第154話 欠乏していた 後編
ヴァイオレットがケーキを持って押しかけてきた翌日から、僕はまた特別訓練を始めた。
「よし! 行くぞ!」
力強くヴァイオレットが言った次の瞬間、地面から特異体『渇望の女王』の能力によって生成された銀色の棘が一斉に生えてきた。
僕はそれを後方に跳躍して躱すが、今度は着地点に棘を生み出された。咄嗟に空中で猫のように体を捻って着地点をずらし、串刺しを回避した。
「安心してボーッとしてないで早く反撃しろ!」
ヴァイオレットは大型のとんがりコーンのような銀色の、いかにも重そうな剣を片手でやすやすと振り回した。
筋肉量や体格から、ヴァイオレットの質量は相当なものであろうことは容易に見て取れるが、それにもかかわらず、ワイヤーアクションのように軽い身のこなしで剣を振るった。
僕も負けないように漆黒のクレイモアで対抗した。
刃が衝突して甲高い音を繰り返し発する。そして鍔迫り合いになった途端、僕の体は吹っ飛んだ。力の入れ方はもちろん、そもそも僕とヴァイオレットでは筋肉の出力の差が大きすぎたのだ。だから力で対抗するとなったら、簡単に負けてしまう。
地面を転がって土にまみれながらも即座に立ち上がり、僕はクレイモアを構えてヴァイオレットを見据えた。
「まだまだ余裕そうだな。じゃあ──もう少し追い詰めようか」
ヴァイオレットはニヒルに笑い、剣を地面に突き立てると、
「女王の仰せのままに」
と小さく言った。刹那──僕の右足を棘が貫いた。
靴はもちろん、足の裏からすね、そして大腿骨を砕きながら棘は僕の体内を進んでいった。貫かれるまで棘の気配は一切感じられず、回避は絶対に不可能だった。
串刺しになった僕は膝から崩れ落ちて地面でのたうち回って激痛を逃すことができずに、ただその場で絶叫することしかできなかった。脈打つたびに脚が破裂しそうな耐えがたい痛みが走る。
藁にもすがる思いで空中を何度も何度も掴もうとした。
喉が裂けてしまいそうなほど叫び続ける中、ヴァイオレットは優雅なアフタヌーンティーを嗜めそうな雰囲気を醸し出しながら僕を眺めていた。
貫かれてからどれほどの時間が経過したのだろうか。一瞬のようにも思えたし、とてつもなく長い時間のようにも思えた。
だが不思議なことに、今は痛みはない。
「……ん?」
目を開けると、見えたのは白い清潔そうな天井だった。
「あ、ようやく目が覚めたんだ。良かった、無事のようで」
そう言って僕の顔を覗き込んできたのは、ヴァイオレットだった。
「……ん? どういうことですか……? それに……ここは……?」
僕はゆっくりと起き上がると、真っ先に右足を確認した。布団の上から脚をペチペチと叩くが、痛みはない。だが感触はある。
急いで布団をめくって見ると、脚は綺麗に治っていた。続けて足の裏も確認すると、かさぶたのようなものができあがっているだけで、貫かれていたとは思えないほど綺麗な状態になっていた。
「……お、おう……なんかすごい……元通りになってる……」
僕は足の指を曲げたり伸ばしたりするが、それも問題なく動いた。それからしばらく気分が良く、新しい玩具を買ってもらった子どものように足の指を曲げ伸ばしして楽しんでいた。
少しして落ち着いてきた頃を見計らってヴァイオレットが、
「足が元通りになってよかったな」
と言って僕の頭を撫でた。
──これやったのお前だろ、なに他人事のように言ってるんだ。地面に埋めるぞ。
そう言葉にしたくなったが、それをぐっと呑み込んで、僕ははにかんで見せた。
「それにしてもアタシの案がこうも上手くいくとは思わなかったなぁ」
ヴァイオレットは腕を組んでうんうんと頷き、満足げに笑って独り言のように言った。
ヴァイオレットの案──それは僕を実践に、そして極限状態へと近づけていくというものだった。ヴァイオレット曰く、それをすることによって、脊髄反射で能力が使えるようになるのではないか、ということだ。
