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「そういえば……」


散った桜が路面を覆い、街の街灯と月の光に照らされた大学通りを、国立駅方面に歩いている時、不意に私の横を歩く男、冬馬さんに気を引かれる。

「なんですか、これからどこ行くか、なんてのは秘密ですよ」

「ちげーよ。それは気にしてねぇよ」

「……じゃあ、なんなんですか」

私がせっかくスマートフォンという文明の利器、シンギュラリティの申し子とも呼べる機器で、冬馬さんが喜びそうなものを考えたのに。心が見えないと言うものが、いかに不便か。ということを痛感するし、私がどれだけこの力にあぐらをかいていたかがよく分かると、一人今までの生き方なるものに反省している時、

「藤乃の師匠は誰だ?……お前をここまで強くしたのは」

私の長考を流石に煩わしく思ったのか、横槍を入れてくる冬馬さんに私は少し顔を渋らせる。少し怪訝そうに私を覗き込む冬馬さんの表情を見て見ぬふりをして数秒の沈黙。後、口を開く。極めて平静を装って、けれど極めて無感情で、私は問いに答える。

「いませんよ。私に師匠なんて……所詮人殺しの喧嘩殺法みたいな物ですから」

「そうかよ……。なら、大層なセンスの持ち主であらせられるな。女売るよりその腕売った方が儲かると思うぞ。だから、もうちょいと、自分ってものを大事にしろよ」

どこかおどけたように、けれど真剣な眼差しで見下ろす冬馬さんと目が合った。

「余計なお世話ですよ。それに、冬馬さんこそ、どこでそんなに強くなったんですか?私に文句言うくらいですから、そりゃ大層が立派なお師匠様が居たんでしょう……ね……」

わたしの余計な一言は、急に天候の変わったように荒れた、冬馬さんの殺気の乗った重たい眼差しに遮られた。

「別に、あんなクソじじい……師匠でもなんでもねぇよ」

それっきり。会話はそれっきりだった。

私と冬馬さんの間を散った桜を載せた夜風が駆け抜ける。こんなに近いのに、二人の間には奈落の谷があるような隔たりを感じる。

それほどまでに、お互いの過去は重たくて、錆び付いた鉄扉の様な冷たさと重さがあるのだと知る。


『『あぁ、軽い気持ちで、聞くんじゃなかった』』


綺麗な散り際の夜桜が灯る大学通りを15分程、後悔渦巻く黒い感情を持った二人は、目的の店に着くまで、一言の会話もないままだった。

いっそ、こんな綺麗な月じゃなくて、曇って土砂降りな夜なら良かったのに。

なんて、そんな思いを抱くなんて、私はこんなに感情豊かだったのだと、一人自分を嘲笑うのだ。

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