


「えぇ、それで統合政府の統治下に置き、平和を享受させる様にしている」




 だが、アリシアの中には言い知れぬ違和感を覚えた。

 何か世界と言う絵の中に目で見て、明らかな異物でも混入された感覚だ。

 まるで青空と白い雲の中と言う自然の造形物の中に……汚穢が空を飛んでいるくらい不自然な感覚だ。





(何だろう?この感じ……ハッキリしている。でも、ボヤけてる……何でわたしは彼女を見るとそう思うの?)





 アリシアはテレビに映るレベット アシリータを見つめる。

 この時の彼女に解るのは「何か間違っている」と言う喉につっかえるような感覚だけだった。




 ◇◇◇





 それからしばらく、テレビを観た。

 違和感の正体は未だ分からぬまま、アリシアは急ぎ早にアストに会いに行く。

 まるで親しい友人に早く会いたいと急く子供に様にコックピットに向かう。

 話だけなら端末でも出来るが、何でもコックピット内で話したい事があると呼び出された。

 コックピットに入るとアストが「例のデータの解析ができました」と言ってきた。

 



「例のデータ?なんだっけ?」




 アストに尋ねた。アストは少し沈黙した。思わぬ、返答に困り果てていた。

 その後、ルシファー事変の際にシンから渡されたデータの話をされて、ようやく思い出した。

 色んな事があって、すっかり忘れていた。

 シンから渡されたデータ。

 それが何なのか、確認して貰っていたのだ。




『解析により取得したデータがこちらです』




 アストはコックピットの中でそれを開示した。

 アリシアはダイレクトスーツ用のヘッドギア式インカムを胸の内ポケットから取り出し、網膜投影でデータを確認した。それは図面だ。

 電子回路の図面に似ているが、少し違う。

 通常のモノよりも遥かに複雑、怪奇だ。

 どの配線がどのように繋がっているのはパッと見てもよく分からない。

 恐らく、人間が見てもすぐには理解できないであろう。


 だが、アリシアにはそれが理解出来た。

 見た事も聞いた事も習った事もない筈なのに、その回路の特性や性質が手に取るように分かる。

 客観的に見て分かるはずのないものが分かる事に違和感を覚えるが、それでも迸る知的好奇心が抑えられず、食い入るように見つめる。




「量子回路と言う奴だね。起動させる事で設定された事象を起こす事が出来る。成る程、彼が光学兵器を撃てたのはこの回路のお陰か……」




  何故か知らない知識が頭に浮かぶ……と言うより、この図面を見てそれが読み取れてしまう。

  何が書いているかも分からないのにそれが分かってしまう。何か不思議な感覚だ。

  まるで囁かれているように知識が頭に入る。




『わたしの力を使えば、本機に取り込みが可能です。実行しますか?』


「その前に聴かせて。こちらには事象を起す為にはWN粒子使うらしいけど、この際だから詳しく教えて欲しいな。WN粒子って一体、何なの?」




 アストは少し考えた。アリシアにその事を教えて良いのか、と考える。

 だが、すぐにその考えを捨てた。彼女には十分に資格はある。そう判断するしかない。

 アストはアリシアの申し出を受けて説明した。




『WN粒子とは万物の構成、事象を行う粒子です。シンプ状態で情報の保管を行い。万物全てを記録する媒体にもなります』


「色々、凄い事を聞いた気がするけど……まぁ、それは置いておくとして……その粒子は何処から調達すれば良いの?」


『知性を持つ生物から効率的な利用可能。WNは生命力、そのものとも言えます。』


「つまり、わたし自身が動力なのか……」




 アリシアは淡々と事実を受け止める。あの亀との戦いで体感的には感じていた。

 自分の心から湧き上がるようなエネルギーの奔流、あの感覚は忘れられない。

 あの瞬間が人生で一番快感を感じた瞬間だったかも知れない。

 ただ、自分を動力にするのは碌な結果にならないという事に薄々、気づいていた。

 その上でもっとも求めている情報を聴き出す。




「それの保有量は上げられるの?」


『精神的に、或いは肉体的に過酷な状況に置く事でWNは増加します』




 要は自分が研鑽を積めば、出力の増大が見込める。

 強くなった分を直接的に武器として使えるなら一石二鳥と彼女は考える事にした。




「分かった。私はこれから鍛錬を重ねるから貴方は量子回路をセットして」



『了解。それと……』




 アストは何か懸念でもあるように不安そうに答えた。




『あまり無理をしないで下さい。それがあなたにとって無茶な注文なのは知っています。ですが、あなたに何か有るとわたしは……寂しいです』




 最初の頃とは違い、彼は徐々に彼女の事を気にかけ始めてきた。

 それがアリシアにはたまらず、嬉しかった。

 アリシアはそっと微笑み返した。




「大丈夫。私は死なない。まだ、死ねないよ」




 その顔には確信に迫った安定感があった。

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