第12話:ヘンドラーという男
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どんどん、どんどんどんっ。
朝食を終えたアロイスとナナ、祖母の三人が卓を囲み団欒していた時だった。突然、朝の静けさを裂くように、玄関の扉を強く叩く音が鳴り響いた。
「おや、朝早くにお客さんでしょうか。珍しいですね。出ます」
ナナは椅子から立ち上がり、いそいそと玄関へと向かう。
「どなたでしょうか。玄関、開いていますよ」
と、ナナが言うと、ガラガラと戸が開いた途端、そこに立っていた男が、
「おはようさんっ!!」
明るく、甲高い声で挨拶した。
「……ん、この声は」
食卓でコーヒーを嗜んでいたアロイスが、その声に聞いて反応した。ゆっくりと椅子から立ち上がり、玄関に向かうと、そこに立っていた客人にアロイスは「おい」と声をかけた。
「ん…。おぉ、アロイスやん!」
「お前の声は離れていてもよーく分かるぞ、ヘンドラ―」
朝から甲高い声を出した騒ぐ男。
彼こそ、酒を捌いてもらうべくアロイスが呼び寄せた、商人のヘンドラ―だった。
やや茶掛かった耳を隠すくらいのサラリとした長髪に、鋭い細目。鼻筋は通っている。細身で、身長は170cmくらい。右目にはモノクルと呼ばれる片目の丸眼鏡を装着していた。因みに彼の今の格好は、ジパングと呼称される『日本』古来の、黒が目立つ羽織付の着物に身を包んでいた。
「久しぶりだな、ヘンドラー」
「おう。つーかな、お前の為に仕事投げ捨てて来たんやぞ、コラ」
「はいはい、世話になってアリガトさん」
「本心から言えや。つーかジブン、冒険者辞めたとか言うてたやろ。アレどういう意味や」
「さーて、どうだったかな。忘れたわ」
「白々しいやっちゃな、ちゃんと目ぇ見て話せや!」
互いに素っ気無く乱暴な会話を交わす二人。だが、親しいからこそ適当な会話でも済むというもの。ただ隣に居ても話について行けないナナは「あのー…」と、声をかけた。
アロイスは「あっ」と、振り返る。
「すまん、紹介し忘れた。こっちはセントラルで商人をしてるヘンドラ―だ。酒の売買について請け負いをして貰うと、一週間前に電話借りて話してたのはこの男だよ」
ナナは「やっぱりそうでしたか」と言った。
「覚えてます。お酒を購入して下さいとお願いした商人さんですね」
会釈するナナだったが、彼は「それはちゃうで」と首を横に振った。
「え、違うんですか?」
「ワイが買うワケちゃうよ。ワイはあくまで仲介役やからな。しかし……」
ずいっと、ヘンドラ―はナナに顔を近づけた。
「君、可愛いな。アロイスの『コレ』なんか」
ヘンドラ―は小指を立ててみせる。
ナナは「ち、違いますよ!」と少し顔を赤くして否定した。
「何や違うんか。見たところ一緒に住んでるみたいやし、そうなんかと」
「確かに一緒には住んでいますけど、そういう関係じゃないですよ!」
「でも満更でもない反応やん。それにアロイスを落とせば、逆玉の輿っていう……」
クククと笑うヘンドラ―。
アロイスは「はいはい」と話を遮った。
「そういう点も含めて色々話をしたいから、ヘンドラ―は俺とさっさと酒見に行くぞ」
「嫌や。ワイはナナちゃんと話をしてたほうが幸せや」
「うっせ、早く行かないか」
そう言ってアロイスは、ドン、とヘンドラーを外に押し出し自分も外に出た。
慌ててナナは「私も行きますよ」と靴を履こうとしたが、いつの間にか近くに居た祖母によって肩を掴まれ、止められた。
「ナナ、酒の事はアロイスさん達に任せておいて少し家の手伝いをしてくれるかね」
「え、でも」
「全部任せておけば問題ないさね。な、アロイスさん。二人で大丈夫かね」
祖母の言葉にアロイスは小さく頷く。
「場所も覚えました。査定に時間は掛かると思いますが」
「じゃあ任せたよ。午前中、ナナは私が借りておくさね」
「借りるって…ハハ。だけど、分かりました」
「うんむ。えーと、それじゃ…ヘンドラ―さんとか言ったかね」
祖母は、アロイスの隣に立つヘンドラ―を見つめる。
「えー、はいはい。ワイがヘンドラ―ですが」
一歩戻り、玄関に足を踏み入れてヘンドラ―は笑顔で挨拶した。祖母も負けじと笑顔を見せる。
「ヘンドラーさん、お酒の鑑定を頼んだよ。帰宅は昼頃かい。ババァが作った料理は食べれるかね」
「ん、ご飯ですか。それはもう、恥も忍ばず美味しく頂きたく思いますよ」
「そうかい。じゃ、ナナと美味しい昼飯作って待ってるよ」
「おー、それでは気合入れて査定せないけませんね。楽しみにしときますよ」
自信満々に親指を立て、ヘンドラ―は言った。
アロイスは「こいつが無礼ですみません」と謝ると、着物の首筋を掴んで引っ張った。
「お前な、迷惑掛ける発言ばっかしてないで、さっさと行くぞ」
「んのっ…てめ……、この日本の着物高かったんやぞ、手荒に引っ張るなや!」
ギャーギャーと騒ぐヘンドラーだったが、アロイスにズリズリと引っ張られて外に消えていった。まるで嵐が去る如し、祖母とナナが残された自宅は、あっという間に静けさに包まれる。
「……急に静かになっちゃった」
「中々面白そうな男だったね。さて、飯の準備を始めるかい」
「あっ、待ってよ」
先にキッチンに向かう祖母を追い、ナナは居間に畳んで置いたエプロンを着用し直してキッチンに入ると、祖母に尋ねた。
「どうして私が一緒に行くのを止めたの?一緒に行きたかったのに……」
一緒に行動できなかったのが面白くなかったのか、若干口をとがらせて言った。
「馬鹿だね。アロイスさんは久しぶりに友達と会うんだろ。立場を弁えな」
「あっ」
「積もる話もあるだろうしね」
「……そ、そっか。そうだよね、そこまで考えてなかった。ごめんなさい」
「本当はさ、アロイスさんはナナに来てほしかったかもしれんけどね。ふふふっ」
祖母は少し曲がった腰をトントンと叩きながら、
「しかしねぇ……」と、言う。
「二人きりになるのは久々だね。これが当たり前のはずなのに、アロイスさんが居てくれて、それが当たり前になりつつあったけども……また、二人の静かな生活に戻る日も近いんだねぇ」
そう。アロイスが来てから一週間が経った。
ナナと祖母は彼と楽しく過ごしていたが、別れの日は近づいていた。
「あ、そっか。お酒の査定が終わったら、アロイスさんはいなくなっちゃうのかな……」
「そうだね。何だか、気づかないうちに当たり前になってるような人だったさね」
「うん……」
何だか、寂しさが込み上げてきた。
「もう、こんなに大きいお皿にお料理も用意しなくなるんだ……」
「そうさね。特にアロイスさんは、気兼ねなく話せる人だったからねぇ」
祖母までも、寂しそうな表情を浮かべながら言った。
ナナは俯いて、小さく息を吐くように「うん…」と呟く。
(……また、二人の生活に戻るだけだもんね。別に、それだけだから)
…………
……
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