44_目が覚めると、そこは18時だった
んぅぅぅぅぅ、と低く
眠い目を擦り、枕元のデジタル時計を見る。現在十八時也。
たっっっはああああ
欠伸ではなく溜息を送り出す。大の字になり暗い天井を見つめる。
しまった、中途半端に寝ちまったし、中途半端に起きちまった。
飯食って生配信ちょっと見て、布団にちょっと横になったらこんな時間までワープしちまった。
夢の中で一回起きたのによぉ。
その時はまだ十六時だったのによぉ。
立ち上がり、薄闇の中、椅子に座る。手探りで電気のリモコンを見つけ部屋に明かりを灯す。
マウスを動かし、同じく寝ていたノートパソコンを起こす。寝起きの画面には視聴していたらしい生配信の終了画面が映し出された。
バツボタンで閉じて、クリックで文書作成ソフトを開く。
真っ白だった。
寝覚めの目には刺激が強すぎる。
眠ったことで脳は休息をとれた。良いアイディアが浮かんでも変じゃない。頭の体操がてらにこれまでの部分を読み返す。流れを掴む。
軽いイベントでいいんだが、ありきたりでは見向きもされない。膝小僧よりひざの裏。ちょっとニッチを人は望んでいる。
そして望みを叶えるのが小説の役目だ。
急かす様に左足が貧乏ゆすりを刻む。
この言い回しはくどいな。修正。
書きたいことは書けている。面白いかどうかは俺が決めることじゃない。甘いかもしれないが、これが最善だ。
一番新しいページに辿り着く。読み終わるのにかかった時間は、制作時間の何百分の一。乾いた笑いが漏れる。
ぼんやりテーブルの隅を眺めていると視界にあったスマホの画面が点灯した。何かを受信したようだ。ロックを解除し正体を探る。陸溝からのメッセージだった。
――今日のライブは最高の中の最高だったよ! やっぱりこの人しかいないね!
そういや今日ライブ観戦に行くとか言ってたな。
―――それはよかったな。今度話聞かせてくれ。
――分かった。明日の就活講座で会おうね。
そうか。
俺が歯を食いしばってる間に陸溝は有意義な時間を過ごしていたのか。
もう、考えないことにした。
□
「就活講座明日だっけか」
パソコンの左脇隣に置いてあった手帳に手を伸ばす。大学から支給されたピンク色の表紙がキュートな手帳。
三度目の正直で今月のページを開き、今日の日付を探し、一日進める。
九時九号館二B教室 就活講座 パンフレット
汚い字で書いてあった。
「あっぶねー」
すっかり忘れていた。パンフレットはリュックに入れっぱなしのはず。
リュックを探り一冊の冊子を取り出す。表紙には「すぐわかる!就職活動のキホン!」と赤いゴシック体で書かれている。
スーツ姿でぎこちなく笑うの男女もいい味を出している。
ページをパラパラ捲る。社会人マナー、言葉遣い、エチケット、志望動機。言葉が脳味噌に積み重なる。
両手を合わせる様にしてパンフレットを閉じた。パチンと軽い音がした。
俺は働きたくないのに就活をするのか。
帰宅部希望なのに空手部を覗かなくちゃいけないのか。
「誰か代わってくれねぇかなぁ」
誰かにやらせてどうにかなるもんじゃない。分かっている。けど、人間は理屈じゃない。
顔を上げるとディスプレイが微笑みかけてきた。
なるほど。そうか。
パンフレットとスマホをテーブルに積む。椅子を引いて背筋伸ばして顎引いて、細く息を吐いた。
適任者、発見。
こいつらに就活させちゃおう。
アイディアが逃げる前に手あたり次第に言葉をタイプする。
集団面接、大手企業のスポーツメーカーは気に入らない、メガネの面接官にスリーサイズを聞かせる、入社前研修に地獄を見る、周りの奴らは内定を貰うのに自分はまだ内定ゼロ。血の気が引く。周囲の優しさが痛い。お祈り伝書鳩を八つ裂きにする。服装自由に私服で行ったら自分以外がスーツ姿で頭がフリーズする。明らかに顔採用絶対顔採用。めんどくさくて説明会ぶっち、結局学歴かよ、交通費くれる企業は神、ペットボトルがビジネスバッグにはいんねー、実技試験、実技試験、相性、最後はくびきり。二度とやりたくない。
溜まりに溜まっていた分、一度噴き出ると止まらない。噴火のように溢れ出て、雪崩の如く押し寄せる。苦悩の全てが帳消しになる瞬間。求めてやまない心地よさ。
閃きを出し切ったら、ネタの選別にエピソードの流れ、伏線の設定にゲストキャラの人物像も決める。やっと、「承」が動き出しそうだ。
今日はこれだけ頑張ったとか、明日早いとかは関係ない。
行けるところまで行く。
時間はどうでもいい。
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