No.16 サンクス・ラブリークイーン
「ご、ごほんっ! それで? なんであんたがこんなところにいるのよ。しかもそんな紋章まで胸につけちゃって」
わざとらしい咳払いを一つすると、レミは仕切り直しと言わんばかりに腕を組み上げる。
すると元々立派だった二つの果実が腕の上に乗り、三年間での成長をことさら強く主張してきた。
「大きくなったねぇ、レミ」
「そんなに変わってないでしょ。いいからあんたがここにいる理由を答えて」
詰問してくるレミを見て俺は迷う。
当然のことながらレミには俺の正体がバレている。
どういういきさつで彼女が革命軍の幹部なんかになっているのかは不明だが、下手な嘘をついても無意味かもしれない。
ここはある程度まで正直に話して、味方についてくれるよう頼みこんでみようか。
「……実は俺、革命軍の総指揮官に会いたくて。それでとりあえず革命軍の新人として振る舞ってるんだ」
「総指揮官? ヴィツェルに会いたいの? なんで?」
「え!? あ、えーと、詳しい事情はちょっと……」
「ふーん、まあ、あんたのことだから悪いことは考えてないと思うし、詳細は訊かないけど。でも、なるほどね」
レミの純粋な信頼が心に突き刺さる。
もう革命軍の総指揮官の剣をかっぱらおうと思ってますなどとは、口が裂けても言えそうにない。
「たしかにヴィツェルを探してるなら、革命軍に潜り込むのは一つの手だと思うわ。あの人は本当に信用のおける相手としか会おうとはしないから」
「やっぱりそうなんだ。だけどレミは会ったことあるんだよね?」
「私は一応革命軍東部遊撃部隊の指揮官だからね。当然会ったことはあるわ」
やはり幹部級の人間はヴィツェルと直接話をしたことがあるようだ。
だがこの口振りを見る限り、レミでさえそう頻繁には会っていない様子を感じる。
「俺が会うにはどうしたらいいと思う?」
「そうね。一番手っ取り早いのは、革命軍として大きな手柄を立てることかな。でも今のあんたはそれ以前の問題を抱えてるわよ。自分で気づいてる?」
「それ以前の問題? どういう意味?」
「やっぱり気づいてないんだ。そういうところが抜けてるのも変わらないのね」
やれやれといった様子でレミは首を振る。
かなり呆れた表情をされている。それほど致命的な問題を俺は抱えているのだろうか。
リックマンの話では俺は優れた期待のルーキーのはずなのに。
「あんたが胸に付けてるその紋章、誰から貰った?」
「ロイスっていう、なんか不潔っぽいオッサンから」
「不潔言うな。ロイスのところに配属される新人はね、全員“問題アリ”と判断された要注意人物だけなのよ」
「え? そうなの? 期待のルーキーだって言われたんだけど?」
「そんなの方便に決まってるでしょ。その紋章は要注意人物の証。私たちが最初にあんた達を敵とみなしたのはそれが理由よ」
なんということだろう。
ロイスが金欠に陥ったせいでパチもんを掴まされたのかと思ったら、そうではなく初めから俺たちは騙されていたようだ。
信じられない。親友だと思っていたのに。
というか俺ってそんな初期から疑われていたのか。
なぜだろう。心当たりがまるでない。
「嘘だろ。完全に革命軍に溶け込んでたと思ってたのに。どうしてバレたんだろう?」
「まあ、あんた基本的に不審者だしね。それでロイスは? 一緒にいたはずでしょ?」
「ロイスはレミたちに襲われる一秒くらい前まではいたんだけど、いきなり消えたんだよ」
「そうなの? ……ああ、そっか。ロイスの存在は私たち幹部以上しか知らないんだっけ。だから姿を一旦隠したのね」
さらっと酷い暴言を吐かれた気がするが、それは努めて無視して会話を続ける。
いくら問題児扱いされているとはいえ、部下を置き去りにして一人逃げたあいつは今どこにいるのだろう。
「まあそのうちロイスも私に接触してくるでしょ。それまではとりあえずムトも、私たちの隠れ家にいたらいいと思うわ」
「接触っ!?」
「なんでそこに反応してるのよ! そ、そういう意味じゃないからね!」
これは失敬。少し要らぬ驚愕をしてしまったようだ。
だがそんな卑猥な想像を駆り立てる単語を、俺の前で不用意に使用する側にも問題があるはずだ。
「でも大丈夫? 怪しまれてる俺たちを匿ったらレミに不都合なんじゃない?」
