第172話 本当に何もなければ良いのだが、困っていれば遠慮なく言ってくれ。

「お昼も夜も私が決めるの!」と言った千歳の剣幕に押された俺とツネノリは言われるがままにセンターシティに戻る。


「大丈夫だって、夜はお米にしてあげるから!」とツネノリに言うとセンターシティのタウンマップをポーチから出した千歳が「お父さん、ここでお昼にしたい」と言った。


俺は千歳の指がさした店を見てすぐに意図がわかった。

「ここか」

「うん。わかった?」


「わかるさ。ツネノリ、昼飯はラーメンだ」


そう言ってセンターシティの一角にある中華料理店に入る。


「千歳はここに来たかったのか…」

ツネノリが店内をキョロキョロと見ているとチャイナ服姿のスタッフが迎えに来て俺達を席に案内する。

スタッフは俺達のことを知っているので何も言わずに個室に通して、少しするとオーナーの男性が挨拶に来る。


「勇者様御一行のご来店を嬉しく思います」

「かしこまらないでくれ、普通に客として来ただけだから。注文は決まったら呼ぶから普通にしてくれ。後は過剰なサービスは禁止だ」


「はい」と言ってオーナーは帰っていく。

「ふぇぇ…、お父さんってセカンドだとちゃんと仕事しているんだね〜。驚いたねツネノリ!」

千歳…お前は俺を何だと思っているんだ?

ツネジロウも随所で千歳の態度にツッコミを入れていたし「後でじっくり話そう」と言っていた通り話す必要があるのかも知れない。


「俺はもう一度見ているから驚かないよ」

ツネノリはエテの事を持ち出して千歳に説明をする。


「まあ、これで我が家の家計は安泰だってわかったからいいや。無事に高校生になれる」

「お前…」


「所で千歳は何でこの店に来たかったんだ?」

ツネノリはそこが気になったみたいで千歳に聞いている。


「ふふふ。お父さん、ここはお母さんの好きなお店を再現したでしょ?」

「ああ、千明がとても好きな店だからな。絶対にセカンドに取り入れたくてな」


「そうなんだ、千明さんが好きなお店なんだ」

「なるべくオリジナルに合わせたからきっと千明も気付いて視察で来ているだろうな」


「じゃあ、メニューは…、私が決めちゃうよ!」

そして千歳は塩ラーメン、春巻、杏仁豆腐を頼む。

これは全てこの店で千明が好きなメニューだ。


「炒飯…」と言ったツネノリを千歳が睨みつけて「おあずけ!お米は夜まで我慢!!」と言っていた。

まだ半月くらいしか一緒に居ないのだが、ツネノリと千歳は長年の兄妹にしか見えない。


出てきたラーメンを一口食べた千歳は俺を見て「ふふふ、お父さんはお母さんが好きなんだね。味までしっかり再現してある」と言って喜んだ。


「照れるからやめろ」


「これが千明さんの好きな味。確かに美味しい」

ツネノリは好みの味だったのだろう。

それが千明の好みと一緒だった事に喜んでいる。


「ツネノリ、美味しいでしょ?ここの所選べるご飯は全部お米だったから付き合う私は違う物が食べたかったの」

「…そうだったのか…。済まない」


「まあ、いいよ。ゼロガーデンにはお米が無いんでしょ?でも私が決める日は私に合わせてね」

「ああ、了解した」


そのまま食事を楽しんだ後、食後のお茶を飲んで居ると時にそれは起きた。



「あの…、大変不躾なのですが…」

1人のウエイトレスが杏仁豆腐の食器を下げながら言ってきた。


「どうした?何かトラブルか?」

俺は仕事上スタッフの問題解決や問題点の洗い出しをしている。


「いえ、そうではないんです」

だがこのスタッフはモジモジと言いにくそうにしている。


「本当に何もなければ良いのだが、困っていれば遠慮なく言ってくれ」


「あの…、では……、ツネノリ様とお写真を撮らせていただけないでしょうか?」

「なに?」


「それと出来たら握手も…」


何と言う事だ、ツネノリが勇者の息子で戦闘力の塊で戦う姿が魅力的とかでスタッフの中でちょっとしたアイドルのようになっている事に俺はこの時になって初めて知った。


「彼女が居ても良いなら良いですよー」

千歳がマネージャーのようにツネノリの前に出てスタッフと話し始める。


「はい!彼女さんがタツキアにいる事は昨日知りました!それでも構わないのでお願いします!」


「え!!?」とツネノリが慌てて赤くなっていたが、なんでこのスタッフがメリシアの事を知っている?


