第3話 電源を落とさないで〜RPG編〜

「電源を落とさないで」。それはユーザーが負けそうになった際や間違えた行動をした時に行うものに対する、NPCたちの悲痛な叫び。あるいは、彼らの切なる願い。

NPC界隈にとって、「電源を落とさないで」とはどういったことなのでしょうか?



-社員の声

「このユーザー、相当負けず嫌いだな」

「断固として、ゲームオーバーを避けようとするとはね」

「まったく、ハズレくじを引いた気分だぜ」

「そう言ったら、また電源が落とされたようだぞ」

「うかうかしてられない。さぁ、仕事の時間だ」



ここは<人材派遣会社NPCコーポレーション>

この会社は社員たちをNPCとして各ゲームに派遣することが主な業務となっている。



今回のゲームは『サラマンダークエストⅨ』

通称『サラクエ』

かつて勇者と言われた主人公が失われた力を取り戻しながら、新たなる脅威と戦っていくというRPG。

『サラクエ』シリーズの最新作であり、主人公の選択でストーリーが変わるシステムを導入したことが話題となっている。



-ユーザーの画面

「メガスラッシュ!!」

「く、効かんぞ」

≪魔王ベリエルの攻撃≫

「消してやろう」

≪魔王ベリエルは魔術滅弾をはなった≫

「うわぁ、







≪この扉の先には邪悪な魔王が待ち構えている。準備はいいですか?≫

≪はい← いいえ≫



-社員の日常

何度、この展開を見たのだろう。


「おお、また帰ってきたぞ」

ユーザーのパーティは何事もないような素振りで街へ帰ってきた。

正確に言えば、“湧いた”。

実際ユーザーの所持アイテムや装備に増減はない。

あるのは、“こちら側”の疲労だけなのだ。


「俺の出してるクエストをこなしてくれれば、その武器の強化アイテム上げるんだけどなぁ」

「いやいや。今までの傾向からみても、新たなクエストは受けないと思うぞ」

画面外でこっそり話す店主と市民。市民の担当するクエストはドロップ率の低い武器強化アイテムを報酬としている。しかし、ユーザーは決して話しかけることすらない。

「また、挑戦するみたいだ」

「早く倒してくれないかなぁ」

ため息をはく市民。それを見た店主は意地悪そうな顔で

「俺の見立てじゃ、今回も無理だ。それでまたアイテム買ってくれるなら、俺は十分だからな」

「おっちゃん、早く砦に行きますよ。どうせ、また“やる”んでしょうから」



-砦

「神父さんも来てたのかい?」

「これはこれは。お二人ともお揃いで」

「セーブデータの維持大変ですね」

少々病み気味な神父に市民は最大限の気遣いをする。しかし、店主には気遣いの“き”の字もなかった。

「ほんと、大変っすよね。扉の前で“オートセーブ”でもありゃいいのに」

「今、“オートセーブ”と言いましたか?」

突然、神父は神の使いとは思えない悪魔的な笑みを浮かべる。それに気づいた市民は店主に謝るように言うが、店主はイマイチ状況が飲み込めていない。

「言ったけど。それがどうかしたのか、神父さん?」

「すいません!彼はちょっと酔っぱらってるんです」

「お酒のせいでしたか。危うくセーブデータのように“削除”しようかと(笑)」

全然笑えないことを言って笑う神父を見て、市民は改めて神父の闇を感じた。


「俺は一滴も飲んでいないんだけどな。ほら、見てみろ。言った通りだ」

その言葉と同時に暗転する世界。




“電源が落とされて”から電源をつけなおし、ゲームを再起動するまでにNPCたちがやることは山ほどある。社員の中には“はじめからあそぶ”よりもハードな仕事だと言う人も多い。



一つ目の業務は“セーブデータの復元”である。

暗転した世界ではユーザーの本体は静止している。神父の聖書(=セーブデータ)を頼りに、市民たちを筆頭に獲得したアイテムを回収する。ユーザーがよく売却や捨てるタイプならことは幾分楽になる。

「まいったなぁ。こいつ、馬のフン何個持ってんだよ(笑)」

「ユーザー様にこいつとか言わないの」

「けどよ。アイテムボックス無限だからって、これは持ちすぎだろ。ここらへんの雑魚アイテム売れば、もうちょっと良いの買えんのに」

「変なの売りつけたら、また店主さんがブチギレて大変なことになるよ」

アイテムの山から該当アイテムを手際よく回収していく。そんな中、市民は皆に指示を出す神父に目が留まった。

「神父さま、なんでハンマー振ってるんですか?」

「え?素振りですよ。私はセーブデータを大事にしない人が大嫌いなんです」

「へぇー」

市民のあいまいな相槌をしながら、この神父が“最恐”たるわけを感じた。



二つ目の業務は“ユーザーの修復”である。

もちろん、瀕死になってるわけではないので“蘇る”などといった荒業に出る必要ではない。しかし、魔王などの強力な攻撃を受けた装備は限界を迎えている。普段はロード中などにちょいちょい修復しているのだが、こういう場合は他の業務もあるため、F1のピットのような素早い仕事が要求される。

「“白騎士の鎧”はもうダメだ。店からスペアを頼む」

「この剣はどうですか?」

「これはまだ直せる。鍛冶屋へ持っていけぇ」

店主は汗でびっしょりになりながら、指示を出していく。一見、とても辛く大変そうに見えるが、店主は変えようのない手応えを感じていた。



三つ目の業務は“経験値のリセット”である。

最新のセーブデータより後に敵を倒していた場合に発生するこの業務は、日々「ユーザー様は神様です」などと言っている社員がやることとは思えないものである。

それは、ひたすらに“ユーザー様の頭を叩く”というもの。叩くと経験値が落ちていくらしい。

「皆さん、ちょっと下がっていてください」

「これは俺らの仕事では?」

「いいや、私の仕事です!どいてください!」

神父は自分の身の丈ほどもあるグレイトハンマーを振り上げて、ユーザーの頭めがけて叩き下ろした。そこからというものレーティング指定が上がるような映像が続いた。はや三分で“経験値リセット”は終わり、神父は爽やかな笑顔を浮かべ

「気持ちよかった!今日もいいお酒が飲めそうです」

その笑顔のまわりの人々は恐怖を含んだ苦笑いをした。



この三つの業務に加えてマップ整備なども終えて、再びユーザーを迎える。

暗転していた世界は再び光を取り戻す。

神父、店主、市民は揃ってその“夜明け”を見上げる。

「今度こそ勝てるようなアイテム売ってやる」

「ちょっと歩いて寄っていってみようかな」

「“オートセーブ”ダメ、ゼッタイ」

そして、彼らはそれぞれ持ち場に戻っていく。




言うのはいつも同じ定型文。扱い方はいつも雑。感情を持たれることすらない。

そんな彼らにも心はあり、文句の一つや二つもおのずと出てくる。

そんな感情を決して見せず、吐かず、仲間と助け合いながら懸命に働くのが、

「NPCという仕事」なのである。


彼らは言う「愛せとは言わない。ゲームやっている中でほんの少しでも、我々のことを思い出してくれると嬉しい」と。

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NPCという仕事〜人材派遣会社NPCコーポレーションの日常〜 拙井松明 @Kazama74Tsutanai

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