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 ギラギラと待ちの街灯やネオン、客待ちのタクシーや、夜の蝶を送るために不法駐車された車のヘッドライトが眩しい光景を眼下に、懐かしいビルの非常階段で煙草を吹かす。三時間ほど前から、腕の震えが止まらず煙草の灰が長くなる前にポロッと落ちてビル風にさらわれていく。

「お前さん、煙草外で吸うようになったんだな」

 背後から、我が子の成長を喜ぶような声でそう呟かれる。

 呟いた奴は別に俺の親なんかじゃない、俺の親はあのカンムリで跡形もなく消えている。

 今ごろ、綺麗な海の中で安らかに眠っていることだろう。

「しばらく見ない間に変わったな」

「別に変わってねぇよ」

 事実自分では、なにがどう変わったか。なんてわかるやつは居ない。居るとしたら相当に自分が好きなナルシストか、常に人にみられてると思い込む自意識過剰な奴。

 どちらにしても自分本位の人間たちだろう。

 それにもし、変わったとしたなら、あの変な復讐心と、謎の心の強さを持ったアイツに言われて毎朝整えるようになった髪の毛くらいだ。

「まぁ。いい。それで、あの忌々しいゴキブリは、……ちゃんと殺したのか?」

 先程とまで違う声色。むしろこちらの方が聞きなじみのある。無感情な声色。

 俺はその声色の持ち主。河本隆志の元へ戻ってきたのだ。

 あの仮の住まい。止まり木から元の巣へと戻ってきた。

「さぁな、当たり所がよけりゃな」

「まぁ、いいさ。ここまでされて首を突っ込む馬鹿者は、そうはいないだろう」

 いつも通り、煙草を吸いながら、適当に河本の質問に答える。

「馬鹿者ねぇ……」

 そう呟きながら、国立のプールバーで知り合ったあのおっさんが思い浮かぶ。

 初めて知り合いを撃った。

 前はこんなことはなかったのに、今は違う。腕の振るえが止まらない。

 両手でグリップを握り、二発の発砲。

 別に大したことではないと思っていたのに、あの時の衝撃が手に残っているようで、不快である。

 どうして、こんなに震えが止まらないのだろうか。

 浮かび上がる、今までにない問題の解は、今の俺には見つけることは出来ないだろう。と高を括って煙草の煙と一緒に飲み込んだ。


「明日は夕方に奴と会う。それまでは好きして構わん」

 そう言い残して、河本は薄暗い部屋の中に消える。

「期待してるぞ。お前の腕に」

 最後にそう言い残して。

 俺みたいな半端モンに期待すんなや。


 もう何本目かわからないハイライトに火をつける。

 吸いすぎで気持ちが悪いが、ここが今の現在地を確認するためには一番いい。

 そうしてまた、嘔吐きながらも煙草を吸った。


『もう。ちゃんと外で吸ってください!臭いんで』


 今、ガラにもなくちゃんと外で吸ってるわ!と今ここにはいない奴へと切り返す。

『出汁巻き食べたいです、冬馬さんの』


 すまんな、もう会うことがあるかどうか、ちゃんと飯は食えよ。じゃないと大きくなれねぇから……。と心の中で頭をさげる。

 つうっと頬を何かが伝い、六本木のビル風に煽られて、煙草の火種をかき消した。


『まぁ、梅雨の時期までなら……』


 無理言って泊めてもらって助かった。お前と住んでて、一緒にビリヤードやって、買い物行って、美容院に連れていかれて、楽しかった。


「ありがとう」

 もう多分会うことはないだろうが、せめて、最後に言うべきだった。

 喉元に刺さった魚の骨のように、イガイガする枷を外す方法は、今の俺には分からない。

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