初めての戦争
「ここに何が?」
「この世は何が起きるか分かりませんからこう言った物も用意してます」
車から降りると吉火がスマホPCをタップする。
すると、何もないところから見上げるほどの人型のそれが現れた……APだ。
全体的に丸みを帯びた白い装甲を持ったAPだ。
これは俗に言う所の全てのAPの原型機となるベース機“無改造機”とも呼ばれる
「光学迷彩ですか……」
「えぇ、隠すには打ってつけなんで。あなたはそこにあるモニターで私の戦いを見ると良い」
「私にも何かさせて!」
「素人がうろつくと邪魔ですよ」
吉火は声を荒立てる事は無かったが「何かされると邪魔だ」とハッキリ言っていると理解できた。
アリシアも仕事をしていた関係上、そう言った思想も理解できるので口を噤んだ。
ただ、吉火はアリシアに強く当たったと思い釈明した。
「すいません。でも、その意味が分からないあなたではないはずです。本当に力が欲しいなら今は耐えて下さい」
「忍耐ですか……」
さっきの声に促されたからだろうか?何故か忍耐しないといけない気がした。
戦えない無力な自分に耐えないといけない気がした。
それに今、戦っても確実に死ぬ。だから、今はその時ではない。
それにアリシアは母の介護の手伝いをしていたから、分かる。
自分の領分を超えた事を見栄を張ってやっても碌なことに成らない。
それで失敗すれば、自分だけの責任ではない。
その位はこの十五年で学んだ事だ。吉火は私服を脱ぎ捨て、下に着ていたAPのインターフェースであるダイレクトスーツに着替えた。
「直ぐに終わらせて来ます。大丈夫私はスペシャルリストですから」
「あ、あの……」
「はい?」
アリシアは手に持ったモニターをギュッと握り締めた。
「必ず帰って来て」
アリシアは手をクロスさせ祈るような仕草で言った。
見ず知らずの筈なのに「無事でいて欲しい」そう思ってしまった。
吉火を見つめる潤んだ蒼い瞳が今でも吉火の脳裏に焼き付いていた。
その時、吉火はそれに微笑み返し「分かりました」と答えてAPを走らせた。
色々、堪えながら自分の事で精一杯なはずなのにそれでも吉火の事を気遣う健気な心に胸打たれそうだ。
吉火は意気揚々とコックピットに乗り込んだ。
◇◇◇
「CP。テロリストは粗方片付けた」
「了解。そのまま掃討せよ。っ!待って下さい。所属不明機が接近、呼びかけにも応じません。11時距離800から接近!」
接近した機影を深紅の機体は捉えた。
警告無視して接近して来た。撃たれる覚悟はあるのは明らかだ。
深紅の機体は地上から空中から高速形態で迫る敵に4枚の肉厚の羽を広げ、そのAPに向けた。
その肉厚で容積のある羽に内蔵されたマシンガンが火を噴いた。
1枚の羽に6丁、計24丁が向けられ轟く弾幕を喰らって逃れた者はいない。1機で12機分の火力を相手に注いだ。
弾丸の発射の反動で周囲の建物や瓦礫の土煙が凄まじく舞い上がった。
「撃つのが早過ぎたな!」
吉火は弾幕の射線から消えた。
「っっ!!今のを躱した!」
深紅の機体は射線から、ずれ続ける吉火を追従する。
しかし、吉火は敵機が狙いを定めたとほぼ同時に射線から消える。
「こいつ、エスパーか!」
エスパーではない。
ただ、敵の発射距離とマズルフラッシュが大きいだけだ。マズルフラッシュの光が見えてから弾丸が到着するまでコンマ数秒の差が存在する。
その僅かな差にスラスターで移動すれば、避ける事が可能なだけだ。
敵の人間離れした技量に手段を選んでいられないと判断した深紅の機体は、町の被害を考慮せずに背部にあるミサイルも放った。
弾幕とミサイルが吉火に迫る。
弾幕は同じ要領で避けられるが、ミサイルは吉火の動きに合わせ追尾するのでそうはいかない。
吉火は右手に持たれたブルパップ式サブマシンガンを抜いた。
圧倒的な総弾数とサブマシンガンの連射能力と吉火と言う男の技量が合わさり避けながら1丁のサブマシンガンで10発のミサイルを撃ち落として見せた。
だが、その破片が集落へと落下する。
「あぁ!」
アリシアは集落の様子が気になる。
あの破片で更に知っている人が死んだとするならと考えるとやはり辛い。
だが、それを止める力は今の自分にないと現実に打ちのめされながら唇を噛み締める。
「まだ落ちないか!」
この深紅の機体はその主兵装を内蔵マシンガンに統一し近~中距離戦に特化させる事で莫大な火力を獲得している。
ミサイルは只のおまけだ。遠距離戦も想定して付けているがHPMが実装されたこの世界でその恩恵を十全に受けているとは言えない。
この機体の弱点は機動力と運動性の低さと火器が少なすぎてそれを封じられると何も出来ないという事だ。
ミサイルは使い切った。マシンガンの残弾は七割近くあるがじり貧過ぎる。
