No.12 アンサー・ポーカー
(まさかこいつが生き残るとはな)
無愛想な店員が運んできた発泡酒を受け取ると、ロイスはそれを一口で半分ほど飲み干す。
炭酸が舌の上で弾け、深い苦味が口の中に広がっていく。
悪くない。
ロイスはグラスをテーブルに戻すと、口元を手の甲で拭った。
「どうだった、死招きの祠は。楽しかったか?」
「あ、えーと、そうですね。楽しいといえば楽しかったような、楽しくなかったといえば楽しくなかったような……」
「そうか」
ロイスと対面に座るようして藍色の液体を飲むのが、彼にムト・ニャンニャンと名乗った青年だった。
落ち着きがなく、視線は所在なさげに忙しなくうろうろとしている。
あらためて観察してみても、平凡な青年だった。
あえて特徴的なところを探せば、両目の瞳が同系統色でこそあるが、微かに差異があるように見てとれることくらいだ。
「お前、魔法がある程度使えるみたいだが、どこまで使える?」
「え? あの、すいません。どこまでというのは……?」
「階級と属性だ。中級までなのか、上級までなのか。氷属性が使えるってことは風属性と水属性が使えるはずだが、他にも使える属性があるのか。そういうことを聞いてる」
「あ、なるほど。そうですね、えーと、だいたい、全部使えると思うんですが、どうなんでしょうね。ははは」
「なに笑ってんだ?」
「ひぃっ、ご、ごめんなさい!」
返された言葉は、まるで答えになっていない。
ロイスのムトに対する印象が、初対面のものから少しづつ修正されていく。
氷属性を代表とする派生属性、または合成属性と呼ばれる種類の魔法は最低でも二種類の属性を上級程度までは使いこなせないと発動することができないものだ。
実際に発動させるところを見たわけではないが、本人、さらに他の者たちの話からムトが本当に氷属性を使えるほど魔法に長けた存在だということは確かだった。
相変わらずだらしないほど油断しきった普段の動きから戦闘経験に乏しいことは間違いないが、能力的には平凡から逸脱しているらしい。
(凄まじい可能性を秘めた原石、ということなのか? ほとんどの場合、高い魔法能力を持つ者はイコール高い戦闘能力を持つが、例外もいる。こいつがその例外?)
知らない間に落ち込んだ表情に染まっているムトは、静かに藍色が美しい酒をちびちびと飲み続けている。
なぜ気分が沈んでいるのかロイスにはわからなかったが、さほど興味もなかった。
「おい、ムト」
「はいぃ! な、なんでしょうっ!」
「お前はうちの総指揮官のファンだとか抜かしていたな。どういう意味だ?」
「どういう意味と言われましても、そのままの意味だとしか」
「なんで総指揮官に出会ったこともないのに、わざわざ革命軍に入ることを志望するほどの憧憬を抱く?」
「そ、それは、革命軍のご活躍を、かながね小耳に挟んでいまして、そこでうわぁ、革命軍凄いなぁ、みたいな……」
「嘘をつけ。お前はこの大陸の人間じゃない。それにそもそもこの大陸で革命軍は特別好意的に受け取られている存在でもないしな」
「え、そうなんですか?」
「そんなことも知らないのか」
本当に初めて聞いたかのような顔で、ムトは大口を開ける。
ロイスは酔いが回ってきたわけでもないのに頭が痛かった。
こうして直接言葉を交わし合ってもまるで理解できない。
むしろムト・ニャンニャンという人間が余計によくわからなくなってきていた。
(こいつ革命軍のことをまったく知らないな。エルフ軍の密偵かとも思ったが、ここまで下調べをしない間抜けを送ってくるほど奴らも落ちぶれちゃいない。もしかして適当に理由をでっちあげて、本当にただ興味本位で革命軍に入ってきたんじゃないかこいつ? 魔法的才能のある奴は、俺の知る限り頭のオカシイ奴ばかりだからな。きっとこいつも頭がオカシイただの変人なんだろう)
あまりに理解が困難なので、ロイスはムトを規格外の奇人扱いすることで自らの平静を保つ。
常人とはかけ離れた思考回路を持つ人間のことをいくら推論しても無駄だろう。
ロイスは発泡酒の残りを飲み干すと、店員を呼びつけ追加の酒を頼んだ。
「まあそれはいい。祠の中で他の二人の様子はどんな感じだった?」
「ピピとクアリラのことですか?」
「そうだ」
追加注文した酒が届くと、ロイスは質問の方向性を変える。
もはやムト本人よりも、残りの二人についての情報を集める方が有意義に思えたからだ。
「クアリラは別に普段と変わりなかったですね。あとピピもいつも通り可愛かったです。泥に塗れた姿が若干セクシーに感じたことがないといえば嘘になりますけど」
「は? いや、そんなことは訊いてない。何体か魔物と遭遇したはずだろ? その時の戦いぶりを訊いてるんだ。なにを言ってるんだお前は?」
「あ、す、すいません! ……戦いぶりは、そうですね、なんかクアリラは銀を魔法で創り出していたような気がしないでもないですけど、ピピが魔法が使っているところは見てないです」
「そうか」
記憶を絞り出すようにムトは語る。
表情を見る限り嘘はなさそうだ。
そもそもムトが虚偽の報告をする理由も思いつかなった。
(ピピは魔法を一回も使っていない、か。こいつもいくら魔法が得意だろうと命の奪いあいには役に立たないはずだ。つまりはほとんどクアリラが闘いは受け持ったということか。たしかに祠から出てきて一番衣服の汚れが目立っていたのはクアリラだったな)
ロイスは自らの想像通りクアリラの戦闘能力が高いことを確信し、顎の無精髭を撫でる。
もしかしたら過小評価してすらいるかもしれない。能力に関しては上方修正しておこう。
