カシィフス
クヴォルオが獣人の青年と対峙しているそこに、イティラが躍り出る。
「!?」
一瞬、警戒したクヴォルオだったが、もう<一人の獣人>は、どうやら獣人の青年の敵であることはすぐに察することができた。
ただ同時に、動きを僅かに見ただけで、勝てないことが分かってしまう。
なので、
「獣人の娘を援護! カシィフスを討ち取る!!」
兵士達に命じた。
とは言えこちらも、崖を降りるために鎧も剣も崖の上に置いてきてしまったクヴォルオと、鎧は脱がなかったもののさすがに槍は持って降りられなかったことで剣を構えた兵士達四人では、心許ないことも事実。
するとそこに、
「クヴォルオ様!! これを!!」
崖の上から声が掛けられ、何かが投げ落とされる。
槍だった。クヴォルオの槍を、兵士の一人が投げたのだ。
「!?」
それを見た獣人の青年=カシィフスが先に槍を奪い取ろうと動いたのを、イティラが制した。
「邪魔だ!!」
飛び掛かって宙にあった彼女を、カシィフスは片手で払い除ける。一年以上前に会った時よりもさらに一回り体が大きくなったように見え、力も増していたようだ。
それでも、投げ寄越された槍をクヴォルオが受け取るための援護程度には役立ったらしい。
「ちっ!」
槍を奪えなかったカシィフスが忌々しげに舌打ちをする。
そして、ごお!と唸りを上げて、カシィフスの顔面目掛けて真っ直ぐに槍が突き出された。
普通の人間ならその一撃で頭を貫かれて死んでいただろう。それほどの突きだった。
にも拘らず、カシィフスにはその攻撃が見えていて、僅かに首を傾けるだけで避けた。
それを見たクヴォルオもすかさず薙ぎ払うように槍の穂先を横に振る。
が、やはりカシィフスの動きが上回っていた。
僅かに後ろに下がり、切っ先を見送る。
『強い……!』
クヴォルオの動きを見て彼の力の程をウルイも察した。自分では勝てないと素直に思えた。なのに、カシィフスと呼ばれた獣人の青年の動きは、それさえ上回っている。
しかし、その認識は、あくまで一対一ならの話。
相手は完全に王子を殺すつもりだった。ならば、カシィフスと人間達の対立そのものはただの<意地の張り合い>であっても、今この瞬間は間違いなく命のやり取りであり、
<生きるための戦い>
であった。
ならば、容赦はしない。
完全に相手の命を絶つための、短刀による突きを、ウルイは繰り出した。クヴォルオの槍を避けたカシィフスの動いた先を目掛けて。
そのウルイの突きを見て、イティラも改めて理解した。
これが、命のやり取りであることを。
自らが生きるために相手の命を奪うという戦いであることを。
「ゴオアッッ!!」
彼女の腹の奥底から、獣の咆哮が放たれたのだった。
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