秘密の時間.3
けれど楽しい時間は長くは続かなかった。ラズの腹の膨らみが、とうとう母に見咎められ、そして父へと告げられたのである。ラズ以外の兄弟は母屋から追い出され、庭や納屋で時間を潰すことを命じられた夕食の後。祖母と両親、ラズの4人は居室の中で黙り込んで座っていた。
父は怒りのあまり言葉も出ないようであった。母もそれは同じく。祖母だけは我関せずといった素振りを見せながら、ラズの目をじっと見ていた。全てを知る祖母の、この無言の応援のおかげで、ラズは顔を下に向けたりせず、両親と向き合うことができた。
「お前は何を考えているんだ」
静かな怒りに満ちた父の声発せられる。
「この子を産もうと考えています」
淀みなくラズが答える。
「そんなことを言っているんじゃない!」
父は握った拳で床をドンッと殴った。母がびくりと体を震わせる。
「父親が誰か、一体どういうつもりなのか、聞きたいことは山ほどある。だが今はお前は自分の置かれている状況が理解できていないようだ。1日時間をやろう。今日は納屋で寝るんだ。自分の愚かさを少し反省する時間がお前には必要なようだからな」
「誰の子かはわからないけれど、身重の娘にそこまでしなくても……」
母がおずおずと父に切り出した。
「昔は寝台なんかなかった。その時代でも女はちゃんと出産できていた。一晩納屋に寝るくらい何だというのだ」
父は一切の異論を許す気はないようであった。
「……わかりました」
ラズは返事をして寝台へ向かい、窓にかけてカーテン代わりにしていた自分の気に入りの羽の刺繍が入った布と、寝台の掛布を丸めて手にして納屋へ向かった。
「お婆ちゃん、お父さん、お母さん、おやすみなさい」
と言い残して。
掛布の中には祖母がくれた古い絵本と、その本に挟まれたお金。そしてラズの履く靴には、いつか旅人にもらった羽飾りが差し込まれていた。旅立つ勇気を彼女は持っていたのである。
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