嫌な音
イティラが完全に復調して二人の生活も元に戻り、また穏やかな時間が過ぎていた。
ただ、そんなある日、
「……?」
獲物の気配を探っていたイティラが不意に西の方に顔を向け、怪訝そうな表情になった。
「……どうした…?」
獲物を見付けた時とは明らかに異なる様子に、ウルイが声を掛ける。
「……分かんない……ただ、ちょっと嫌な音がした気がしたんだ……」
<
「…近いのか……?」
<嫌な音>という彼女の表現に、ウルイの顔にも緊張がよぎる。けれどイティラは、
「たぶん、すごく遠い。山三つじゃ効かないくらい遠いところのだと思う。風に乗ってたまたま聞こえただけなんじゃないかな」
と、冷静に応えた。
「そうか……どんな音だった……?」
少しホッとした様子のウルイが改めて尋ねると、イティラも。
「何か、火の中の薪が破裂した感じのやつを、もっと嫌な音にしたみたいな……」
やや顔をしかめながらも、落ち着いて応えたのだった。
そんなことがあったものの二人には特に変化もなくいつも通りに狩りをしていると、
「!?」
彼女が突然身構える。その直後、ウルイも気配を察して弓を構えた。
「いい動きだ。成長したな」
姿はまだ見えなかったが、聞き覚えのある声が茂みの中から届いてくる。
「キトゥハ……?」
ウルイが呟く。そして茂みの陰から湧き出すように現れたのは確かにキトゥハだった。が、
「……老けたな……」
彼の姿を見た途端、ウルイが声を漏らした。
「言ってくれる。まあ、自分でもそう思うが」
苦い笑みを浮かべたキトゥハの顔には、なるほど細かな皺が刻まれ、以前のような若々しさはかなり失われていた。
もっとも、これでもおそらく実年齢からすれば相当若く見えるだろう。やっと五十を過ぎたくらいにしか見えない。しかも足場の悪い山の中を、まるで平地を歩くかのように危なげなく歩いてくる。
「こんにちは……」
そう声を発したのは、イティラだった。いつの間にかウルイの背後に回って、隠れるようにしながらおずおずと挨拶してくる。いつもウルイの前で見せている快活さはどこにも見えない。
やはり、ウルイ以外の相手にはまだこの感じだというのがこれで確かめられてしまった形だ。
けれどキトゥハは、
「ちゃんと挨拶できるようになったんだな。いい子だ」
と微笑む。相変わらず穏やかで深みを感じさせる姿だった。
しかし、何故、急に姿を現したのか?
ウルイがその疑問を口にする前に、キトゥハの方から前置きなく用件が告げられる。
「実はな。西の獣人の集落が人間達の軍に攻め込まれたんだ。何でも、王族に弓引く奴らを匿っていたとかで。
私はその真偽のほどまでは承知していないが、とにかくいかな獣人といえど多勢に無勢で住人のほとんどが命を落としたらしい。
この辺りまでは影響はないかもしれないものの、今回のことでまたきな臭くなっていくだろう。私達には関係のないこととはいえ、獣人達も人間達も 殺気立っているのは確かだな。
念の為にお前達の耳にも入れておこうと思ったんだ」
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