予兆.3

 酒場の酌婦に聞いた村の北東を目指す。天幕の集落のように風景が変わっていくにつれ、酔った男たちのガサツな声があちこちから響いているが、怖気ついてなどいられない。最短距離をぶちぬいて、その集落を横切りラズは小走りした。天幕の群れを抜けると、馬が繋がれた木造の建物が見える。たぶんあそこが酌婦の言った「健全な」宿場だ。明かりがいくつか漏れているので人がいるのがわかる。


「あの……機織職人のものです。お昼にお話をした隊商の方に届け物を……」

肩で息をしながら、入口を開けて中に入ると、勘定台のような場所に男が肘をついてこちらを見ていた。幸いにも村の男ではない。


「あー、誰宛て?名前とか」

「お名前を聞きそびれてしまって……でも女性の方のいる隊商でした。都から来てると……最初村の真ん中の酒場に行ったら、女性のいるような隊商ならこちらに泊まってるだろうと言われまして……いらっしゃいませんか?」

「んー??いたっけな、そんな人……あ!いるいる。隊商の人ではないらしいけど、都の仕立て屋の娘さんって人がついて来てるのがいたわ。あんたと同じくらいの年頃の女の人だろう?」

「たぶんそうです。お顔を見ればお互いわかると思います」

「今呼んでくるよ。そこで待ってて」


 ラズの口から出まかせは的中した。後はその娘と話をつけなければならない。できるだろうか。そもそも連れて来てもらっても、こちらの顔なんて知らないのだから、人違いだと突き返される可能性も高い。こうなれば出た所勝負だ。少し演技しよう。悪いことをするわけじゃない。話を少しでも聞いてもらう為に。


「——だから、メリラさんのことだと思ったんだよな。他には女の人がいる隊商なんて聞いていないし」

「そんな人いたっけな……昼に広場の市場には行ったんだけど、そこでのセールストークを真に受けられちゃったとか……?でもせっかく本人来てくれてるっていうなら、まずは会わないとだよねぇ。あたしが忘れてるだけなら失礼だし…って、ちょっとあなた大丈夫!?」


 部屋の奥からラズと同じくらいの年頃の少女を連れて、先ほどの男が戻ってきた。それに気づいたラズは腹の下を押さえてしゃがみ込む。

「すみません……急いで走ったもので、ちょっとお腹が……」

「あーあ。それじゃあ話どころじゃないでしょう?とりあえず横になる?私の部屋の寝台貸すわよ?」

「すみません…少しだけいいでしょうか?」

「困った時はお互い様よ。とりあえず話聞くためにも連れて行きますから」

少女は勘定台に戻った男に声をかけてラズを部屋へと連れて行った。

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