私怨の果てに私は何を見るか

1

「私は貴方を殺す――それが、私の生きる意味だから」


お腹を血で濡れた手で抑え、床に伏す河本を見下ろして、私は銀色に光を弾くボールペンを取り出した。

そして、視界の隅で唖然と状況を飲み込めていない高城を捉えるのだ。

「高城さん、ありがとうございましたっ!貴方のおかげで、私の悲願が果たせましたから」

「……あ、あっ……」

(やばいやばいやばいっ!)

激しく動揺と恐怖の感情を流し込んできて、さらには私の返り血の付いた全力の営業スマイルを見て言葉をつまらせる高城から目を切って、私の宿敵、河本隆志へ心臓を突き刺すほどに鋭く冷たい視線で射抜く。

「何か、言いたい事は……ある?」

「ふっ……。差し詰め、私は伊藤博文公や犬養毅のようなものか……。だがな、小娘。暗殺というものは、そう簡単に上手く行かないのが常だ。現に急所を外し、俺を仕留め切れなかったのが君の甘さだよ」

(この小娘、何者だ……?青いが、いい腕の暗殺者になりそうだ)

私に不意をつかれて腹を撃ち抜かれ、最大限の眼力で射抜き、血を流しているにも関わらず、自分の脳天に指を当てながらどこか飄々ひょうひょうとして『我意に介さず』と言うような態度、そして平然を崩さぬ心の感情が気に食わず、冷静さを失った様に喉を震わせる。

「うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい!私は、私は――今からあんたを殺すの。あんたは毒で苦しみながら死んでいくの。私達の一族の恨みに焼かれて死んでいくの!もっと焦りなさいよ!」

「どんな時でも冷静になれぬ小物に私は殺せんさ……」

「もういい、もういいの……。これから死ぬ人がなんだって言えばいい!」

ふっ……と笑って、私をギラついた目で見据える河本の首を目掛けて、私はボールペン状の毒針を振りかざした。

これで、私の悲願が叶う。開闢かいびゃく以来の同族たちの仇を取れる。

そう思って振り抜いた毒針は――彼の首元には届かなかったのだ。


「ふっ!」

横から疾風のようなの刃で軌道を逸らされたのだ。

私は、その発生元たる先程までビリヤードを嗜んでいた青年然とした、死んだ目の男。先程持っていたキューとは別のキューの中からレイピアとも日本刀とも言えぬ細身の濡れた刀身を従えた男と対峙する。

「おぅおぅ、物騒だな。お嬢ちゃん。そんな『暗殺者です』みたいな装備、どこで手に入れたんだ?」

「ッ……邪魔しないで。それに、今時仕込み刀なんか使ってる人に暗殺者なんて言われたくないんだけど」

「そう言う訳にはいかねぇんだよ。こいつ俺の雇い主だからよ。護らんとな」


「……お前のせいで撃たれただろうが。いくら払ってると思うんだ」

「あいあい、悪かったって、すぐ始末するからよ」


私の黒い感情を意に返さず、そして私を無視している二人に対して、私はスカートの中から 9mmマカロフを取り出して、グリップを両手で握り込み、そのまま引き金を引いた。


誰もいない空間を縫って行く一発の銃弾。

再びの乾いた銃声が室内に細波を立てる。


「……私の話、聞いてる?」

「あぁ、悪いな。まさか、そんなもんまだ持ってるなんて、思わなかったもんで」

「貴方も邪魔するなら殺すから」

銃口を仕込み刀の男に向けて、極めて無機質な最後通牒さいごつうちょう。しかし彼は相変わらず反応が変わらない。否、見えない。

(……)

「まぁ、いいよ。やれるもんならな。」

「このっ、っっ。死ねぇぇえ!」

私の感情に任せた安直な一発を打った時。その場に彼の姿はなかった。代わりに私の眼前に刀を構えて迫る男の姿がある。

咄嗟とっさに身体を捻り後ろに跳ぼうとした瞬間。

――私の身体は宙に浮いた。浮かされたのだ。

「ぐぅっ……っ!」

「流石に女を斬るほど落ちてねぇからな」

私の首に手をかけて持ち上げ、踠き苦しむ様を見て優しく諭す男。やっている事と言っている様がチグハグであると冷静に思う。諦観ていかん。人間、死地を悟るとこんなに平然としてしまう物なのだろうか。

適度に苦しむような力加減で首元を握られて、

そのまま裏口の非常階段まで連れて行かれてしまう。

「さて、選べ。この十階から落とされて、死ぬか。その償いとして風呂屋で金を稼ぐだけ稼いでもらうか。お前は綺麗な顔してるからな、屑共がさぞかし高値で可愛がってくれるだろうよ」

(……)

相変わらず見えないのだ。彼の感情が。言葉の節々から女を、私を見下しているのは見えているのに、感情が動いていないのだ。私の力が死んだのか。私自身が死ぬ前に。なんて下らない事を考えていても仕方ない。私はまだ生きている。生きているから。


――やらねばならぬ事がある。私怨の業火に飲まれるその時まで。


「おい、聞いてんのか?」

私の長い沈黙に少し苛立ったような声色でせっつく男に私は鈍い笑みを浮かべた。

「お兄さん、名前は?」

突拍子もない私の質問に男は苛立った感情は抜け、拍子抜けした表情を見せる。その隙だけでも充分だった。左腿のお目当てのものに手をかける。

「質問に質問で返すな……。まあ、いいか。穂高冬馬ほだかとうま。傭兵みたいなもんだ」

「そう……私は――」

「興味ねぇよ。これから地獄に送る奴の名前なんて。で?どっちなんだ?地獄に沈むのと、風呂屋に沈められるのと」

私の自己紹介をぶつ切りにして、再び私に問う男。

全く、自分勝手な男は嫌いだ。大体やり捨てする男はそんな物と冷静になって考察し、穂高という男と視線を交わす。

「どっちがいい?」

「……どっちでもない。私は貴方と雇い主を殺して、消える。それだけ!」

宙吊りにされた中、左腿のホルダーから9mm赤星を引き抜き、頭目掛けて構える。

「まだ、やる気があるのか……じゃあくたばるんだな!」

刃ではなく剣の柄で、そのまま私の右手の拳銃を弾き飛ばそうとする男。私はこの瞬間を待っていた。私の手にかかる手の力が緩むその瞬間。

私は腹筋と背筋を全力で酷使して掴んだ腕を蹴り上げた。

「いっ……」

「くっ……」

私は、軌道がずれた剣の柄によって左脚を、男は私に刈り上げられた左手を強襲される痛み分け。

ふわっと、私の身体が宙へと投げ出された。

誰かに殺されるのも、尊厳を失うのも御免だ。

落ちる時、最後に見たのは、街のネオンに照らされて少し驚いた表情を見せた仕込み刀の男の顔だった。

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