第11話:アイツが来る!
そして、ゴブリン工務店に足を踏み入れた二人。
中は簡素な造りで、レジ・カウンターと棚が幾つか設置されているばかり。
その棚にはカラーのモデルカタログが数冊と、販売用の大工道具が並んでいるだけである。
なお、アロイスが中を見渡している間、観衆の歓声止まぬ途中ではあったが、駆けつけた警衛隊が男を逮捕したらしく、興奮する彼らの注目は連れ去られる男と共にどこかへと消えていった。
ようやく落ち着けたことに、カパリは「ふぅ」と深く溜息を吐くと、店内奥のカウンター脇にある椅子に深くと腰を下ろす。
「……フン、ようやく煩い連中が消えおったか。騒がしいのは苦手じゃわい、全く」
自分も中々に騒がしいと思うが。出かけた言葉を、アロイスとナナは飲み込んだ。
「何じゃい。何を見とる」
「い、いえ……」
「何でもないですっ!」
二人は合わせて首を横に振ると、カパリは「フン」と鼻を鳴らした。
「何でも良いがの、取り合えずは、他所者に助けられて癪だが……お前には礼は言わせて貰う」
「お礼ですか。当然の事をしたまでですから、そんな事は」
「お前がワシを助けたのは事実だ。幾ら他所者が嫌いでも常識の分別はしておるわい!」
常識の分別があるなら、他所者に暴力的にならないと思うが。これまた二人は、何とか言葉を飲み込む。
「と、とにかく……怪我が無いなら何よりです……」
アロイスは苦笑いして言う。
するとカパリは、大きな溜息を吐いて言った。
「はぁぁぁああっ。そうじゃな、怪我はなかった。だから……仕方ないわい。ワシは分別あるゴブリンじゃからな」
そう言うと、重そうに腰を上げたカパリは、店内の出入り口付近の棚に並ぶ販売用の大工道具に近づいて、チョイチョイ指差した。
「……売ったる」
「へ?」
「売ると言ったんじゃ。さっさと欲しいのを選ばんかいっ!」
「え、あっ…。あ、有難うございます!」
言い方は乱暴だったが、どうやらカパリはアロイスに対して『礼』として道具を売ってくれるらしい。アロイスは深々と頭を下げるが、カパリは手をヒラヒラと動かして「さっさと選べ」と促した。
「どれでも良いのですか?」
「ウチにあるのはワシが拵えた一級品じゃ。どれを選ぼうと文句は言わせねェ」
「い、いえ。何を買わせて頂いても文句なんか言うつもりはありませんよ」
そう言いながら、アロイスは適当にビニール袋で包まれたノコギリを一本手に取ってみる。
「……さすがだ」
と、それに触れた時に思わず声が出た。
「む、何がじゃ」
「思った通り素晴らしい道具だなと思いまして」
「……知った風なことを言うだけの口か」
「いえ、この町に並ぶ建物を見ればカパリさんの腕の素晴らしさは分かりますよ」
「何……」
「この町の建物や山の中に在る宿たちのほとんどが、この工務店が請け負った仕事ですよね」
アロイスは空から見た時に憶えた町の鮮やかな建物群に感動した事、大自然に馴染む古風な宿の集まりを拝見した事を伝えた。
「あの色感や建築技術はさすがだと思ってました。自分は元冒険者ですので世界各地を旅してきて色々と見てきましたが、カパリさんの腕は他の髄を許さない程にあると思いました」
本心からの言葉だった。
それを聞いたカパリは、一瞬怪訝そうな顔をするも、アロイスの笑顔混じりの台詞に嘘のない言葉だと理解って、満更でもないように言った。
「と、当然じゃあねぇか。ワシの腕は天下一品よ。文句あっか」
「文句なんか一つもありませんよ。賞賛しかありません」
「……フンッ。そうかい、そりゃ当たり前だ。俺の腕は賞賛モンじゃからな」
唇を尖らせて言うカパリ。
アロイスはその様子に笑う。そして、手に取ったままだったノコギリを見せ、
「じゃ、これを買います」と伝えた。
「ん、ノコギリ一本でいいのか」
「これさえあれば便利なもんです。売って頂けるだけで私は嬉しいですから」
「フム。お前……アロイス、うちにはどうして道具を買いに来たっつったっけか」
「廃屋の解体で柱をバラしたり、運んだり…色々と使います」
アロイスが説明すると、カパリは人差し指を顎にあてがって何かを考え始めた。
「……ふむ」
片眉をひそませたカパリ。
「ちょっと待っていろ」
と、カウンター奥の扉からどこかに消えた。
「……あら、どこかに行っちゃったぞ」
「行っちゃいましたね……」
残された二人は店の真ん中でポツンと立つ。彼がいなくなった間、ナナはアロイスに小声で話しかけた。
