風雲急を告げる?

1

 常連の谷川さんとなにやら話していた後から、その場で神妙な面持ちのまま佇む冬馬さんと、その手元で針山の様に煙草の吸い殻が突き刺さっている灰皿を交互に見つめて、私は少しため息をついた。なんというか、生気が感じられないのだ。今の冬馬さんからは。


そんなことを考えている時、冬馬さんの手元のほとんど燃え尽きた煙草からぽろっと、灰が机に落ちたの見て、さすがに私も注意する。

「ちゃんとしてくださいよ。吸うなら吸う、吸わないなら火をつけないで、煙草だって高いんでしょ?」

「……」

おかしい。いつもであれば、『俺の金で買ってんだからいいだろ』とか言いそうなものなのに……。

本当に生気を抜き取られたのかもしれない。

彼が谷川さんと何をひそひそと話していたのかは知らないが、少なくともいい話ではないようだった。もっとも冬馬さんの心を覗けないので、元気がない以上のことは窺い知れない。思い切って直接聞いたとしても、多分はぐらかされるのはわかってるる。

いろいろと思考の沼に片足を突っ込んで足を絡め取られかけた時だった。

「悪い。帰る」

「え?じゃあ私も帰り――」

「いい、一人で」

言うが早いか、そのまま扉の方へ向かう冬馬さんの後ろ姿は、どこか小さく見えた。



少しばかり足元のおぼつかない酔いどれの男が一人、西国立へ伸びる裏道を歩く時だった。

「谷川ってのはお前か?」

その声に谷川と呼ばれた男が少し赤くなった顔を街灯の明かりで照らしながら振り向いた。

「そうだけど。どなたかな?」

「……」

返事はなかった。

しかし、変わりに男が纏う黒い外套から一丁の拳銃が姿を現した。

そしてさも当然の様に鉛玉を吐き出す銃口は谷川という男に向く。

谷川は訊ねた。

なにが目的だと。しかしその問に男は答えなかった。

ただ、まっすぐ谷川を射程に入れた拳銃を握る右手を前に伸ばして、

こんな夜更けにもかからわず、サングラスをかけたその顔がどんな表情なのかわからぬままに、谷川は更に問う。

「自分に何の用?」

「……」

しかし、男は答えない。

背を向けて、走り。逃げ去ろうとした。

その直後だった。

人っ気のない夜の裏道で誰に気づかれる訳でもなく、その夜、乾いた銃声が二発、静寂を破ったのだ。

男は何事もなかったように、横たわる谷川に一瞥いちべつもくれず立ち去った。

行き場を失った薬莢やっきょうだけをアスファルトの上に残して、夜の更ける街へと溶けていった。



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