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結局、コーラだけじゃお腹は満たされなくて、そのままだとあの人にちゃんと食えって怒られそうで、
コンビニへ買い出しに行くことにした。
以前、冬馬さんと出会う前に最後に買い出しに行った時は綺麗な桜が満開で綺麗だったのに、今は葉桜と梅雨入り前の鈍い曇天具合の空模様が広がる大学通りをよれよれのパーカーを羽織って、1人歩く。
思うところ色々ある。まず、どうして冬馬さんは、谷川さんを手にかけたのか、そしてどうして息の根を止めなかったのか。冬馬さん程の腕があれば、いくら一般人の中では肝が据わっているとはいえ、谷川さんほどの一般人程度簡単に葬れるだろう。
そして、どうして私に何も言わずに姿を消して、私が渡したスマートフォンで連絡をよこさないのだろうか。いくらかけても、無機質なコールが響くだけだった。
まぁ、元々は敵同士だったのだから、むしろ今まで私を何かと気にかけて、ご飯はもちろん、家賃、生活費すら出してくれたのがおかしいと言えばおかしいのだが。
あれ、私、ヒモじゃない?なんというかパパ活より酷いというか……。
私のヒモ具合と今まで冬馬さんを頼りすぎで依存していた事をひしひしと感じつつ、家から一番近いコンビニに来た時だった。
「藤乃ちゃん!」
懐かしいその声、そして私の名前を呼ぶ女性なんて、私は一人しか知らない。
そして、あの日あの晩冬馬さんが姿を消してから、谷川さんが襲撃されてから近寄りたくなかったお店のバーメイドさん。
「……っ!人違いです」
冷たくそう言い放ち、踵を返した時だった。
「そう簡単には逃がさないけどねっ!」
その台詞を聞いた時には私の体はぐるりと回されて、目の前には、綺麗な緋色の髪を湛えた女性がどこか小悪魔チックな笑顔で私を見下ろしていた。
「最近見ないから心配だったんだけど……。会えてよかった」
優しい声色で、赤子に言い聞かすように語るその方の顔を私は直視できなかった。
「別になんも聞かないけどね。なんかしばらく会わない内にやつれた?ちゃんとご飯食べてる?それに髪だって——」
「——っ!」
伸びてきた手に思わず体をのけぞらせ、髪に手を当てる。
少し痛んだ指通りの悪い髪の毛に辟易する。
沙華さんの言う通り、今の私はやつれているのだろう。その事くらい自分がよく分かる。
そして、人の好意を、目の前の彼岸花のような色っぽさを備えた女性の優しさを避けるくらいには、追い込まれて居る。
その事が、彼が居ないことがこんなにも異常な事なんて、そのくらい私の日常に溶け込んでいたことを思い知らされる。
私の頬をつぅーっと伝うものがある。少しあったかくて、流れるたびに心が冷える。そんな涙。
一度流れると自分の意思ではどうにもならなくて、声を殺すのが必死になるだけだった。
「うん、私は何も聞かないから」
耳元で再び響く優しい声に、私はただ頷いて、涙を流す。
いかに冬馬さんという人が私の生活にとって大事な人だったのか改めて思いながら、私は少し歳上の女性の懐で、悲しみの涙を流すのだ。
一足先に私の空には梅雨が来た。
今はただ、改めて彼が居ないことを思い知らされる。
「藤乃ちゃん、お腹……空いてる?」
私はその問いかけに、涙をすすって、コクリと頷いた。
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