「後、写真はお姉さんだけですか?他にも居たら時間がないのでみんな一緒にでも良いですか?それと握手はお姉さんとだけでも良いですか?」

「…はい!本当は2人が良いんですが写真を撮って貰えるなら!」


「父さん…」

「あー、ツネノリは黙って背筋伸ばして立っていればいいの。

余裕があれば笑ってね」

千歳がテキパキと指示を出す。


結局、店中の女の子達が集まって写真を撮る事になった。

ファーストとセカンドはプレイヤーには秘密になっているが写真も撮れる端末が一部で普及しているのでこう言うこともあるだろう。


ツネノリは突然のモテキにテンパっていて父としては面白い物が見れた。

まあ、ルルに知られたら不健全だと怒りそうだから黙っておこう。


「あの、勇者様」

オーナーが俺の元にくる。


あ、読めたぞ。


「俺たちと写真を撮って店内に12月16日勇者一行来店と貼るのは認められないからな」

「あ……ダメですか?」

「店の景観があるからな」


どうしてどこの世界でも店主と言うのは考えが似かよるのだろう?

俺が断るとオーナーはガックリと肩を落とす。


「お父さん!貼っちゃダメでも撮るだけなら良いでしょ?」

「なに?」

「せっかくだから撮るの!

はい!みんな集まって!!」

結局、千歳の圧に勝てなかった俺は全員で写真を撮る事になった。

ツネノリの周りを女子達が奪い合っていてツネノリはドン引きしていた。


「東?この騒ぎはなんだ?」

「あー、ツネノリが召喚されてからセンターシティの女の子達の中でアイドルみたいな扱いになっていてね。

娯楽が少ないのかもしれない」


「マジかよ」


その後、俺たちは外に出る。

「お父さん、この後は?」

「周りからプールを勧められたぞ?行くか?」


「外は夏でもセカンドは冬なのにね」

「キチンと温水だから平気だろう?」


「じゃあ行こう。

ツネノリは水着を知らなかったから教えたいし。

お父さん、水着を買ってよね」

「はいはい。わかっている」


そうしてホテルの温水プールに併設された衣用品の店に入る。


「凄い、セカンドの中でも水着が沢山ある!」

千歳は喜びながら何点か試着しては「これどうかな?」「似合うかな?」と聞いてくる。


千明やルルが居たら良かったのだが、2人が居ないので俺が千歳に相槌を打つ。


ツネノリの事は女性スタッフに「初めての水着なんでピチッとしていない奴で似合うのを選んでくれ」と任せておいた。

着せ替えツネノリの出来上がりで「次はコレを…わぁ、お似合いです!」「でもコレも」とやっている。


「おーい、千歳。まだかー」

「待ってよ。…ってうわっ!なんで!?」


「どうした!!」

「こないで、きちゃダメ!ちょっとジョマ!恥ずかしい!」


「ジョマ?」

「こんにちは勇者様。千歳様ってば子供みたいな水着ばかり選ぶから、出てきてしまいました。うふふふふ」


試着室の向こうからジョマの声が聞こえる。

しばらくすると諦めつつも真っ赤になった千歳が出てきた。

その姿はパレオ付きのビキニで赤紫ベースの色のモノだった。


「うぅ…、お腹が見えているのは恥ずかしい…。ジョマ酷い…」

「よくお似合いですよ千歳様」

ジョマがニコニコと言う。


「まあ、日本じゃ着ない水着だから良いじゃないか」

そう話しているとゲッソリしたツネノリが白と青のサーフパンツ姿でやってきた。


「父さん、これでいいよね?」

「ああ、似合っているぞ。お疲れさん」


「お兄様もお似合いですよ」

「ああ、ジョマも居たんだ。どうも」


この店はそのままプールに行けるので子供達はそのままプールに行かせる。


「お父さんは?」

「水着買わないの?」

「パスだ。中年太りが始まっているから勘弁してくれ」


「嘘つき」

「父さん、太っていないじゃないか」

「…千歳は知っているだろ?」


「まあね。お父さん泳ぎ苦手だからね」

「…あ!本当だ!川遊びも母さんとばかりでその日はツネジロウの事が多いかも!」


「ふふふ、それは良くないですよ勇者様」とジョマの声が聞こえた途端、俺の服は剥がされて水着姿になる。

それはツネノリと色違いのサーフパンツだった。


「ジョマ!」

「ジョマナイス!」

「父さん、諦めてきなよ。足着くから平気だよ」


その声に負けて俺は水に入る。


くそぅ、千明とも行ったことないし。

ルルにバレて笑われた事も思い出したぞ。


でかい水なんてものは風呂で十分だ。

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