「アロイスさん、凄いですよ……」
「ん、何がだ」
「カパリさんが知らない方に道具を売ったり、自分から店に招くなんて!」
「うーむ、あまり大きい声じゃ言えないが、あの人質をとった暴漢には少し感謝するべきか」
「そ、それもどうかと思いますけど、お世話になってしまった感はありますね……」
二人が「ふふ、はは」と苦笑いして会話を交わす。
すると、そこにカパリが「ワシの店でイチャついてんじゃねぇ!」と怒号飛ばしながら戻ってきた。
「イ、イチャついてませんよっ!」
ナナは恥ずかしそうに言うが、カパリは、
「あーはいはい、邪魔じゃ!」
それを適当にあしらって、アロイスの元に近づき、少し大きめの『革袋』を手渡した。
「これは……?」
アロイスが不思議そうに尋ねる。それなりに大きい革袋、受け取るとそれなりに重量があるようで、中からガチャガチャと金属音が響いた。
「それは、使い古して要らなくなった大工道具じゃ。埃被ってたもんだが色々と使えるじゃろ」
「こ、これをわざわざ取りに行って頂いて……私に売ってくれるんですか?」
アロイスが訊くと、カパリは「かぁーっ!」と甲高い声を出した。
「古い道具なんざ金はいらんわっ!ノコギリも持ってけ、全部サービスじゃ!」
「それは…、悪いですから。お金は支払わせて貰いますよ」
「……馬鹿野郎ッ!」
カパリは、アロイスの腹部に右肘をコツンをぶつけた。
「ワシがあの他所者にやられてたら、仕事が出来なくなっちまってたかもしれねぇ。他所者に襲われ他所者に助けられたのは癪じゃけどな、ワシはこれでも恩は恩として受け取ると言った筈じゃ。分別はつける。だから受け取れッ!」
どれだけ他所者に助けられたのが癪だったのか……。それに、相変わらずの大声だったが、しかし。今までとは違い、どこか暖か味あるような口調だった。
彼の態度にアロイスはゆっくりと頭を下げた。
「有難うございます。本当に助かります」
「じゃからお前が礼を言うのはおかしいと言っとるじゃろが。それと、さっさと出て行け!」
「す、すいません。では、有難く頂戴致しますね。それじゃあ……」
アロイスはナナに「出よう」と言って、戸を開く。
既に外にいた大衆の姿はなく、冒険者や観光客賑わう落ち着いた日常の雰囲気に戻っていた。
「……うん。普通に帰れそうだな。では、改めて失礼致します」
アロイスは最後の最後まで一礼して、その戸を閉める。すると、その戸が閉まるか否かの寸前で、カパリはカウンター奥に消えながら確かに、こう言った。
「……どうしてもって時だけ、また来いや」
戸が閉じられたタイミングで聞こえた声。パタンと戸を閉じた後、アロイスとナナは「えっ」と、二人で顔を見合わせた。
「アロイスさん。今、確かにカパリさんはまた来いって言いましたよね」
「……ああ。確かに言ってくれた。何だか、嬉しいな」
「カパリさんが町に住んでない方にあそこまで言うのは珍しいんですよ。さすがアロイスさんですね!」
ナナは嬉しそうに言った。
「ハハ。でも、どうしてもって時だけらしいからな。もっと仲良くなれれば良かったんだけどな」
「きっとなれますよ。ああ言ってくれるって事は、きっと心を開いてくれてますよ!」
「たまに顔出して挨拶くらい許してくれるかね。そのうち、お茶する仲間になるかもしれんぞ」
「カパリさんとアロイスさんがお茶ですか。ふふっ、どんなお話するんでしょうね」
アロイスとナナは、カパリが優しくしてくれた事によっぽど嬉しい気持ちで、帰路につくことができたのだった。
それから、家に着いた後、二人は廃屋に赴くと、カパリの厚意である大工道具のおかげで随分とスムーズに片付けを進めることができた。
また、その日より一週間の滞在となったアロイスは、祖母との約束通りに畑仕事の他、家事も手伝いつつ、暇を見てはナナと商店街に出る日々が続いた。
(……ああ、なんて落ち着く日々なんだ)
こんなにゆったりした気分になれるのはいつ振りだろうか。
アロイスは静かに流れる田舎の時間に、戦いの日々が休まっていく感覚が何とも心地良かった。
やがて、一週間後となる4月10日の朝9時のこと。
朝食を終えた三人のもとへ、酒の鑑定のため半ば無理やり呼び寄せた商人『ヘンドラ―』が家の扉を叩く。
………
…
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