飢えた銀狼⑪



 そして誰もいなくなった。

 寂しいくらいに静かになった浜辺で、俺は白砂と紺碧の海のコントラストを独り占めしている。

 少しだけ勢いの強い風が吹く度に、目に細かい砂が入るが、その煩わしさを共有できる相手はいない。


「みんなどこへ行った~、見送られることもなく~」


 俺はサビの部分しか思い出せない昔流行った曲を口ずさみ、これからどうするべきかを考える。

 レウミカと再会できたと思ったら大嫌い宣言をされ、ちょっとでもポイントを稼ごうとジャンヌタクシーを手配してあげたと思ったら家族喧嘩を招いてしまい、とりあえずレウミカパパと愉快なトークを交わしていたと思ったら突然の既読無視。

 おいおい。なんだこれは。

 スタートダッシュ失敗し過ぎてカオスになってるじゃないか。


「はぁ、レウミカパパはどこに消えたのかわからないし。一応俺もレウミカを追った方がいいのか? マイマイのやつ、余計なこと言ってないといいけど」


 明るくハキハキとした性格だが、変なところでコミュ障の片鱗を匂わせる我が第一メイドのことを思い出し、俺はやはり無理矢理でも引き留めておくべきだったかと後悔する。

 俺は現在相当混乱していて、精神的疲労が着実に溜まっているのだが、よく考えてみれば、より混乱していて精神的にも肉体的にも疲れているのはレウミカの方かもしれない。

 魔物がウロウロしている森の中に一人、どこの誰だか知らないが無責任な奴に置いてけぼりにされ、さらに突如目の前には欲望に塗れた顔をした変態が出現。

 その変態が人探しを手伝うと言ったくせに、連れて行かれた先に待っていたのは絶賛毛嫌い中の父親。

 可哀想に。

 ご愁傷様としか言いようがない。


「それにしても勘弁してくれよ。ただでさえ俺好感度低いのにな。ってあれ? そういえばレウミカは物心ついた頃から両親がいないとかなんとか言ってなかったか? 死別ってわけじゃなかったんだな。でもあんな可愛い娘を置いて、気ままな一人旅とは、けっ! イケメンさまは余裕ですなぁ!」


 あの男前を非難する要素が見つかったことで、俺は少しだけ気分がよくなる。

 きっとレウミカの母親のことだ。

 あのレイドルフとかいうハリウッド野郎も、さぞかし美人な奥さんと結婚したのだろう。

 ああ羨ましいな。

 ちょっと顔だけでも見てみたいな。俺も赤ちゃん欲しいな。

 でも母親の方はどこにいるんだろうか。


「まあ、それはどうでもいいか。今は他人の家庭事情に立ち入ってる場合じゃない。さて、それでこれからどうすればいいんだ? もう一度レウミカを転移魔法で運んであげた方がいいのかな? 娘からの強めの拒絶にショックを受けたお父さんは、どっかにまたトンズラこいちゃったし」


 辺りを見渡しても綺麗な水平線が広がっているだけで、やましいものは何も見えない。

 背後を軽く振り返ってみても、生物の気配がしない雑木林が鬱蒼と茂っているだけ。

 いつまでここにいても、誰かが俺の様子を心配して戻ってくることも多分ないだろう。

 

「そういえばロビーノは、俺にレウミカの友人になって欲しいって言ってたな。なんか懐かしい。あいつ、今頃何してんだろう。あの可愛いロリはまだ男嫌いなのかな。村長さんも相変わらずエロいんだろうなぁ」


 やけに遠くに感じる記憶をほじくってみるが、切ない気持ちになるだけでろくなことはなかった。

 もし、俺がこんな怪しい異邦人ではなく、最初からこちらの世界で生まれた一般人Aだったとしたら、俺は今頃どんな生活を送っていただろうか。

 いや、考えるだけ無駄なイフストーリーだな。

 俺はムト・ジャンヌダルク。

 それ以外の名は必要ない。

 

「うし。行くか!」


 暗い気持ちをブリブリっと振り払い、俺もレウミカを追うことにする。

 ネガティブになる理由はなんてないだろう? ほら見てみろよ。

 開放感溢れる海岸線。潮の風は実に爽快。思わず全裸になりたいくらいだ。


 ――うん? 全裸?


