あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

キトゥハを送り、自分達の家へ帰る途中、イティラは言った。


「ウルイ! 帰ったら子供を作るよ!」


いささか突然のようにも思えるその言葉に、しかしウルイは、苦笑いは浮かべながらも驚いた様子はなかった。


「本当に俺でいいのか? イティラにとっては父親みたいなものだろう……? 他にもっといい男を探した方がいいんじゃないか……?」


などと口にしたが、


「あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてないよ! ウルイ! 私にとってはあなた以上の男の人なんていない……!」


彼に向き直り、真っ直ぐな視線できっぱりとそう言い切った。なるほど<強さ>だけで言うならクヴォルオのように彼を圧倒する者はこの世に何人もいるだろう。だが、それだけだ。その者達は、イティラのことを碌に知りもしないし彼女の<心>を見てはくれない。


ただウルイが、ウルイだけが、イティラの心までちゃんと見て、受け止めてくれる。


それだけの話なのだ。


「そうか……」


決して揺らぐことのない彼女の言葉に、ウルイは呟くように応えるしかできなかった。


確かに、ウルイにとっても、イティラは、<仲間>ではあっても<娘>ではなかった。自分に<父親としての価値>などあるようには思えなかったからだ。自分しかいなかったから彼女を守ってはきたものの、それは決して父親としてではなかった。


だから、もし、イティラを妻としても、<仲間>だったものが<家族>になるというだけの話でしかない。


あくまで、それまで<女性>と見做してこなかったのを、今後は、自分と同じく<大人>で、しかも<女性>として接することになるだけなのだ。


そう。まだまだ経験が浅くて完全な一人前とは言い難いものの、彼女はもう立派な<大人>。その事実を認めないのは、イティラに対する侮辱でさえあるだろう。




そして、自分達の家に帰ったイティラは、自分の<想い>のままに、ウルイに襲い掛かった。


もうこれ以上、奥手なウルイに四の五の言わせるつもりはなかった。


普段から鼠色の毛皮に包まれているゆえに服など着ていなかったので、それこそそのままウルイを押し倒して、着ているものを剥ぎ取って、彼の<モノ>を口に咥え、本能の赴くままに舌を巻きつけて刺激し、いきりたせた。


「―――――♡」


事ここに至って観念したウルイも自らのモノを隆々と屹立させ、彼女の気持ちに応える。


「ウルイ…ウルイ……ウルイ……っ! 愛してる、愛してる、愛してる! 大好き、ウルイぃ……!」


これまで、時には限界を超えるような途轍もない挙動を発揮してきたことで自然と<膜>は失われていたのか破瓜の痛みさえほぼなく、しかもウルイに襲い掛かった時にはもうすでに十分に潤っていて何の抵抗もなく、イティラは自身の深いところまでウルイを受け入れた。


それからやはり本能が命じるままに肉体を躍らせ、命の昂りを促す。


すると、イティラの体を包む毛が、白く輝き始める。彼女自身の昂りに合わせるかのように。


それはまるで、新婦を包む純白のドレスのようにさえ見えた。


その中で、イティラはなお上り詰める。


「あ……あ……あぁ……っ!」


甘い声が、彼女の喉を衝く。さらなる高みを目指して。


カシィフス。


キトゥハ。


それらの命の終わりを見届け、送り、そして今、新たな命を自身の中に迎え入れるために……


これもまた、


<命の循環>


というものなのだろう。










それから数年後。


小さいけれど、まだ新しさを感じさせると同時に手作り感に満ちた家から、鼠色の影が二つ、ドアを撥ね飛ばすように開けて外へと飛び出した。その二つの影を追うようにして、


「こらーっ!! ウルィア! イティハ!!」


『こら』と言いながらも、でもどこか慈しみを感じる女性の声が響き、


「きゃはは♡」


「あはは♡」


二つの鼠色の影=獣人の子供が二人、森の中を楽しげに駆けまわる。その一人は見事な装飾が施された鞘に収まった短刀を背負い、もう一人の頭には瑪瑙メノウの髪飾りが輝いていたのだった。








~了~






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない 京衛武百十 @km110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