「そこら辺は適当に誤魔化しとくわ。それにもしもの時はあんたに脅されたって言うから大丈夫」
「ちょっ!? 全然大丈夫じゃないっ!?」
慌てる俺を見て、レミは何が楽しいのかクスクスと笑う。
なんてサディスティックなお姫様だろうか。
いや、そういえばすでに女王様になったことがあるんだったか。
「それじゃあそろそろ私たちも行きましょう。あんまり遅くなると不審がられる」
周囲の気配を一度探ると、レミは鬱蒼とした木々の中へ進んでいく。
俺も置いて行かれないように必死でついていった。
「レミはなんで革命軍に?」
「……そうね。行く場所がなかったっていうのが、一番かな。そんなに複雑な理由じゃないわよ」
レミの言う隠れ家につくまで道中、せっかくなのでお喋りを楽しむことにする。
俺は中々に口下手な人間だったが、レミとは相性がいいのか、不思議と彼女とは話しやすかった。
「あとは単純にエルフ人がムカつくから。私たちのこと亜人とか呼んでさ。なんかムカつかない?」
「あ、本当に複雑な理由じゃないね」
聞けば法国クレスマを出たあと、行く場所に困ったレミはなんとなくボーバート大陸に向かい、そこで出会ったエルフの民に憤りを感じ、そして革命軍に入ったらしい。
なんともレミらしいシンプルな理由だ。
それほど単純な動機で革命軍幹部まで上り詰めてしまうのだから末怖ろしい。
「そっちはこの三年間なにしてたの? 闇の三王を一人で倒したって聞いてから、大きな噂は全然聞かなかったけど?」
「特に何もしてないよ。あっちに行ったり、こっちに行ったり、ホグワイツ大陸中を自由気ままに旅してた」
「ふーん、そうなんだ。なんだかそっちは楽しそうね」
「じゃあレミも一緒に来る? ヴィツェルに会ったら、俺はまた旅に戻る予定だけど」
「え? ……それは結構魅力的な提案だけど、単純な理由とはいえ、一度乗りかかった船だからね。エルフとの戦いが一息つくまではこっちに残るわ」
自然過ぎて下心を完全にカモフラージュしたナンパ行為をしてみたが、あっさりとそれは拒絶される。
いつになってもモテない男だ。
しかしいいのだ。今の俺にはピピがいる。こんな風に隙あらばナンパをする日々もあと少しで終わる。
「でもあんたと一緒に旅かぁ……」
レミは顔を少し上向きにしながら、ぼんやりとした声を出す。
黙られてしまうと暇なので、俺はその綺麗な横顔を軽く股間に手を添えながら眺めていた。
「……悪くない、かもね」
「え?」
「きゃっ!? い、いま私何か言ってた!?」
「悪くないかもって」
「ち、違うし! 言ってないから! それ心の声だから!」
ぼそっと呟いた言葉に反応すると、レミはなぜか顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振り回す。
身体を激しく動かし過ぎて、両の胸が暴れまわっている。
レミが落ち着いてくれないと俺が落ち着けない。
「まったく。あんたといると本当に調子が狂うわ」
「ご、ごめんなさい」
「反省して」
「ごめんなさい」
なぜ俺が謝っているのかわからない。
でもレミは紅潮した顔でにんまりと笑っているので、これでいいのだろう。
さすが女王様。サディスティックな気性の持ち主だ。
俺がドのつくマゾヒストで本当によかった。
「だけどいいタイミングであんたが来てくれたわ」
「ん? どういう意味?」
「実は今、エルフ軍に結構押され気味だったんだけど、隠れた思惑があるとはいえ、あんたが味方に入ってくれるならまず負けはなくなるから」
「えー、そんなに期待されてもな」
「なに言ってんのよ。あんたがその気になれば、軍の一つや二つ潰すのに一秒も要らないでしょ」
顔の赤らみが収まってくると、レミはまた話し始める。
軍の一つや二つ潰すのに秒単位の時間で済む。
とっさに首を横に振りたくなるが、ジャンヌパイセンの力を考えると否定は難しかった。
「……で、でも、エルフ軍に押されてるんだ。やっぱり強いの?」
「数日前までは私たちが優勢だったんだけど、なんか急に向こうの兵士の動きがよくなったのよね。それに加えて、私はまだ直接見てないけど、なんか異常に強い兵士が紛れ込みだしたらしいのよ」
「異常に強い兵士? 向こうの指揮官じゃなくて?」