「右足がぼろぼろになってから、どうなったんですか? 記憶がないんですが……」
僕は額を押さえて唸りながら全力で思い出そうとしたが、できなかったから諦めてヴァイオレットに訊ねた。
「ありゃ……せっかく良いところだったのに記憶がないなんて、ついてないなぁ、アンタ。仕方がない、アタシが教えてやるよ」
快くヴァイオレットは話してくれた。
体から力が抜けていく。そしてとうとう電池を抜かれた機械人形のようにセシリアの体は動かなくなった。
「セシリア? おーい、セシリア、大丈夫か?」
ヴァイオレットが少し離れた位置から声をかけた。だがセシリアはそれが聞こえているのか聞こえていないのか分からないように両手の末端を震わせるという反応を示した。
「……あれ? やりすぎたか?」
ヴァイオレットの顔が血の気が引いていき、青白くなっていく。
「本当、まずいな、これは」
すぐさまヴァイオレットは能力を解除して、セシリアの右足に刺さっている棘を消滅させようとするが、それよりも早くセシリアの腹部を覆っている制服が裂け、中から青色の刃が姿を現した。
「なんだ、これ……」
ヴァイオレットが呆然としている間、セシリアの腹部から出てきた青色の刃はセシリアの右足の付け根を切りつけて、切断した。棘に刺さったままの足は自立したフィギュアのようにその場に残った。一方で右足を失った残りの体は、腹部から出てきた刃が巨人の手のように変形して、拳を作ると、地面を押すように叩きつけて、胴体を遠くに飛ばした。
セシリアの体は地面を転がってやがて停止した。その間に腹部から出てきた巨人の手は棘に刺さっている足を引き抜いて、切断面同士を宛てがった。すると見る見るうちそれはくっついていき、細胞が再生されていく。
こうしてぱっと見ただの意識不明の少女ができあがった。
「──ってわけだ。ほらな、アタシの案の通りの結果だっただろう?」
「……本当だ……すごい。…………だから僕は今、下着姿なんですね」
僕は自分の体を見て言った。バースデースタイルとまではいかないが、随分と薄手になっている。
「血まみれになってたし……制服はズタズタになっていたからなぁ……仕方がないだろう」
ヴァイオレットは一人納得してコクコクと頷いた。それから彼女はいつのまにか持ってきていた鞄の中からパーカーを取り出して僕に投げ渡した。
「制服については腹部だけ露出した形を作ってもらえるように報告しておくから。だから今はそれで我慢しな」
受け取ったパーカーを広げると、ヴァイオレットの体に合うサイズなのもあって、全体的に大きかった。
「は、はぁ……分かりましたよ……」
僕はパーカーを羽織り、ファスナーを限界まで上げると、フードを目深に被った。
「案外似合っているじゃないか、セシリア。もうアンタの制服はそれでいいんじゃないか?」
そう言ってヴァイオレットはけらけらと笑った。
「あなたなかなか酷いことを言いますね。……なんでこうもホロコースト部隊の人たちって……なんていうか……その……アレなんですか……」
「常識がないっていいたいのか? それなら当然だろう。アタシたちは、人外相手に対等に渡り合える存在だ。だから一般人のものさしで測ったところで、逸するは当然だろう?」
ヴァイオレットは小さく息を吐いてから、
「まあとにかく、アンタの能力は極限状態になれば発動することが分かったんだ。前向きにやっていこうじゃないか」
と僕の肩をポンポンと叩いて続けた。
「それに──」
ヴァイオレットは視線を落として、暗い声色で、
「──誰だって最初から上手くいくわけないんだよ。……努力したってどうにもならないこともあるんだ」
と吐き捨てるように言った。
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