宿屋.3


 2人も客が来たということで、娘は非常に上機嫌になった。

「食事処としてやってきてたけど、泊まりがいると額が違うしね。せっかく部屋は空いてるんだから」

そう言って娘が夕食の支度に奥へと入って行った。料金はしっかりと前払いで請求された。街を出たら四方が砂漠に囲まれた場所で、1人あたり銀貨2枚で寝台と食事が一晩保障されるのはありがたかった。その日はなかなか味のいいその地方の伝統料理と、おまけにつけてくれた一杯の酒をひっかけて、思うところは多々あったけれどもティファンとスフィヤは上機嫌で眠りについた。


 翌朝、その日の夜の分も前払いで料金を払い、部屋に少し荷物を置いて外出したいと告げると娘は大喜びした。数日間は滞在する予定だと告げると、それなら明日から朝食も簡単なものなら作っておくと言ってくれた。どうやら厳しい経営のなかで、そんなことまでしてもらうのは気が引ける思いの2人であったが、相手の好意を無碍にするのも礼を欠いていると思い、その申し出をありがたく受け取ることにした。


 旅の資金は宿に払った分で少し足りなくなっていたから、朝市が開かれる時間を聞いた。そこで旅の道中で得たものを売り資金を作りつつ、自分たちの故郷へ帰るにはどういう旅程を組めばよいか情報を集めるつもりだった。


 娘に聞いた朝市は思ったよりも活気のある様子で、たどり着いて胸を撫で下ろす。市場に向かうまでは、どこを見ても誰を見ても、別に暗い顔などしていないし、談笑している2人連れなども見かけたというのに、その背後に暗い影が立ち込めているように見えた気がして、自分たちの目論見が全く達成できないのではないかと不安になっていたのである。


 何かが変わりそうで変わらないまま時が過ぎ、人々が疲弊しきっているのに、それに人々でさえ気がついていない王国。それが1泊2日目の朝を迎えたティファンとスフィヤの、この国へと抱いた感想であった。しかし、そんな感想とは裏腹に、人々の好奇心は旺盛なようで、2人が旅の途中で手に入れた品々は、良い具合に売り捌けていった。これならば路銀の調達は今日明日で充分に達成できてしまいそうである。


 けれど商売がてら客たちと話をして、ここがどんな場所に位置するのか、自分たちが目指す都の名前を告げて、行き方などを尋ねようとしても、誰1人として答えてくれなかった。無視をされているのとは違う。笑って誤魔化すように、ほとんどの質問をいなされてしまうのである。それは単純に知らないというわけではないような予感がした。

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