「いや。待てよ? そういえば俺はまだ儀式の途中だった。それにこのロケーション。見てる者は誰もいない」


 邪念を振り払うと、今度は雑念が俺に襲い掛かってくる。

 頭をよぎるのはレウミカの汗に濡れた立派な渓谷。

 うむ。これはよくない。

 こんな雑念まみれでは、レウミカにさらに迷惑をかけてしまいそうだ。

 ならば仕方がない。

 あまり急いで追いかけてもあれだろう。

 ほら。もしかしたら今レウミカをマイマイが慰めてて、セラピータイム中かもしれない。

 邪魔にならないように、時間をかけて彼女たちを追いかけよう。



「よし。とりあえずまあ、俺は一汗かいてからいきますか!」



 これは儀式だ。

 雑念を振り払う、神聖なる儀式なのだ。

 昂る精神を落ち着けた後で、レウミカの下へ行こうではないか。






――――――



『おい、レウミカ。お前、自分の親についてはどれくらい知ってんの?』


『え? また突然ね、クレスティーナ。……何も知らないわ。私は気づいた時には一人だった』


『ふーん。やっぱそうなのね。魔法や世界に関する知識はあるのに、やたらあたし達九賢人や、国際魔術連盟についての知識が疎いと思ったら、そういうことか』


『思わせぶりね。その言い方。私の両親について何か知っているの?』


『ああ、もちろん。あたしはお前の両親二人とも会った事あるよ。特に、お前の父親はあたしと同じ九賢人だからね』


『……それは本当に? 私の両親は生きているの?』


『うーん。どこまで話していいんかね。まあ少しくらいは教えてやってもいいかな。お前の父親の名はレイドルフ・リンカーン。そして母親の名はシーカ。あの二人は今――』





 ――ずいぶん遠くまで来てしまった。

 空を綺麗に移す大海の景色もいまや見えず、数分前まで私がいたダイダロスの森海ほどではないが、視界は鮮やかな翠に覆われている。


「私は一体何をやっているのかしらね」


 もうこれ以上大切なものを失わないようにするために、強くなるために修行をしていたはずなのに、何がどうして私はこんなところにいるのだろう。

 ムト・ジャンヌダルクとの再会にも驚いたけれど、まさか父と顔を合わせるはめになるとは思わなかった。

 独立した魔力は二つ感じる、ムトはそう言ったが、その内の二つの近い方でこんな場所に来てしまうなんて。

 まず最初に森の中に同じ波長の魔力を感じるか尋ねるべきだったかもしれないわね。


「父親……あの人は私のことを」


 レイドルフ・リンカーンという名の男に訊きたいことは山ほどあった。

 なぜ私を一人残して消えたのか。

 なにか事情があるならば、なぜそれを私に教えてくれなかったのか。

 なぜ一度も私に会いにきてくれなかったのか。

 そもそも私のことを、どう思っているのか。


「どうでもいいこと、今はそうなのかもしれない」


 私は頭上を仰ぐ。

 生い茂った木々の間からは、光が漏れているのが見える。

 家族、それは私にとって今更必要ないものだ。 

 今、私がするべきことは、ムトにもう一度頼み、クレスティーナの下へ戻ること。

 全て捨て、私は強さを求めることを決めたのだから。

 偶然にも、目標はすぐ傍にいる。



「あ、いましたね」

「……ごめんなさい。探させてしまったかしら」


 その時、枝を踏み折る乾いた音と共に、ほんの少しうわづった声が聞こえる。

 振り向いてみれば、独特な衣装に身を包んだ蒼い髪の少女の姿があった。


「いえ、別に探してなんかいませんよ。ただ、面倒そうな空気をご主人に押しつけて逃げてきただけですので」

「そう」


 ご主人、この少女はムトのことをそう呼ぶ。

 あれほど傑出した魔術師だ。

 世話係のような存在がいたとしても不思議ではないけれど、改めて彼の正体の謎が深まったような気がするわね。


「さっきの銀髪の人が、デカパイさんの家族、ってやつなんですか?」

「……ええ、そうよ。物心ついてから顔を合わせるのは初めてだけれどね。あと、私の名前はレウミカよ」


 少女は私に興味がないと思っていたが、意外にも質問をしてくる。

 どうも嫌われてしまっているのは間違いないようだけれど。


「へぇ、そうなんですか。私には家族ってやつがいないのでよくわかりませんが、せっかく会えたのに嬉しくないんですか?」

「嬉しい、とは言えないわね。距離も時間も、私たちは空きすぎた」

「ふーん。そんなもんなんですか」


 黒い瞳に少しだけ影が混じるが、その感情が何か私が窺い知ることは出来ない。

 私はもう一人でいい。

 あの人だって今更、私と何か関係を持ちたいとも思っていないだろう。


「家族っていっても、そんなもんなんですね。まあ、私にも一応、生みの親がいますけど、たしかにできればその事実は認めたくないものですしね。そういえば、ご主人にも家族っているんですかね?」

