本当にとんでもない

ウルイの首筋に喰らい付こうとした孤狼の頬を突き破った矢は、ウルイが身にまとった毛皮の中に忍ばせていたものだった。孤狼が首を狙ってくることを予測して首の近くにやじりが位置するように配し、牙が迫ったそのタイミングに手で矢を押して突き立てたのである。


自分を囮にし、その隙をイティラに狙わせつつ自らもしっかりと仕留めるつもりで用意していたわけか。


イティラは間に合わなかったものの、彼女が追うことで孤狼の意識がいくらかそちらにも向けられたことで、ウルイの仕掛けを悟らせなかったという意味では、決して無駄にはなってない。


さらにウルイは、弓と矢に紐を括りつけて茂みの中に残し、孤狼がひるんだ隙に紐を引いて弓と矢を手にし、射たのだ。


なのに孤狼は、それさえ躱してみせた。


ウルイもウルイだが、そんな不意を突かれたというのに瞬間的に立て直した孤狼も孤狼だ。どちらも本当にとんでもないと言えるだろう。


けれどそこに、イティラの追撃。


が、それはさすがに易々と躱されて、間合いを取られた。


「しぶとい……っ!」


イティラが思わず声を上げる。


とは言え、向こうも生きるために戦っているのだ。そのために全力を尽くしているのである。


ウルイはすでに次の矢を構えて狙っていたが、少々距離がある。この状態で射たとて、矢を放ってからでも楽々と躱されてしまうだろう。


狼達もこの間に体勢を立て直そうとしているらしく、追撃はない。


すると、孤狼がじりじりと後ろに下がり始めた。強い気配をこちらに向けながらも、攻撃を仕掛けてくる印象はないようだ。さりとて、こちらから動いても倒し切れるほど弱ってもいないのも分かる。


狼達に加えてイティラとウルイまでいるここは、力尽くで奪うにはリスクの高すぎる狩場だと判断したのかもしれない。余力が残っているうちに<損切り>することで生存確率を上げるのが狙いだと思われる。


まったくもってどこまでもしたたかだ。だからこそ一頭でもここまで生き延びられたのだろうが。


などと思わせておいて油断したら途端に襲い掛かってきそうなタイプでもある。


だからウルイは決して気を抜かない。そんな彼を見倣って、イティラも神経を研ぎ澄ます。


ゆえに孤狼も、隙を見せることなく、いつでも跳びかかれるような気概を見せたままゆっくりと下がり、茂みの中へと消えていく。


そして、完全に姿が見えなくなったと同時に、走り去っていく気配が。


どうやら今回も何とか凌ぎ切ったようだ。


孤狼の方も、わざわざリスクを冒してまで再び挑んでくることはないだろう。そんなことをしなくてもこの森は豊かなので、他の狩場を探せばいいのだから。


が、孤狼が去れば今度は狼達との間に緊張感が。


やはり馴れ合うつもりはないということか。


それを察して、ウルイとイティラも、油断はせずに視線も逸らさずに、ゆっくりと距離を取ったのだった。


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