最後の役目

キトゥハの病気について少し補足しておくと、彼のそれは、すでに脳にまで転移した進行性のものだった。


獣人は人間に比べ細胞レベルで非常に強力なのだが、実はその反面、細胞が癌化した際にも非常に強力なものになるというリスクも併せ持ったものなのだ。


彼の場合は最初は膵臓に癌ができ、それが急速に進行して全身に転移、特に脳内に転移したものは一気に彼の身体機能まで蝕んだのである。


ゆえに、もはや手の施しようのない状態だった。


とは言え、本来は免疫機能も強力な獣人が癌に冒されるというのは、基本的に老化に伴って免疫機能が低下したことで生じるものが大半だったため、逆を言えば、


『癌になるほど長く生きた』


とも言えてしまうだろうか。


だからキトゥハ自身は自らの<寿命>だと捉えて、<その時>を心穏やかに待つつもりだった。


けれど、本人はそうやって覚悟はできても、彼ほどは長く生きているわけじゃない娘のメィニアや、もっと祖父に甘えたかった孫のリトゥアにとっては、そう簡単に納得できることでもない。


ゆえに<寿命>ではなく、


『人間の理不尽な仕打ちの所為だ!!』


と考えてしまっているのだろう。


そんな娘や孫に対してキトゥハは、


「私はもう十分に長く生きた。リトゥアやマァニハが大きくなるのを見届けられないのは残念だが、これも<道理>というものだ。老いて死ぬのは生きる者に課せられた<筋道>なんだよ。


メィニア……リトゥア……マァニハ……私は、お前達に会えたことで十分に満たされてる。私にとっては一番下の子とも言えるウルイも立派になったのを見届けられた。ウルイにもよい相手が見付かったようだし、上等な人生だったよ……


だから、人間を恨むのはやめてほしい……人間を恨んで敵として攻撃すれば、その先に待っているのは誰も救われない<地獄>だけだ……


人間を敵視して王の命まで狙っているという獣人もいるそうだが、考えてみれば、その者の行為のとばっちりで、私は人間の王子に打ち据えられたようなものだとも言える。


お前達は、私と同じ目に遭う者を出したいと思うのか……?」


と諭した。


「そんなことは……!」


「……!」


まだ言葉も上手く話せないくらいに幼いマァニハはともかくとして、メィニアとリトゥアは彼の言葉に強く首を横に振った。


けれど、<心>というものは、<感情>というものは、そう簡単なものでもない。キトゥハもそれはよく分かっている。


だから、おそらくもう時間は残されていないだろうが、自分の<想い>を伝えることこそが<最後の役目>と考え、娘や孫が早まった真似をしないように、それがしっかりと伝わるまではと気力を振り絞ったのだった。


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