世界を学ぶ

 次はアリシアの知らない世界の史実の授業だった。

 アリシアのいた環境では、碌な情報が入らなかった。

 移動型の商業巡回屋から齎される本などはあったがそれ以外はない。

 だから、アリシアに取って自分が置かれていた世界とは「何か大きな戦争があったから」程度にしか思っていなかった。




「2316年1月2日年WW4が起きました。きっかけはアメリカと中国が互いの首都に核融合爆弾ソルが落とした事です」




 核融合爆弾いわゆる水爆は、原爆と違い原子核を合体させる事で莫大なエネルギーを起こす。

 原爆と違い放射能の類は改良によりほぼゼロに等しい。

 その代わり、原爆や旧時代の水爆とは比べものにならない破格の威力を発揮する。




「核により両国首都合わせ、約2600万人が死亡しました」


「2600万人……」




 アリシアは目をハッと見開き戦慄した。自分の集落には200人くらいいた。

 今回の件でその半数が被害を受けた。

 自分にとっては、アレだけでも大きく衝撃だった。

 それも血生臭い地獄が簡単に作り出せるほどの惨状だった。

 自分はあれほどの光景を見た事はないし、あれほどの悲しみもなかった。


 だが、現実には爆弾2個落としただけで集落13万倍の分の人間が一瞬で抵抗すら出来ず、消えたのだ。

 その惨状や悲しみを想像するだけで自分の事の様に心が痛い。

 訓練の痛みとは違う胸の痛みが、彼女の息を詰まらせるような不快感を抱かせる。





(こんな現実があって良いの?こんなあっさり人がゴミのように死んで良いの?)





 否定したい事実に彼女の顔が、徐々に暗い影を落とす。

 吉火の話の解説によると首都攻撃により両国の官邸が吹き飛び、同時に当時の首相も死亡、新たな政権を臨時で発足した。

 問題は国連に持ち込まれたようだ。

 両国とも当然のように互いが戦犯と主張した。

 互いに互いの罪を糾弾する証拠を揃え、議論が繰り返された。

 しかし、話は平行線のままで進展しないと見た国連は第3者委員会を作り、事件の調査を行った。

 その調査である事実が判明した。

 それは、両国とも核の発射ボタンを押していないと言う事実だった。

 そこでアリシアが首を傾げ、質問する。




「押してない?発射されたのにですか?」


「核の発射には幾つか手続きが必要なんです。ですが、両国ともその手順を一切踏んでいなかった。国防長官等の役所手続きも無い、両国の代表の同意も無いままに発射されたんです」


「そんな事があるんですか?そんな抜け穴がある事自体、可笑しいんじゃ?」




 尤もこの座学の内容は一般的な軍の座学でも教えない事だ。

 この情報が漏洩した場合の世間の反応を考えれば、暴動が起きかねないからだ。

 吉火がこの事を知っているのは他でもない。TSにより齎された情報の中にこの情報が記載されていたからだ。


 本来ならこんな事を教えるべきではないのだが、TSの条件には「アリシアも求めに応じる事」も明記されていたのだ。

 NPがTS解明の為の組織である以上、一般常識を踏み倒さねばやっていけないと吉火も理解している。

 話を進めるとこの件は一説では、超1級(ウィザード)ブラックハッカーの仕業とも言われているが根拠はない。

 誰かがそれらしい推論をした噂が一説になったと言う可能性も否定できない。

 その事実発覚後、急ぎ調査報告が国連に齎される事になったが、ある事件が起きた。




「事件?」




 アリシアは事つけたような単語を聴いて眉を細める。

 薄々、自分を不快にさせる気がしたからだ。

 吉火もアリシアの態度から心情を察したが、こればかりはオブラートに包んで説明出来ない内容だった。

 内心、彼女が機嫌を損ねない事を祈りながら吉火は火蓋を切る。




「報告文書が揉み消されたのです。その間に中国が先制攻撃を仕掛けた」


「先制攻撃?」




 また、不穏は単語が跳びアリシアの表情が気色悪しな顔色に変わり、彼女の似つかわしくない険しい顔色に変わる。

 吉火もアリシアの心情を察してはいたが、見て見ぬふりをして詳細を説明した。




 きっかけは些細な事だった。

 この事件が起きる前に中国の原子力空母が台湾の潜水艦に攻撃を受けた。

 被害はさほどでもなかったが、後に中国がその台湾の潜水艦の設計図を入手してある事実が判明した。

 その潜水艦にはアメリカ企業のパーツが多く使われている事が分かったのだ。


 中には本来、売買される事もない高性能スクリューがあった。

 高性能スクリューは音を殆ど出さず、ソナーでも検知し難い物だったのだ。

 そのせいでわずかではあったが、中国側はソナーで敵を探知できず被害を受けた。


 後日、中国政府はそれを言い訳に「本来、市場に出回らないアメリカ製のスクリューを使った潜水艦。これはアメリカの尖兵だ。アメリカが先制攻撃をしたのだ。我々はそれに対して防衛権を行使する」と宣言。


 アメリカに対して再び、核による報復を行った。

 それを聞いたアリシアは思わず机を強く叩いた。

 吉火は思わずピクリと眉を動かす。




「そんな……そんなの言い掛かりじゃないですか!そんな不確かな事実で戦争が起きたんですか!」




 アリシアは思わず憤ってしまう。

 そんな訳の分からない理由で大勢の人の命を奪った事が理解出来なかった、許せなかった。

 況して、そんな簡単に人を殺す事実を受け入れられずにいた。

 それを認めれば、自分の身に起きた事を容認してしまう。

 それは認められなかった。


 ただ、不意に少し熱が冷める。

 怒りを吉火にぶつけても仕方ないからだ。

 アリシアは我に返り「ごめんなさい」と謝った。

 自分が喚き散らした事を少し後悔したのか、萎んだように塞ぎこんでしまった。




「いえ……いきなりこんな話されれば、誰でもそう成りますよ。私も若い時、そうでしたから……」




 アリシアは塞ぎこんで、顔を鎮める。

 自分が激情に駆られて理性的な判断が出来なくなっている事を恥じていた。

 あの出来事の後、彼女の精神はどこか不安定だった。

 感情の起伏が薄くなったり、情緒不安定になり、激情したりなど続いていた。

 あの時の戦争経験が少なからず、アリシアに不安や恐怖を煽っていたのは間違いないだろう。

 吉火個人としては、アリシアは萎んだ顔や怒った顔よりも笑顔の方が似つかわしいと思った。

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