「あっちの指揮官は大して強くないわ。そうじゃなくて、なんていうのかな、“魔法使い”が混じってるって感じ」
魔法使い。
この世界でそう呼ばれる人たちは、言葉通り単に魔法が使えるという意味ではない。
それはつまり常人を遥かに超えた、圧倒的ともいえる魔法を行使できる者のことだ。
数日前に突然現れた正体不明の魔法使い。
なんだか嫌な予感がしてきた。
「たぶん援軍だと思うけど、軍勢が増えたって感じじゃないから、少数精鋭で優秀なのを送り込んできたんでしょうね。……まあ残念ながら、私たちには英雄級の援軍が来たわけだけど」
「だからそんなに期待しないでって。凄いプレッシャーを感じる」
「なにがプレッシャーよ。だいたいあんたは大きな手柄を立てなきゃヴィツェルに会えないのよ? わかってんの?」
「……そうでした」
押し込まれ気味の紛争の最前線に送り込まれるのを嫌がっていたが、よく考えればこれはチャンスだ。
劣勢の革命軍に彗星の如く現れた謎のルーキー、ムト・ニャンニャン。
うまいこといけば俺の疑いを晴らすだけでなく、一気に総指揮官のところまでいけるかもしれない。
やはり今の俺はツイている。ここ最近の幸運は本物のようだ。
「隠れ家についたら、明日行う予定の襲撃の作戦会議にあんたも参加してもらうわ。本当はあんた一人突っ込ませて終わらせたいところだけど、目立ち過ぎるのも駄目なんでしょ?」
「さすがレミ。俺のことをよくわかってる。俺たちって血繋がってたっけ?」
「繋がってないわよ。今のところあんたにはエルフ軍の指揮官の首を取る役割をやってもらうつもり。指揮官の顔はわれてるから、後で伝えるわ」
「そんな大役俺みたいな要注意人物に任せていいの?」
「一番死ぬ確率の高い役目だから。むしろあんたみたいな超不審人物の方が適任よ」
酷い言われようだ。
しかしこれはきっとレミなりの愛情表現なのだ。きっとそうだ。そうに決まってる。
俺はとりあえず可愛らしいお姫様、改め女王様に感謝を捧げるだけでいい。
「そろそろ着くわ。ここから先は大人しくしていて。一応あんたと私は面識がないことになってるから。二人っきりの時以外は、そういう心づもりでいてね」
「おっけー。わかった」
ふと獣道がひらけ、薄暗い洞穴のようなものが見えてくる。
入り口は大きく、内側では松明が焚かれていた。
見張りらしき兵士が二人ほどいて、両方から鋭い視線が向けられとても居心地が悪い。
「無事でしたか指揮官! こちら異常はありません!」
「ご苦労様。二人と一匹はどうしてる?」
「はっ! 連れてきた“観察対象者”は両者とも特に目立った動きはしていません!」
「わかった。報告ありがとう」
「いえ!」
軽い挨拶のようなやりとりをした後、真っ直ぐ洞穴の中に入っていく。
どうもレミは中々に部下から信頼されているようだ。
美人が特をしているというよりは、人格、実力そのものが評価されている雰囲気だ。
「……なんか凄い見られてるんだけど」
「黙って歩きなさい。……あんたはさっき私の魔法を完璧に防いで見せたから、それでことさら警戒されてるのよ」
言葉の後半は俺にだけ聞こえるよう小声でレミはそう言う。
たしかにこの場にいる革命軍の中でトップクラスの力を持つレミの攻撃から耐えきれるのだ、俺を必要以上に敵視するのは当然ともいえる。
しかし、こんな状態で大丈夫なのだろうか。
レミは当たり前のように俺をエルフ軍との戦いで味方として使うつもりだが、彼女以外の者たちがそれに納得するのかすこぶる不安だ。
少しでも気を抜けば背後から刺されそうで心が落ち着かない。
「大丈夫よ。私を信じて」
不安が顔に出ていたのか、レミが耳元でそう呟く。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、少し、というよりかなりドキリとしてしまう。
まったく彼女持ち(仮)の男を誘惑するとは、困った女王様だ。自分の魅力に気づかず、無自覚に異性を惚れさせるタイプだ。
でも案外、こういうタイプの女性がダメ男に引っかかったりするんだよな。世の中不思議なものだよ本当に。
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