第137話 新しい家族 前編

 僕はあの後、インテリゲンツィアの施設の一画にある病院で一週間ほど入院をすることになった。そこで臓器の摘出手術を受けて、これからの生活についての説明を聞いた。

 アンジェラから聞いていた通り、僕の体から子宮や卵巣などの生殖器官は取り除かれ、代わりにホルモン剤を投与されることになっている。

「……どうでもいい臓器だからか、なくなったところで実感が湧かないなあ。お腹の中にぽっかりと穴ができているようだけれど、よく分からない。……同化による治癒能力向上のおかげなのか?」

 僕は病衣をめくってお腹に人差し指をつつ、と縦に沿わせた。不思議なことに、お腹を縦に大きく切り開いてできた傷は目覚めてから三日後まで残っていた。

「こういう大きな傷ってそんなに時間がかかるのか? よく分からない方法で切られたわけじゃなくて、ちゃんと鋭いメスを使って開いたはずなのに……」

 頬をぽりぽりと掻いて考えていると、病室の扉がボクシングでもしているのかというほど強い力でノックされた。

「どうぞー」

 僕の声と同時に扉が勢いよく開いた。そこから我、正義のヒーローなり、と言わんばかりに決めポーズをしながら大きな荷物を持ったシェリルが入ってきた。

「……なにをしているんですか?」

「ここに来るまでに寄った街で、ヒーローショーをしているのを見たから。ところでその戦隊モノ、一体なんだったと思う?」

「なにって……なにがですか?」

 僕は首を傾げた。

「ほら、各戦隊ごとにテーマってあるじゃない。昆虫とか、武士とか、ね?」

「はあ……そうなんですか……」

 あいにく僕はそういったものには詳しくないから答えられない。しばらく黙っていると、シェリルは咳払いをして、

「それがね、なんと! なんと! 野菜だったのよ! しかもあまりメジャーじゃないやつ!」

 と興奮を共有しようと僕のいるベッドに乗ってきた。

「最近はそんなのがあるんですね……それにしても野菜って……色は大丈夫なんですか? 大抵、五色ぐらい必要でしょう? 定番の色で言ったら……青と緑ってどう区別するんですか?」

「そこに食いつくとはさすがセシリア、変態」

「人を変態呼ばわりしないでください」

 僕は即座にぴしゃりと言って否定した。

「ところで廊下で会った看護師十人にこの話をしたら、五人は忙しいのでってスルーされて、三人は一応考えたフリをしたけれど分からないで逃げられて、残り二人がようやく乗ってくれたのよ」

 シェリルは額を押さえて大きくため息をついた。

 ──この人に絡まれた看護師さんかわいそう。

 僕はそうやって心底同情した。

「その二人も、私が野菜の戦隊って言ったら、へーそうなんですか、野菜って子ども受け悪そうですねって言って去っていたのよ! まったく……皆ノリが悪いわね」

 ──ノリが良い悪いじゃなくて、それはあなたがタチが悪いだけですよ。

 僕は思ったことを口に出しそうだったが、それをぐっと飲み込んで、

「それは残念でしたね」

 と無難な言葉をかけ、シェリルの頭をぽんぽんと撫でた。

 僕はベッド近くの壁に立てかけられていた折りたたみ椅子をセットしてシェリルを座るように促して、

「……ところでシェリル、一体僕になんの用ですか? 明日には退院だというのに、わざわざここまで来て……」

 と訊ねた。

「ふふーん、それはね……」

 シェリルは足元に置いていた大きな荷物を開け始めた。コントラバスが入りそうなほど大きな箱には、平べったい長方形の形をした剣と、洋服が綺麗に整頓されて収納されていた。

 僕がそれを興味深そうにベッドから身を乗り出して見ると、

「まあそう焦らないで」

 と言ってシェリルが洋服を取り出した。それから立ち上がり、腕を自分の肩ほどまで持ち上げると、それから洋服を広げた。

 広げられた洋服は一着のロングコートで、濡羽色の生地に、襟や袖口、裾にはラピスラズリのように美しい青色のふわふわの羽があしらわれていた。

「おおっ、これが生成されたものなんですね!」

 僕はベッドから飛び降りてシェリルからロングコートを取り、宙を舞う羽毛のように軽くひらりと羽織った。

「すごい! これはすごいですよ! シェリル、ありがとうございます!」

 ロングコートは僕の体にフィット──それどころか、皮膚のように体の一部になっているような着心地だった。

 腕を上げて、腰を捻り、膝を曲げて、その場で宙返りをする。しかしロングコートは一挙手一投足の邪魔にはならなかった。

 やったー、と喜んで跳ねている僕をシェリルは微笑ましく眺めてから、今度は剣を取り出した。

「はい、じゃあこれ」

 シェリルが持っているのは長方形の剣だ。漆黒の剣身は青色の包帯のようなものでぐるぐる巻きにされている。

「これ? 剣? クレイモア? 形からして切れるようには見えないですね。大丈夫ですか?」

 僕か呆然とシェリルを見ると、

「大丈夫よ、大丈夫。特異体のエネルギーで生み出しているんだから、吸血鬼には効果抜群よ」

 と自信満々に言ってサムズアップをして、クレイモアを僕に投げ渡してきた。

 ──刃物は持ち手を相手に向けて手渡ししましょうって人生で習わなかったのだろうか。

 僕はそれをキャッチしてクルクルとバトントワリングのように慣れた手つきで回してから両手で構えた。

「以前使っていたものよりも随分と軽いんですね、これ。力加減を間違えると振り下ろしたときに地面にめり込んじゃいそうです」

 そう言って僕が振りかぶると、

「はい、そこ新しいおもちゃを買ってもらった子どもみたいにはしゃいで振り回さないの。没収するわよ」

 とシェリルが呆れた顔をしてぴしゃりと言った。

「……ごめんなさい」

「よろしい。──じゃあ私はまだ仕事があるから、帰るわね。……あなたの家族の鳥が私の部屋から出て行かないから、早く戻ってきてちょうだい。仕事が進まないったらありゃしないわ」

「は、はい! うちのナスチャがすみません!」

「じゃあね、またこの後の予定は退院後に呼び出すから、それまでしばらく休憩していなさい」

「了解です! 今日はありがとうございました!」

 僕は頭を下げてシェリルを見送った。

 シェリルの後ろ姿が見えなくなると、僕は真新しい装備の隅々まで確認しては興奮していた。

 その晩、僕は興奮のあまりなかなか寝付けなかった。

 このことをシェリルに言うと、どうせからかわれるから秘密にしておこう、と心に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る