牙
「何!?」
それまで歯牙にもかけていなかった、
<半端者の小汚い、精々兵士用に子を生ませるための子袋>
くらいにしか思っていなかった小娘が、突然、
<美しい毛並みを持つ真っ白な虎>
に変じたことに、カシィフスも意表を突かれていた。
彼も知らなかったのだ。こういう事例があることを。数こそは少ないが、獣人の間でさえほとんど知られていないことだが、ごく稀にあることなのだと教わる前に、彼は一人になってしまった。
その所為で、反応が遅れてしまう。
白虎に変じたイティラの動きに、対応し切れなかった。それまでの彼女の動きを基にして対処していて、しかもそれに慣れてしまっていたことも手伝って。
これにより、イティラの牙がカシィフスに届いた。彼女自身の動きも、それまでより格段に上がっていた。
「ぐおっっ!?」
左の肩口に牙を突きたてられたカシィフスが、それまで決して上げなかった<悲鳴>を上げた。
が、その瞬間、自分がみっともなく<悲鳴>を上げてしまったことに気付いた瞬間、カシィフスの方もタガが外れてしまった。
一瞬で、
<燃えるような赤い毛に覆われた獣>
に変じたのである。
厳密には<赤みが強い茶色>だったのだが、逆立ったそれが陽光を乱反射して炎のようにさえ見えた。
一部の獣人だけがなることができるその姿は、<
「ガァアアアァァァアァァーッッ!!!」
爆発するかのごとき咆哮が空気を叩き、ウルイやクヴォルオの体にも打ち付けられる。
兵士達に至っては完全に硬直してしまっていたほどの覇気。
けれど、がっちりと牙を食い込ませたイティラを振りほどくことはできなかった。
が、
「!?」
同時に、イティラも驚愕する。これだけ確実に牙で捕えているというのに、その牙がこれ以上食い込んでいかない。骨ごと食いちぎってやろうとしたのに、びくともしないのである。
イティラの中で眠っていた<獣人としての本来の力>が目覚めたにも拘わらず、まだ、格が違っていたということだ。
しかし、それでも、まったく無意味というわけでもなかった。少なくともこれまでよりは力の差は縮まった。致命的ではなかったもののダメージは与えられたし、何より、イティラが喰らい付いていることで、カシィフスの動きは明らかに鈍っていた。
クヴォルオの槍は躱しながらも、それに続いたウルイの短刀の切っ先が腹を捉えることができてしまう程度には。
『浅い……!?』
手応えは十分ではなかった。なかったが、イティラの牙によるそれと合わせ、カシィフスの足を止める程度の効果はあった。
「ガァッッ!! ガァアァァァアアアアーッッ!!!」
はっきりと<怒声>と分かる咆哮を上げたカシィフスに、クヴォルオの渾身の突きが繰り出されたのだった。
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