宿屋.1

 貼り出された新聞のなかで、最も新しいものの最初の記事に目を走らせる。

「王は飢えた民への水の配給を許可された」

という見出しが大きく掲げられていた。

 

 その見出しを見ただけで中の文は読まずとも想像がついてしまったので、次の記事へ、次の記事へと視線を飛ばしていく。ほぼ全ての記事の主語は「王」という言葉で始められていた。それだけでティファンは必要な情報は全て手に入れられたと思った。


 一方でスフィヤは打ち込まれた文字の全てに、しっかりと目を通しているようであった。

「水は別に王のものなんかじゃないのに」

周囲の誰かに聞こえないようにスフィヤがティファンに囁く。彼の指摘は多くの街では正しいとされるであろう見解だが、それがここでは異なるのだ。息子がそれに対してどんな感想を抱いているのか、今の囁く声に押さえ込まれたものがティファンにはしっかりと伝わってきた。


「全ての記事の頭だけを読んでみろ。この新聞の伝えたいことが一発でわかるさ」

ティファンの言葉にスフィヤが目の動きの速さを上げる。

「……本当だ。これは新聞っていうより、王の功績証明みたいだね。なんでこんなものが作られるんだろう」

「それについてはここで喋るのは安全じゃないな。まずはこの街に滞在するために宿をとろうか。砂漠のど真ん中だ。野営できないことはないけれど、できれば避けたい所ではあるな」


「宿を探そうか、父さん……僕、もう少しここをよく見てみたいよ」

スフィヤの言葉にティファンは了承し、2人で宿を探し求めて広場の通りを渡って、城下町へと戻って行った。


 寝台と食卓の絵が描かれた、宿屋と思しき看板を見つけ、その建物の扉を押して中へと入った。文字のない看板がこの街には多く見受けられた。識字率があまり高くないのかもしれない。だとしたら広場にあったあの新聞は上流層に向けられたものか、それとも自分たちにような外部からの人間に向けられたものか。この国の抱える陰鬱さがジワジワと目に映り込み、ティファンは胸中で溜息をついた。


「ごめんください。こちらは宿でしょうか」

 酒場のような卓と椅子が並んだ店内は、人気がなく、店はまさか潰れているのではないかと思い始めたところで、奥から伸びる廊下を1人の少女がこちらへ向かって来た。

「あんたたちは旅人かい。それともモグリの宮廷兵士じゃないだろうね」

「ずいぶんと勇ましいお出迎えですが、僕らは旅人ですよ。ここは宿ではなかったなら申し訳ない」


「宿屋で合ってるよ。最近じゃ外から来る客なんて全然いないからさ。代わりに宮廷兵士が監視にばっかり来やがるから、悪かったね」

「監視が来るって、それはまたどうして」

「街の様子を見てないのかい。ここまで来る途中でいやというほど分かったと思うけど」

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