第125話 黒い鳥 中編

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 僕は肩で息をして絶え間なく体の隅々まで酸素を送り込んだ。

 照明に照らされた銀色と青色のまだらになっているクレイモアが一閃する。

 僕の目の前には黒と青が混じったバラバラになった肉片が転がっている。だがそれは逆再生をするかのように元の状態に戻っていき、刃に纏わり付いた青い液体は強力な掃除機に吸われるように落ちていき、特異体はもちろん、クレイモアも元の状態に戻った。

 僕は得物を一瞥して状態を確認すると、踏み込んで特異体と距離を詰めた。対象が小さいだけあって攻撃は当てづらく、姿勢を非常に低くして薙ぎ払い、どうにか刃を直撃させた。

 しかし刃は特異体の体に刺さるだけで切断には至らなかった。それに加えて運が悪いことに刃を抜こうとするが、猛烈な力で掴まれているようで、僕の力では抜くことができない。

「──クソっ!」

 やむを得ず僕は特異体に蹴りを入れてどうにか引き剥がそうとしたが、それは失敗に終わった。

 一応刃は抜けたが、今しがたつけた特異体の傷口から青色の液体が垂れ、液体生物のように自立して蠢き、触手のように細長い形へと形状を自在に変形させると、僕の足首に絡み付こうと飛んできた。

 一本目を跳躍して回避すると、二本目、三本目が宙に浮いた僕の体に巻きついた。

 青い触手は制服の上から体を締め付ける。ギチギチと音が聞こえてきそうなほど胴体は圧迫され、息を吸おうとしても上手く広がらず、肺に十分な空気を入れることはできなかった。

 肋骨が軋み、悲鳴をあげる。そろそろ定番の肋骨が折れる展開になりそうだから、死に物狂いで絡みついた触手を解こうとクレイモアを振るうが、今までとは打って変わって伸縮性のある布のようになっているせいで解くことができない。

 ──どうにかしないと。肋骨が折れたらそこで終わってしまう。今日はナスチャはいないんだ。死にかけたら助けて代わりに戦ってくれることも、治してくれることもないんだ。

 腹をくくり、大きく息を吸うと、じわじわと口から空気を漏らすように息を吐き、触手の動きを注視した。脈打つように蠢く触手は指示を実行する際に僅かに硬直するのが見て取れた。

 ──これしかないな。

 肺の空気をすべて吐き出すのと同時にクレイモアを薙ぎ払い、体に巻きついた触手を切断した。切断面から青色の液体がポタポタと垂れ、特異体の本体のほうへと引き寄せられていった。

 すぐさま体に巻きついているほうも素手で解き、特異体のほうへと投げ捨てた。

 決して長くはない時間だったが、圧迫されていた弊害で呼吸がしづらい。肺いっぱいに空気を入れると痛み、ミシミシと軋む音が聞こえたような気がした。だから小刻みに犬のように吸って吐いて吸って吐いてを繰り返して呼吸をしながら歯を食いしばって痛みを逃す。

「マジかよ……ナスチャとスペックがほとんど変わらないじゃないか……」

 クレイモアを構えて苦痛混じりの声で吐き捨てるように言い、特異体を見据えた。

「ナスチャ?」

 瞬く間に元の形に戻っていた特異体は首を傾げ、可愛らしい声で鸚鵡返しに言った。何度か切り刻んだというのに僕に対しての敵意は感じられなかった。

「そう、ナスチャ。お前にそっくりなふっくらとしたもふもふな鳥だよ」

 ──やっぱりやりづらいなぁ、これ。ナスチャを切っているようで死ぬほど気分が悪い。なんか……こう……心臓を悪魔に握られているような感じだ。

「そうなんだ〜。ところできみとナスチャは家族なの?」

「家族? いいや、ただの同居人──違う、同居鳥だ」

 ──言ったはいいが、よくよく考えたら同居鳥ってなんだ。無理やりすぎるだろ。

「いいな〜。ぼくも家族が欲しいよ。ここだとずっとひとりぼっちだからやだ〜。ここに来てぼくはもう何百年も経ってるんだよ? そろそろ解放してほしいよ……」

 特異体は大きなため息をついて羽を広げ、やれやれと言わんばかりにバタバタと羽ばたかせた。

「そうか……なら僕に良い案がある。お前を合法的にここから出す方法だ」

 僕が提案すると、特異体の顔がぱあっと明るくなったように見えた。

 ──上手くいけば僕はヴィオラを助けられる。

「成功するかどうか、その確率は分からないが、それでも一縷の望みをかけて試してみるか?」

 ──こいつをルール違反せずに連れ出す方法は一つしかない。

「え? いいの? ぼく、外に出られるの?」

 特異体はその場でひょこひょこと跳ねて喜んだ。

「不確定要素が多すぎるがな」

「それでもやってみる! ぼく、お外に出たい!」

「よっしゃ、分かった。じゃあやるぞ」

 僕は握っていたクレイモアを納めると、

「じゃあ僕を瀕死にしてくれ。──間違っても殺すんじゃないぞ」

 と言って映画のアクターの演技のように大げさにサムズアップしてみせた。

「りょーかいであります!」

 特異体もノリノリで羽の先を額のほうへと持っていき、敬礼の真似事をしてみせた。

 次の瞬間──特異体は腹部の青色の模様を歪めて鋭利な刃を生み出すと、僕の右の足首めがけて飛ばした。

 僕はそれを認識するが、回避行動を取らないで一歩も動かず、奥歯を噛み締めてその瞬間を待ち構えた。

 青色の刃は僕の足首を捕らえた。皮膚を裂き、肉を切り、神経を抉り取り、骨を断った。だが切断することはなく、皮膚一枚で足を繋ぎ止めた。

 想像を絶する痛みが走り、思わずその場に崩れ落ちそうになるが、ちぎれかけの足でどうにか踏ん張り、次の攻撃を受ける覚悟を決めた。

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