死を伴う傍迷惑
<王子>を襲った<影>。それを、イティラもウルイも知っていた。
なにしろそいつは、まぎれもなく、あの時、イティラに対して、
『俺の子を生め』
と言った獣人の青年に間違いなかったのだから。
その獣人の青年とイティラが、崖を落ちてくる。
とは言え、そこは<獣人>。イティラも、人間よりは多少力が強く早く動ける程度ではあっても、その<多少>がすでに、普通の人間ではどれほど鍛えても到達できない領域には達していた。
他の獣人であれば、さらにその先へと行けるというだけで。
ゆえに、崖の途中に生えている木の枝を使って落下速度を抑える程度の芸当なら、造作もなかった。
ただ、そのような場所に生えている木の枝は細くて、完全に彼女の体を支えるのは無理ではあるが。
しかし、今の彼女にはそれで十分だった。木の枝のしなりを利用して跳ね、ウルイの脇に四つん這いで着地する。
「イティラ!」
彼女の獣そのものの姿を、ウルイは咄嗟に自分の体で隠そうとした。すでに無駄なのは分かっていても、つい。
が、ウルイの前にいたクヴォルオも他の兵士達も、イティラの方はまったく見ていなかった。彼らが全神経を向けていたのは、少し離れたところに着地した獣人の青年の方だった。
「王国に仇成す怨敵! サバルニオス王国王子、エンヴェイト様の近衛騎士筆頭、クヴォルオ・マヌバゾディが今こそ貴様に誅を下す!!」
まるで爆発するかのような檄が、その場の空気を叩く。肚の据わっていない者が耳にすれば、それだけで腰を抜かしかねないほどの気迫。
「!?」
「ひっ!?」
ウルイやイティラでさえ、一瞬、怯まされた。
にも拘らず、『誅を下す!!』と告げられた獣人の青年の方は、唇の端を吊り上げ、嘲笑ってみせる。
「ホザくな! 人間風情が!! 思わぬ邪魔が入ったが、それがなければ今頃、貴様の
<王子>に勝るとも劣らない尊大さで、吼えた。
それを見てイティラとウルイは悟る。
『くだらないことに巻き込まれた……!』
と。
<王子>もこの<獣人の青年>も、どちらも結局、
『自分が偉い! 自分が正しい!!』
的にこの世界に自分を誇示したいだけなのだ。
共に相手の命を奪うことをためらっていない程度には敵視しているものの、
<生きるための戦い>
と言うよりは、力自慢の<ガキ大将>のような者がただ意地の張り合いをしているだけというのが分かってしまう。
さりとて、強大な力を持った者同士の<意地の張り合い>は、周りの者の命さえ生贄の如く召し上げる衝突となるのも世の常。
本質は<子供の喧嘩>に近くても、巻き込まれる者にとっては<地獄>そのものとなる、
<死を伴う傍迷惑>
なのであった。
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