遺恨と共に、テンペスト

1

 いずれ、来る未来だった。

 私が願おうが願わまいが時の流れというのは残酷で、私は、私が求めた真実に近づこうとしている。それが私にとって不都合なものだったとしても。

 ただそれだけだ。




「これで、よし……」

 暗い部屋の中で、私は久しぶりに弾を詰めたボロボロのマカロフと赤星を両腿にあるホルスターに仕舞い込む。弾は全部で16発。


 それを隠すために普段は履かないようなボリュームのある膝丈のスカートと、それに負けないくらい甘いカットソーのトップスを纏った。

 もちろん使わないに越した事はないけれど、谷川さん曰く、反社と言われるような人たちとつるんでいると言われてしまっては、あそこに一人で行く以上、再び必要な時が来るかもしれない。


 それに、考えたくはないけれど、あそこにはあの人もいるだろう。

 半年前の夜、圧倒的な力で私をねじ伏せた穂高冬馬という人。

 私を暗がりの世界から外へと連れ出してくれた。あの人。

 もし、もう一度相対する事になった時、私は引き金を躊躇いなく引くことができるのだろうか。そればかりが頭の中に浮かんでくる。

 もう悩んでも仕方がない時になっている事がわかっているというのに、考えてしまうのは、復讐の事なんかより、あの人の事が気になってしょうがないという何よりの証明だろう。

 頬の僅かな火照りと気づいているその気持ちに蓋をして、台風特有の温い風がまとわりつく夜の街へと一歩踏み出した。




「風つよ……」

 誰も歩いていないもの寂しい国立の大学通りを南武線方面に歩みを進める。

 天気予報では今日の夜に台風が関東に最接近するらしい。

 一週間前の予報では、愛知や静岡を掠めた後に太平洋側へと抜けてそれほど影響はないといっていたのに、気づけば直撃コースだった。

 こんな日を指定してくる河本の性根の悪さに悪態の一つでもつきたくなるものだが、一か月前の段階でこの事を予言できるわけもない。

 こればっかりは私の生まれつきの運の無さのせいだと、心の中で毒づきながら谷保駅の駅舎へと入る。


 少ししか歩いていないにも関わらず、風に煽られて服が濡れてしまった。

 これじゃあ傘なんか差してもなんの意味もないような気もするが、

 差さなければ、それもそれでせっかく服に浮かない様にせっかくセットした髪の毛が爆発しそうになるので、それもまた億劫な事になると思いつつ、少し湿った髪の毛を軽く手櫛で整えて手首に付けた時計を確認する。


 時間は23時10分を少し過ぎたくらい。

 今から電車に乗れば、0時過ぎには六本木にはたどり着くし、少し余裕がある。


 そう思っていた。駅のホームで断続的にアナウンスされている内容を聞くまでは。


『本日もJR南武線をご利用いただきましてありがとうございます。本日台風19号の予想進路が想定よりも接近されると見込まれますため、午後22時を持ちまして、列車の運行を終了させていただいております。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけします事。お詫び申し上げます』


 私の余裕は裏切られた。

 既に駅員さんの姿はなく、煌々と蛍光灯が無人の構内を照らしているだけだった。

 夜も遅く、台風だから、早く人が捌けただけだと呑気に思っていた自分が恨めしい。

 このままここで、来ないとわかっている電車を待っていたところで、なにも状況は変わらない。

 駅舎を出て、祈るような思いでタクシーを探すが、タクシーどころか、ただの一台も車は止まってはなかった。

 少し考えてスマホで、各線の運行状況を調べる。他の線はまだ生きているかもしれないと思ったからだ。

 今来た道を戻り、そこから、大学通りの突き当りにある国立駅へ、

 利用者数の多い中央線ならばまだ動いているのではないかと、どうか、動いていますように。と僅かな希望を持って、読み込み中のスマホの画面を注視する。

「やっぱ、だめか……」

 読み込みを終えた各線の運行状況は、最悪だった。

 JR線も、京王線も、小田急線も都営地下鉄も、すべてが計画運休のため運転を見合わせていますとの表示がスマホに表示される。

 よりにもよって、なぜ今日に台風が直撃なのだろうか。本当に何かに呪われていて、何か憑いているのではないかと思うくらいの悪運ぶりだ。

 いつの間にか強くなった風と雨脚のせいで、スカートの裾の色も濃くなっていた。

 しかし、ここで、諦めるわけにはいかないと思いなおす。

 財布の中身を確認する。8千円と500円玉1枚と100玉と10円玉が二枚ずつ。これならば、タクシーで六本木に行けるかもしれない、最悪足りなければ、コンビニでバイト代を下ろせばいい。普段は手数料を気にしてこんな時間にお金なんか下ろさないけれど、損なことを言っては居られないのだ。

 河本は今日来なければ、お店に大勢に人を連れて遊びに来るといってた。

 それは多分本気だ。私が行かなければ何をされるか分からない。

 お世話になって、私の新たな居場所にもなったあのお店に薄汚れた奴らを近付けさせたくない。そして、私の復讐は意味があるものかのかを確かめるために、私は、ここよりタクシーの止まっていそうな国立駅を目指して、ほぼ意味のない傘を差して、

 駅舎を出た時だった。


「そんなに怖い顔して、どうしたの?」


 なんで、どうしてあなたがそこにいるの。今頃あのお店の中で退屈そうに、

 店主と談笑でもしていると思ったのに。


「せっかくおしゃれしてるのに、勿体ないよ。あ、でも濡れてても可愛いよ。藤乃ちゃん」


 息を飲む。悪いことをしている気はなのに早鐘を打つ胸元を抑えたままに、声のする方を向く。


「なんかあるなら、私も力になるから。もっと頼っていいんだよ」


 そこには、私なんかより、びしょびしょに濡れた緋色の紙の毛が頬に張り付いて、ある種のいろっぽさを感じさせる私の先輩が立っていた。


「今日、用事があるからって……。お店には依月さん一人で立ってって、昨日言ってたじゃないですか」


 昨日確かにそう聞いたのだ。営業前に私が明日初めての希望休を取ったから、代わりに出てくれと、依月さんから頼まれている姿を見た。そしてそれを何時通り茶化しながら、予定があるから無理だと断っていたはずなのに。

 混乱した頭であたふたする私の頭が突然暖かな感覚に包まれる。


「予定はね、藤乃ちゃんを独りぼっちにしないこと。それだけ」

「それより先に、私が……。紗華さんを病院に送るのが予定になっちゃいそうです」

「あはは……、その時はよろしくね」

 いつもみたいに、茶目っ気溢れる笑い声が耳に届く。


 なぜだろう。迷惑をかけていて、申し訳なく思ってしまうはずだったのに。

 こんなにも安心してしまうのは。

「あ、もしもし。藤乃ちゃん見つけた!車、谷保駅に回して。私びしょ濡れだから!」


「……とりあえず、迎え待とっか!」


 駅舎の灯りの元に無言で雨を拭う二人の姿がそこにはあった。

 私はもう、一人じゃない。だからこそ私は今日、自分の因縁に決着をつけると心に決めて、その時を待つのだ。

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