クアリラに関するの評価を良い方向に変化させながら、ロイスは中身の残っているグラスの縁をリズミカルに叩く。
「銀を創り出す魔法と言ったな。詳しく話せ」
「あ、そのなんか、ナイフの形とか盾の形をした銀を空中にポンって創り出してたんで、たぶん魔法で間違いないです。あと銀って言ったのは、ラーがそう言ってました。俺は最初鉄かと思ったんですけど」
「銀、か」
ロイスは記憶を辿る。銀の生成。
まず間違いなく地属性魔法の
有名どころでいえば、ホグワイツ大陸で“黄金の四番目”と呼ばれるビル・ザッカルド・ヒトラーという魔法使いがこの手の魔法を得意としている。
九賢人はボーバート大陸では誰もが知っていると言えるほどではないが、エルフ出身の黄金の四番目とドワーフ出身の“福音の七番目”に関しては例外的に名が知られていた。
「そうか。お前がクアリラに対して知ってることはそのくらいか?」
「そうですね。……俺が言うのもなんですけど、クアリラってなに考えてるんでしょうね? なんやかんや結構謎っていうか」
「本当にお前が言うのもなんだな」
「す、すいません」
ロイスにとってクアリラはムトに比べれば、ずいぶんとシンプルでわかりやすい存在だった。
他者に徹底して隙を見せない、それでいて自然体とすらいえる警戒態勢。自分以外の誰もを信頼しない生活が当たり前となっている。
それは完全に闇社会で生きてきた人間の特徴だった。
軍とはまた別の組織、それか軍だとしてもロイスと同じように諜報を専門職とした場所にいた経験がある。
ロイスはクアリラというホビット人の少女の人物像に関しては、それなりに固まりつつあると思っていた。
「クアリラはもういい。……ピピについてはどう思っている?」
「えぇっ!? ピ、ピピピピピピですかぁっ!?」
「いや違う。ピピだ」
ピピに関する話題を振ると、ムトの様相が一変し、ロイスは不思議に片眉を曲げる。
ピピというクレスマ人の女は、はっきりいって違和感の塊だ。
だがその異質さは一見カモフラージュされていて、ピピにある程度特別な注目をしなければその異質さには気づけない。
それこそロイスやリックマンなど、始めから疑念を持って接するか、そもそも観察眼に優れていて察知能力が高くなければわからないはずだった。
それにも関わらず、そういった方面で無頓着で無能そうに思えるムトが反応を示したので、ロイスは不思議に思ったのだ。
「どうした。ピピについてなにか特別に思うことがあるのか?」
「ひぃっ!? と、特別な思いですか? ……いや、驚きました。まさかロイスさんに気づかれるなんて。少し恥ずかしいですけど、たぶんご推察通りですよ」
「なに?」
ロイスの含みを持たせた言葉に、意外にもムトは白状でもするかの如く肩をゆっくり上下させた。
するとムトの表情がこれまでとは違った鋭く真剣なものに変化し、ロイスはさらなる衝撃を受ける。
(なにがご推察通りなんだ? こいつはいったい何に気づいたってんだ?)
ムトは全てを見透かされたかのような態度で、恥ずかしいという言葉通り鼻の頭を紅くしている。
しかしロイスにはわからない。
突如真面目な眼差しを見せ、鬼気迫る迫力を纏い出したムトがなにを見透かされたと思っているのか、なにを恥ずかしがっているのか把握しきれていなかった。
「でも俺は本気なんです。そしてあの洞窟の中で確信しました。ピピもまた、本気なんじゃないかなって」
「……洞窟の中で?」
ピピの得体の知れない執念の正体を、ムトは死招きの祠の中で探り当てたというのだろうか。
では自分も本気なのだという言葉の意味はいったい何か。
ムトは話が通じ合っている前提で喋っている。
ロイスはここで余計なことは口にしないようにし、通じ合っている前提が勘違いであることを悟られないように話を続けるのがベストだと判断した。
「……彼女も本気なんだな?」
「はい。俺も自分自身、まだ信じられない気持ちもありますが、間違いないと思います」
「……お前も、本気なんだよな?」
「はい。もう見抜かれているようなので正直に全て白状してしまえば、もう今の俺はピピのためにここにいると言っても過言ではないです」
真っ直ぐとロイスの目を見据えて、ムトが熱い言葉を吐く。
その突如あふれ出した熱量の由来がいまだ判別できていなかったが、それも一旦酒を煽ることで解消させる。
「……そうか。わかった。ならこれで個人面談は終わりだ。俺は少し一人で考えたいことがあるから先に店を出るぞ」
「わかりました。今日はありがとうございました。……ロイスさん、心配は要りませんよ。俺を信じてください」
「……ああ、心配なんてしていないさ」
信じてもいないがな。
その言葉を胸の中で留めたまま、ロイスは自らが飲んだ分の代金だけを残して店を出る。
満天の空で輝く二つの月を見るのは、実に久し振りに感じた。
夜風は涼し過ぎるほどで、両手を服の中にしまい込んであてもなく道なりに歩いて行く。
(あいつはピピのなにを知ったんだ? 革命軍にいる理由がピピになっただと? そしてあいつのなにを信じろって?)
ふと足を止め、湿原帯とは違い晴れやかな夜空を見上げる。
混迷していた思考がゆっくりと透き通っていく感覚を抱きながら、ロイスは迷路の出口までの道のりが微かに見えた気がした。
(……ちっ、さっぱり酔えやしなかったな)
そして結局ロイスがこの日寝床についたのは月が沈み始め、朝日が昇り始める頃だった。
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