46_やっぱり音楽性の違い



「僕が課題曲を指定してもいいんだけど、どうせなら好きな曲を演奏できた方がいいかなって。目標は魅力的じゃないと達成が難しいし」


「先生、ちょーど似た話をしてたんですよ」


 斎藤の言い方は「ちょーど」に力がこもっていた。


「あ、そうなんだ。偶然だね」 


 彩果先生は米仲の隣に腰を下ろすと青いタオルをフロアに敷き、その上にノートパソコンを開いた。彩果先生らしい行動だった。


「よし、じゃあ何の曲にしようか?」


「『ERISA』の『ライトムーン』でお願いします」


 先手を取ったのは斎藤だった。


「へー、斎藤君は洋楽好きなんだ。デビュー曲の『ヘブンズフィッシュ』じゃなくていいの?」


「アレはあれでいいんすけど『ライトムーン』が一番好きなんで。ドラムソロが最高っすね」


 意外に会話になっている。彩果先生、クラシックやオーケストラ以外も聞くんだ。僕は洋楽はからっきしなので『ERISA』に賛成も反対も出来ない。



「カッコいいもんね。でもちょっと難易度高いかなー」


「なら『ぴんず』はどうですか? 『娘のいぱねま』とかやりたいです!」


 斎藤のイチオシが弾かれると、すかさず田中が声を上げた。

『ぴんずは』僕もアルバムを一枚聴いたことがある。感想としては「清涼飲料水のCMに起用されそう」

 他のアルバムを聴く機会はまだ訪れてない。


「あれは名曲だね。シンプルな演奏だから皆も弾けるだろうし、いいと思うよ」


「本当ですか! ならこれ


「それは違いますっ!! 正解は『Vアクター』の『ニューヨークパリス』ですっ!!」





 うるさっ。



 バカでかい声で鈴木が会話に割り込んだ。声量に全力を注いでるため日本語が英文の直訳みたいにぎこちなくなっている。


「『Vアクター』! マイナーなところ持ってきたね。ボーカルの高音が気持ちいいよね」


「まさしく。自分の憧れです」


「でも、あのバンドはギター三人だし、ラップ担当のボーカルがいるし、ベースもいないよね?」



 え、そうなの? 僕、要らない子?



「それをいったら『ERISA』も『ユリアス』も『ナビゲーター』もキーボード居ないじゃないですか!」



 鈴木の叫びにハッとした。


 確かに僕の好きな『ユリアス』の正式メンバーにキーボードはいない。鈴木情報によると他のバンドもそうらしい。どうやら要らない子は僕じゃなくて


 田中の方を見る。彼の視線は鈴木に向けられ、横顔には哀しみを携えていた。おいたわしや。



「あちゃーそう言えばそうだね。盲点だった。どのバンドもキーボードが入る曲があるからさ、その印象で話しちゃったね。けどそうなると全員の楽器が必要な『ぴんず』に決定かな」


 先生の言葉は沈黙の彼方に消えた。

 皆「そういう理由ならしょうがない」と理解しつつも

「好きな曲をやりたい」という欲望に足を取られている。



「それとも私が課題曲決めようか?」


「いや、『ぴんず』で大丈夫です。はい」


 鈴木が答える。さっきとは打って変わって落ち着いた声量だ。その反応に彩果先生は顔を軽く上げた。何かを考えているようだった。


 数秒の後、彩果先生が口を開いた。



「一回、みんなが目指す曲を聴いてみようか」


「目指す曲、ですか」


 田中が確かめる様にゆっくりと言葉を返した。


「そう。曲を聴けば他のメンバーの音楽性をダイレクトに知れるし、それぞれへの理解も深まる。その中で、この曲がいい! って満場一致で決まれば、私が皆で弾けるそのジャンルの曲を探す。ただ『娘のイパネマ』が気に入れば、そのまま採用」


「どうかな?」


 彩果先生はぐるっと僕らを見渡す。


「流石先生、名案だぜ。俺もみんなが好きな曲知りてーしな。皆もそれでいいよな?」


 米仲が僕達に視線を飛ばした。


「僕は賛成です」


 一番に返事をした。


「おう、それでいいで」


「僕も問題なし」


「異議なし」


「それじゃ先生、一丁頼むぜ」


「了解。まずは斎藤君の曲からかけるね」


 ライトムーンライトムーン……と呟きながら彩果先生はノートパソコンに文字を打ち込んだ。

 広いスタジオに小さな打鍵音だけが響く。

 ひどく勿体ないと感じた。


 程なくして激しいギター音が鳴った。



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