「え? ムトに? さあ、私は知らないわ。あの人のことは、ほとんど何も知らない」

「そうですか。意外に結構謎なんですよね、ご主人」


 最初からまともな返答は期待していなかったのか、少女は一人思案気な顔だ。

 どうやら彼女も、ムトについてあまり多くを知らないらしい。

 一体彼とどういう関係なのか少しだけ気になり、私は試しに訊いてみようとする――、



「危ないっ!」



 ――が、突如少女が私を思い切り突き飛ばすのと同時に、その機会は蒼い炎に燃やし尽くされる。



「ニオウ……ニオウ……」



 思わずつぶってしまった瞼をこじ開ける。

 すると呼吸をするのさえ苦しい熱気の中、ヘドロのような魔力が周囲を満たしていることに気づいた。

 瞳の奥で蒼白く燃え盛る炎の向こう側。

 そこで朧に見える黒い影。

 間一髪私を救ってくれた少女は、隣りで顔を歪めている。


「ちょっと、いきなり何なんですか。勘弁して下さいよ。ご主人がくれた私の一張羅が焦げちゃったじゃないですか!」

「あれは……一体!?」


 ドクン、ドクンと鼓動が激しく脈打つ。

 全身が危機を伝えている。

 間違いない。

 あそこにいるのは、この世には存在してはならないものだ。


「ニオウ……ニオウ……」


 瞳のない怪物が、炎の向こう側からゆっくりとこちらに近づいてくる。

 露わになる異形の姿。

 肌の爛れた身体から骨が所々剝き出しになっていて、真っ赤な口腔が引きつった笑みをつくりだしていた。

 一目で理解できる危険さ。

 正真正銘の化け物。

 感じたことのない恐怖が全身を駆け巡る。



「ニオウ」

「え――」



 ――ヌチャ、そんな音が耳元で聞こえたと思った瞬間、隣りにいたはずの少女の姿が掻き消える。

 次いで響く、木々が派手に薙ぎ倒される音。

 そして私の真横にある瞳のない顔が、ニヤリと笑った。


「オマエ、ニオウ」


 いつソレが私たちとの距離をつめたのか、いつソレが少女を殴り飛ばしたのか、何もわからないまま。

 何一つ現状を理解できないまま蒼い炎を纏った拳が私に届く――、



「俺の娘に手を出すなぁぁっっっ!!!!!」



 ――その一寸前、ふいに白銀の剣閃がそれを受け止めて見せる。

  

「レウミカ、離れてろっ! 斬風一閃ざんぷういっせん!」


 焦りを隠せていない激しい声。

 見たことのある風の刃が、怪物の上半身を斬り飛ばす。

 気づけば私の前に立ち塞がる大きな背中。

 銀髪の男が、必死の形相で、蒼い炎を睨みつけていた。


「ど、どうしてここに……? そもそもアレは一体――」

「説明は後だっ! 俺にも転移魔法が使えるが、俺のは自分にしか効果をなさないっ! レウミカ! お前はあのムトとかいう奴のところに行って、ここからできるだけ遠くに逃げろっ! こいつの狙いは俺だっ!」

「でも、貴方はアレに勝てるの……?」

「いいから早く行けっ!」


 さっきほど見たときとはまるで違う、鬼のような形相でレイドルフは叫ぶ。

 クレスティーナと同じ九賢人という魔術師の最高位者。

 この人も私とは比べようもないほど強いのだろう。

 しかし、それでも私は――、



「ミィツケタァァァ」



 ――斬り消された上半身を一瞬の間に再生させたソレに、人間が敵うとは到底思えなかった。

 