何せ、当たらない。
「パターンは読めた。終わりにさせてもらう」
吉火はミサイルが切れた事を読んで勝負を決めに来た。
こちらのサブマシンガンでは、あの肉厚な装甲は貫けない。
なら、接近戦を仕掛ける。
吉火は腰に納刀している刀を確認した。
吉火はスラスターを点火、距離を詰めながら迫った。
相手はその重量もあり動きは遅く、こちらの接近を警戒して距離を取りながらマシンガンを撃つ。
その行動が周囲の集落と人を巻き込んでいた。
深紅のパイロットはそんな事お構い無しにマシンガンの爆風を轟かせながら距離を取りつつ弾幕を張った。
「不味い。1発で決める!」
吉火は多少の被弾覚悟で更に加速を掛けた。
回避の労力を機動に割いた事で吉火の機体は徐々に被弾を受ける。
敵は彼の狙いに気づく。一気に決めに来た。
深紅の機体はその場で止まり、吉火に狙いを定める。
機動性を重視すれば、自然と回避が疎かになる。
深紅の機体に取っても吉火を仕留めるのに、この上ない機会だった。
敵のマシンガンが集束する。
狙いも精確さを増し、吉火の機体の被弾率を上げる。
吉火も回避はしているが、流石に全ては避けきれない。
機体の最低限守らねば成らない所を優先し回避する。吉火の機体は汎用的なT4と言う特に特出する点のない突破力の乏しい機体だ。
機動性、運動性が多少良いだけでそれ以外吉火には優位な点はない。ここまで戦えているのは吉火の技量あっての事だ。
「無改造でよくやる!」
マシンガンから放たれた1発が吉火の機体の左肩に直撃し左肩が丸ごと落ち、そのまま地に落ちる。
「やってくれるな。だが!まだ生きている!」
微かな光明を吉火は見逃さない。
敵は初めて真面な被弾を与えた事に喜びを……手応えを得た。
軍属である以前に武術家である吉火には気の高揚は命取りだ。
人には「間」と呼ばれる誰もが持つ意識の隙が存在する。
それは武術家である吉火とて例外では無い。
それを熟知する故に吉火にはハッキリ、見えていた。
敵が自分に被弾を与えた事に喜びを覚えた。
その時、意識の全てが喜ぶ事に囚われる。
これは「イツク」と言う。戦闘に対する意識が‥‥集中力がその瞬間だけ敵から消えるのだ。
なら、その隙に更に加速されたら敵に取っては目の前に居ても背後から奇襲を受けた様な錯覚を起こしてしまう。気づけば吉火は既に間合いに入っていた。
「何!」
その不意を突く攻撃はその一瞬では理解が追いつかず、頭の中でゴチャゴチャに思考してさらなる錯乱を起こす。
「貰ったぞ!」
錯乱して手も足も出ない緊張した兵士などタダのカカシ同然だ。
吉火はコックピット周りの左胴体可動域目掛け刀を差し込む。
如何に重装甲でもコックピットを貫けば本物のカカシに成る。勝利を確信した。だが、甘かった。
その時の事を後に吉火は悔いる事に成る。自分もまた勝利に酔い痴れ「イツク」をしてしまったのだと気づく。
突如、吉火に向け砲撃が直撃した。
吉火のT4の右肩は吹き飛んだ。
同時に差し込んだ刀の軌道が僅かにズレ、コックピットに刺さった。
今の直撃でT4の各部が異常を来し、真面に動かない。
機体は両肩を失いその場に伏せた。
すると、ワイバーンタイプの機体がこちらに接近して来た。
恐らく、吉火を撃った者だ。
「不味いな……どうなるか……」
普通なら「このまま殺されるな」とそう思った。
「ガイア2α応答願う。ガイア2!ツーベルト!返事をしろ!」
女性の声が仲間を呼ぶ。
ガイア2、深紅の機体の通信はノイズが走り応答がない。
女性は友軍のバイタルデータを受信した。
どうやら死んではいないが、瀕死の状態だった。
女性は直ぐに判断を下した。
敵機に戦う余力はもう無い。
今は僚機を直ぐに回収すべきだと判断した。
女性は吉火には目もくれずこの重たい僚機を何とか肩を貸すように担ぎながら退却した。
吉火はそっとシートに腰掛ける。
「助かったか……」
自分が生きている事に安堵する。
どうやら、友軍の回収を優先してくれたようだ。
吉火にとってはこれ以上の追撃を避けられただけで行幸と言えた。
「これが戦争……」
アリシアは事の一部始終を見た。
たった、2機が戦っただけで集落は崩壊し様々な仮説住居は一気に壊れた。
けが人も画面越しに確認出来た。正直言えば、被害は出してほしくなかった。
でも、吉火が極力被害を出さず、自分の身を挺していたのは理解できた。
吉火がいなければもっと悲惨だっただろう。だから分かる。現実はどうあっても争えば被害を与えるのだと。
何かを守る事には犠牲が付き物なのだとその時、思った。
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