第124話 黒い鳥 前編

 レジスタンス本部を出発して三十分程度の時間が経過した。窓がないせいで今、車がどこを走っているのか僕には分からない。

 ただ車に揺られて虚無な時間を過ごして飽きてきた頃にようやく停車した。

 車の扉が開かれ、僕は反射的に目を細めたが、その必要はあまりなかった。

 車外は思っていたよりも薄暗く、真っ暗な車内で開ききっていた瞳孔にも優しかった。どうやらここは駐車場のようで、乗ってきたのと似た形状の車が何十台も止められている。

 外に出た僕は座りっぱなしで固まっていた体を伸ばしながら、隣で同じようなことをしているシェリルを見て、

「一応訊きますが、ここってどこなんですか……?」

 と訊ねた。するとシェリルは腰を捻り、ポキポキと大きな音をさせながら、

「そりゃあ……ここはあなたの目的を達成するためのインテリゲンツィアの収容施設よ」

 となにを言っているんだこいつというような人を小馬鹿にするような悪趣味な笑みを浮かべて答えた。それからシェリルは僕の手首を驚くほど強い力で掴むと、

「じゃあ行くわよ」

 と言って僕を建物の入り口のほうへと引きずっていった。


 インテリゲンツィアの建物の中はどこを見ても真っ白だった。白い壁、白い天井、白い床、もうしばらく白は見たくないと思うほどにすべてが白いのだ。そのような廊下がどこまでもまっすぐに続いている。途中、左右にも廊下があり、そちらも今いる廊下の先と同様に終わりは見えなかった。

 歩いている途中に左右の壁を見ると、十メートル程度の間隔を置いて薄っすらと長方形になるような線が入っており、その近くにはプラスチック製のプレートが付けられていた。そのプレートには『03・D・1246』、『05・D・2679』、『07・D・0769』、『09・D・3721』などとアルファベットが混じった数列が記されている。

 ──もしかしてこれ全部特異体が収容されているのかよ……でもまあDならまだ大丈夫だよな。

 何度も生唾を飲み込みながら僕は廊下をインテリゲンツィアの職員とシェリルの二人と共に歩いていると、エレベーターの前に到着した。そこでインテリゲンツィアの職員は首から下げているカードを取り、エレベーターのボタン近くの読み取り機にかざした。それから隣の名刺程度の大きさの画面に人差し指を当てて、機械の操作を始めた。

 すると少ししてエレベーターがこの階層に来て、僕は乗るように促された。

 エレベーターに乗るとすぐに扉は閉まり、一気に下がっていった。それは驚くほど早く、目的の階層に到着する。

 ──科学ってこんなに進歩していたのか。

 そう感心して一人で頷いていると、また僕たちは廊下を歩き始めた。

 この階層のプラスチック製のプレートに記されていたアルファベットは、先ほどの階層ではDだったものがCへと変わっていた。

 ──もう近いんだよな。

 心臓が破裂しそうなほど激しく脈を打ち、全身に絶え間なく血液を送り出して僕の闘志を奮い立たせた。

 廊下の突き当たりに到着するとインテリゲンツィアの職員が足を止め、エレベーターのときと似たような形状の読み取り機にカードをかざして、今度はポケットからまた新たなカードを取り出してもう一度かざし、パスワードを打ち込んだ。

 すると壁に薄っすらと入っていた長方形になる線を基準に壁が凹み、横に動いていった。中にだだっ広く、廊下と似たような白い空間が広がっていた。

「ではこちらにお入りください」

 僕は言われるがままに部屋に入ると、背後の壁が動き出した。

「頑張ってね、セシリア」

 シェリルは哀愁をパンに塗るピーナッツバターのように顔に塗りたくって笑い、サムズアップをして僕を見送った。

 そして扉が完全に閉まり、そこは元の状態である壁になった。

 天井に埋め込まれた照明によって部屋は隅々まで明るくなっており、それによって隅から中央に向かって緩やかな傾斜があるのが見て取れた。ところどころに赤黒いシミがあるのも分かる。

 辺りを見回しておおよその空間の大きさを把握すると、部屋に備え付けられたスピーカーから突然音が発せられた。それを聞いた僕は小さく息を吐いて、背中にあるクレイモアを抜いて構えた。


『これよりレジスタンスのセシリア・フォスターによる対特異体エネルギー生成実験を行います。使用する特異体は登録ナンバー『04・C・4368』危険度クラス『C級』の『陰』になります。当階層にいる職員は各自所定の位置で待機してください』


 スピーカーからの音が途絶えると、僕の前方にある壁に擬態した扉が横に動いて開き、この部屋に繋がれている白色のシンプルなデザインのコンテナが姿を現した。

 一拍置いてそのコンテナの扉がゆっくりと開く。

 僕はクレイモアを握る手に力を込めると、少しでも空気が揺らげば即座に対処できるように、脚に神経を集中させ、力を込めた。

 冷たい空気が更に冷たくなったように感じた。吸えば肺の細胞が凍てついてしまいそうな変化に僕は決意した。

 肉食獣のように姿勢を低くして脚に込めていた力を放出した。体は爆発に巻き込まれて吹き飛ぶように前へと進み、目の前にいる特異体にクレイモアを振り下ろした。

 黒いバスケットボールのような特異体は真っ二つに割れ、コンテナ内に青い液体をぶちまけ、黒い羽を散らした。

 しかしそれはすぐに何事もなかったかのように元の形へと戻っていき、そこには愛らしい姿をしたナスチャと瓜二つの腹部に青い模様のある黒い鳥がいた。

「さあ、始めようか」

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