「早く行けぇっっ!!!」

「……っ!」


 蒼い業火が爆発する。

 それに対しレイドルフも、真紅の焔壁を瞬時に創造し対抗。

 だがそれがいつまで持つのか分からない。

 私はわけもわからぬまま走り出した。




「ムトっ! ムト・ジャンヌダルクっ!」


 私は探し人の名を気づけば叫んでいる。

 もつれる足を無理矢理動かし、私は狂ったように走る。

 また私のせいで誰かが傷つくのか。

 

 また私の弱さのせいで――、



「おやおや、この私をお探しですか?」



 ――その時、死の熱気に渦巻くこの場に似合わない声が聞こえる。


「え? 君は……」

「なんだか知らない間に、また問題がおこったようですねぇ。君は会うたび何かに襲われている」


 いつからそこにいたのか。

 異様に落ち着いた雰囲気で、状況を見やる一人の青年。 

 ムト・ジャンヌダルク。

 私が目標とした黒髪の青年がすぐ傍にいた。


「う~ん。あれは凄く気持ち悪いというか、怖い感じの化け物ですねぇ。正直私、失禁しそうですよ。はっはっは」


 普段とは若干違う奇妙な喋り方だが、この状況でもムトは冷静さを保っている。

 少しだけ笑みを浮かべるほどの余裕。

 憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情。

 私は確信する。

 この人はこの場から逃げ出すという選択肢を選ばない。


「私今ちょっと疲れてますし、今回は私には荷が重そうですねぇ。不本意ですが仕方ない。選手交代です」


 異様な雰囲気を全身から醸し出すムトに、私は言葉を失ったまま。

 静かな魔力の変化を、彼の隣りで見守るだけ。


「《魔力纏繞》。さあ、好感度稼ぎの時間です。あの怪物を消し炭に変えてしまいなさい!」


 妙な口調のまま、ムトは瞳を閉じる。

 そして変貌は突然で、しかし纏う魔力に一切の乱れはない。



「叶えよう」



 ゆっくりと開かれる瞼。

 真っ直ぐに不死の怪物へ注がれた瞳は、私が彼に憧れたあの日と同じように、綺麗な黄金色をしていた。




――――




 雲一つない快晴の下で、彼女は唄を歌っていた。

 様々な色の花で溢れた花園に胡座をかいて、楽器を弾き歌う。

 

 唄は切ない音色香るバラード。


 声はどこまでも透き通り、歌に乗せて頭を揺らす度に彼女の周囲がカラフルに色づく。

 小鳥さえもその音色に耳を澄まし、華やかな調律は風を潤す。

 彼女は歌姫、そう呼ばれていた。



「おい歌姫、こんなとこにいやがったんですか。結構探したんですけど。今日は会合の日だって言っておきましたよな?」



 そんな歌姫を呼ぶ乱雑な声。

 彼女がその声にゆっくりとした動きで、顔だけを振り返らせる。


「ああ、フューネラル。どうしたの?」

「いやどうしたのじゃねぇから。いま要件言ったから」


 彼女の瞳に映ったは、人間ではなかった。

 頭部からは二本の猛々しい角が生え、細く黒い尾が臀部からは伸びている。

 

 ――悪魔。


 蛇のように鋭角な瞳孔は血の如き紅。

 髪は毒々しい青。

 爪と牙は一級品の刀剣に勝る切れ味が窺い知れる。

 悪魔侯爵フューネラル。

 魔物の中でも最上位の存在、それが歌姫に声をかけたモノの正体だった。


「だいたい今日の主役はお前さんだろ? お前さんががある場所を見つけたっていうから俺たち全員が集まったんでしょうが」

「ああ、そういえばそうだったね」


 彼女の手の甲へ小鳥が一羽止まる。その褐色の小鳥を優しく撫でると、嬉しそうに鳴いた。

 小鳥の囀りに合わせて彼女は口笛を吹き、楽器を跳ねるように鳴らしてみせる。

 瞳は閉じ、五感のうち聴覚と触覚と嗅覚だけで、生を謳歌する。

 

「命は素晴らしい」


 彼女はうっとりとした声で、言葉を空に届かせる。

 音色に継ぎ目はなく、楽器を弾く手が止まる気配はまるでなかった。


「あの、お楽しみのところ悪いんですがね。だからさっさとお前さんを会合に連れて行かないといけないんですよ。もうすでにスーイサイドが拗ね始めてんだから。あいつがヘソ曲げたらお前さんに説得してもらうかんな」

