42_真っ白と老いた夢



 もうこんな時間だ。


 うだうだと小説にしがみついていたら、十四時になっていた。未完成のネタ整理も三十分ほどで行き詰まり、最終的にまた執筆途中の「守り屋」へ戻って来た。

 けれど、画面は洗濯したてのように真っ白。

 悩める高校生の進路調査票の如し。





 飯でも食うか。



 

 知恵熱で頭が沸騰しているため腹減りを感じる余裕もないが、腹が減ったと自分に言い聞かせる。三大欲求を理由に自分を正当化する。


 電子ケトルでお湯を沸かし、常備してある一個百円のシーフードラーメンに注ぐ。時計を見る。ここからは苦手科目の授業並みに時間の流れがトロくなる。シーフードラーメンをテーブルまで運び、着席。



「何ではかどんないのかねぇ」



 今世紀最大の謎は解決される気配すらない。トラウマになる前に無力の証を閉じ、画面に色を取り戻す。お気に入りのスペースアクションアニメの壁紙が現れる。


主人公機の上に表示されたショートカットアイコンをクリックし、動画サイトを開いた。


 トップ画面には人気の動画や過去に視聴した動画に関連した作品が表示されている。だからその動画は間違えてクリックしたんだって。原曲だと思ったら違ったんだって。この過去を消したい。


『歌っちゃった』とは既存の曲を歌手本人以外が歌った動画。

こう書くと素人のカラオケと何ら変わりない。だが、彼らをしたう人たちは歌ってみたの投稿者を『歌人かじん』と呼び、一般人と区別し崇拝している。



「百五十万再生、百万再生、二百万再生。コメントも大量」


 歌い手動画の実績を読み上げる。話半分にしても全部五十万回以上再生されている。

紫の炎がぎらつく。

 



 くっっっっそ羨ましい。



 カラオケを動画にするだけで評価されて。ちょちょいのぱっぱで満たされて。


こっちは内臓削って毛根殺してやっと一歩進めるっていうのに、不平等過ぎる。頭がおかしくなりそうだ。


 小説は手間がかかり過ぎる。もっとパパパっと生成できるプログラムはないのか。

 ネタを提供して見本の文体を一ページ読み込ませれば一時間弱で完成。そんな秘密道具が欲しい。 




 あっても絶対使わないが。




 画面右下の時計を見ると、お湯投入から五分が経過していた。もうあと五分我慢だ。


 昔は硬めの麺が好きで推奨時間より一分早く食べ始めたが、一人暮らしを始めてからは反対になった。麺がお湯を吸うまで待って、麺が太り量が増えてから食す。味より量の極貧生活が産んだ知恵だ。




 □



 そろそろいいかな。

 テープ止めしてあるふたを剥がす。少量の湯気と共にほんのりと魚介の香りが広がる。気がする。スープは麺に吸われほぼ無い。


「いただきます」


 割り箸を正しく割り、麺を挟みすする。


 美味い。昨日も食ったが、それでも美味い。

 ジャンクフード特有の背徳感も絶品だ。



 適当なアニメを再生させる。

 昔はアニメだけを視聴するのが苦じゃなかった。

 娯楽の無い田舎ではこの虚構の世界が何よりの楽しみだった。


 しかし、今はアニメだけを見ること時間を割けなくなってしまった。

 単にアニメに飽きた、小説を書いた方がマシ、感性が鈍った、理由は幾つも挙げられる、ただどれも違う気がしてならない。


 悲しい限りだ。


 自分の咀嚼そしゃく音に主人公のセリフが負けたので音量を上げる。画面では少年少女たちが川で泳いでいる。




 

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