「スーイサイド……そっか。今日は彼も来てくれたんだ。じゃあ早く行かないとね」

「いやいや、じゃあじゃねぇから。お前さんが今回の会合を開いたんだかんな? マジ頼むぜおい」


 彼女が瞳を開けると、小鳥が飛びっていく。

 それを名残惜しそうにしばらく眺めていたが、やがて一つ深呼吸をすると立ち上がった。


「それにしても大丈夫なんだろうな? お前さんが今回得た情報ってのは確かなんですよねぇ?」

「うーん、どうだろう。多分大丈夫だと思うけど」

「おいおいマジか。多分っておい。元々俺たち悪魔は群れることを嫌う生き物なんだ。ガセネタだったら困るなんてものじゃすまされねぇんだぞ?」

「あはは。大丈夫大丈夫。なんとなくこの情報は本物な気がするんだ」


 凶悪な外見をしたフューネラルが狼狽える様子がどこか面白く感じ、彼女はくつくつと笑う。

 それに恥ずかしさを覚えたフューネラルは、怒り混じりに忠言を続けた。


「なんとなくじゃ困るんですよ! 本当に“やみ三王さんおう”を復活させられるんでしょうねぇ!?」

「復活の保証はできないよ。私はあくまで復活のための鍵がある場所を教えてもらったってだけ」

「はぁ、マジ不安だぜ」


 色素を失った純白の髪を指でくるくるとさせる彼女を見て、フューネラルは頭痛を覚える。

 だがもう選択肢は彼女を連れて行くこと以外には存在しない。

 胃に穴が空く感覚の中、諦めたように先を歩き出した歌姫の後に彼も続いた。


「でも楽しみだな。私、悲しい唄はあんまり好きじゃなかったから」

「で、ちなみに鍵はどこにあるんですか?」

「うーんとね……たしか、オリュンポス島? とかいうところ」

「へぇ、知らね。どこだそれ」

「えー、フューネラルが訊いてきたのに」


 毛先が肩に届くかどうかという長さの白髪を風に揺らしながら歩く彼女は、フューネラルの背丈の半分程度の身長しかない。

 だがこれは彼女が小柄なのではなく、青髪の悪魔が大き過ぎるだけだ。


「そんで、どうやってその情報を手に入れたんだですか?」

「なんかこの前、森で歌ってたら、髪の長い人間が突然現れて、それで、なんか教えてくれた」

「は? 人間? この大陸に人間なんているわけねぇだろ?」

「えー、そんなこと言われても。まあ、本当に人間かどうかはわかんないけど」


 フューネラルは露骨に嫌そうな表情をつくるが、彼女は全くそれを気にする素振りを見せない。

 花園から出ても、二人の会話は続く。


「まあいい、百歩譲ってその人間がここに来れたとしよう。そんでなんで、そいつはお前さんに鍵の在り方を教えてくれたんだよ」

「さあ? わかんない。いきなり、歌上手いねー、って言われて、そういえば君の探し物はオリュンポス島にあるよー、って言われて、次の瞬間にはその人消えちゃったから」

「はあああっ!? なんだそりゃ!? めちゃくちゃ怪しいじゃねぇか!! それ会合で話すのかよ! 幻覚でも見てたんじゃねぇんですか?」

「えー、ひどいなぁ。そんなことないよ。あ、そうだ! この楽器はその人が消える前にくれたんだった。これで幻覚じゃないっていう証拠になるでしょ?」

「そこの証拠はいらねぇよ……」


 フューネラルは段々と会合会場にむかうのがおっくうになっていたが、今更それは叶わず、むしろそんなことをすれば、余計に面倒なことになるとはっきりと自覚していた。


「ったく何者だよ。その人間」

「えーとね、たしか名前はジロウとか言ってたかな。ちなみにこの楽器はギターっていうんだって」

「絶対偽名だろ、それ」


 彼女は歩きながら、また唄を奏で始める。

 唄は風に溶け込み、海のさざ波を想わせる悲哀に暮れたバラード。

 フューネラルも今度はそれを遮ろうとはしなかった。



「ああ、早く、希望の唄が歌いたいな。もう悲しい唄は歌い飽きちゃったよ」



 歌姫は歌う。

 どこまでも美しい歌声で。


 彼女は夢を見る。

 黄金の瞳を天に向けて。



 白髪の乙女が待ち望む時代は、もうすぐそこまで迫ってきていた。




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