No.9 ビギニング・オブ・グレイトジャーニー
憂いの拝殿とやらを探す旅路の同行を決意した俺は、一旦ホグワイツ城から離れ城下町をぶらぶらと歩いていた。
目的は早くも明日に迫った出発に備えた買い出し。
これまでは自由気ままな一人旅だったため必要最低限の物しか持ち合わせずにいたが、今回の旅はそうもいかない。
たとえば食糧に関していえば俺には無限の魔力があるため問題ないが、イルシャラウィはそうもいかないだろう。
最悪の場合魔法で食べ物を創り出すことも可能だが、半年程前まで一緒に旅をしていたとある
俺個人としては中々の味だと自負していても、さすがにそこまで評判の悪い食事を一国の姫に提供するのは躊躇われた。
そう考えるとやはりまずは食糧の確保だな。何日分必要かはよくわからないが、とりあえず買えるだけ買い込んでおこう。
ガイザスから渡された支度金がしっかり腰に付いていることを確認しつつ、俺は陽気に街を物色する。
「……おい? なにこっち見てんだああん!? ここにおられるお方が誰だかわかってんのがぶぐぅ!?」
「シィィィッッッット! ビィィィッッッックワイエット! ……あは、あはは! すいませんね!? なんでもないんで大丈夫です!」
突然後方から聞こえる咆哮。
ギョッとする罪なき通行人に頭を下げながら、これまでずっと俺の後ろにぴったりとついてきていた一匹の狂犬の口を慌てて抑え込む。
なんとか極力視界に入らないようにし、できるだけその存在を忘れようとしていたが、やはりそれは徒労に終ってしまった。
というかむしろ積極的に注意した方がよさそうな気がする。
「なにするんすか、大兄貴。あいつ、ムト大兄貴にガン飛ばしてましたよ? 一発締めましょうや」
「飛ばしてないし締めません。あと前から気になってたんだけど、その大兄貴ってなに?」
「ムト大兄貴はただの英雄じゃありません、大英雄です。つまりムト大兄貴はただの兄貴ではなく、当然大兄貴というわけです」
「ごめん全然意味わかんない」
上京したての私立文系大学生みたいな髪型をした上背のある男が顎を突き出し周囲を威嚇する様子を見て、なぜこんなことになってしまったのか俺は改めて考えてみた。
しかし俺の答えは一向に出ず、諦めて街の散策を再開させるだけ。
ホグワイツ城を出てからというもの、当たり前のように付いてくるこの銀髪ヤンキー系ストーカーをどう扱えばいいのか、俺に妙案はまるで浮かんでこない。
「はぁ、本当に疲れるわ」
「ムト大兄貴、疲れてるんすか? 無理もないですね。昨日あの救世の三番目と闘ったんですから。……よっしゃ! わかりました! なら俺が大兄貴を運びますよ! さあ、どうぞ俺の背中に乗ってください!」
「いや、それは遠慮しておく。絵面が辛すぎるからね。そもそも俺の疲労は身体的なものじゃなくて、精神的なものだし」
「精神的な疲労? ムト大兄貴を悩ませてる奴がいるってことですか? それこそ任せてください! 俺が軽く捻ってやりますよ! 悩みの原因は誰すか!?」
お前だよ。
本当は声を大にしてそう言いたいが、こいつの顔はとても非常にげにいと怖しなので、ヘタレの俺には直接言う勇気が出なかった。
「……まあ、それはいいよ。それよりヴォルフ君は保存食とか売ってる場所知らない? 俺、この辺あんまり詳しくなくて」
「ヴォルフでいいっすよ、ムト大兄貴。そんでもって保存食ですか? たしかこの通りをしばらく行って、右に曲がってけば結構大きめの商店があったはずです。あそこならたいていの物は揃うかと」
「そうなの? わかった。じゃあそこに行こう。助かったよ、ヴォルフ」
「この程度のこと、大兄貴からのご恩に比べたらカスみてぇなもんすよ。つか、なんなら俺、パシってきましょうか?」
パシってとは何だろう。
一瞬ヴォルフ語が理解できなかった俺だが、それがパシリの意味だと気づくと慌てて首を振る。
こいつは初対面時と比べて態度が変わり過ぎて、俺は奇妙な感覚を超えて居心地の悪さを感じていた。
なぜここまでいきなり気に入られたのか今一理由もわからない。
どのタイミングで彼はこのような状態になってしまったのか。
俺はゆっくりと記憶を辿っていく。
すると、ある心当たりと共に、衝撃の事実に気づいてしまう。
「お前、まさか……」
「はい? どうしたんすか。ムト大兄貴?」
俺の覚え違いでなければ、ヴォルフが態度を豹変させたのは、俺とユラウリの手合せが終わって以降。
特に、俺がこいつの前でユラウリの魔法を受け止め、その服を全て塵と化された瞬間だ。
推理は冴えわたり、俺は確信を得る。
この男ヴォルフ・ブレイドは、間違いなくホモ。
つまりは俺が全裸になった時にコンニチワした、新品未使用のマジカルステッキを見て以来、こいつは俺のことを大兄貴とかなんとか言って慕うようになったのだ。
やられた。
いや、ヤられてはないが、まんまと俺は危険すぎる男の接近を許してしまっている。
かつて全く同じ様な思考展開をしたことがある気がするが、どうせろくでもない記憶なので意図的に思い出さないようにする。
「言っておくけど、俺は女にしか興味ないからな?」
「は? いきなりなに言ってるんすか? 知ってますよ、そんなことくらい。俺だってそうですし」
なんとも狡猾な狼だ。
そう簡単に尻尾を出すつもりはないらしい。
すると隙を見せないヴォルフは、顔を上げると前方を指さす。
「それより見えてきましたよ、あの店です。でもちょっと混んでますね。俺、行ってきますわ」
「へ? あ、ああ、あれか。というか行ってくるって?」
そんな風に巧妙に話を変えたと思えば、ヴォルフはいきなり唸り声を出しながら店の方へ大股で突進し始めた。
今度は何だ。
一体なにをするつもりだ。
唐突過ぎる謎の行動。
どうしても悪い予感がする。
「ここにおられるのはぁ! なにを隠そう! あの大っ英っ雄っ! ムト・ジャンヌダルク大兄貴だぁ! 崇め控えやがれゴラァ!」
案の定、考え得る限り最悪の目立ち方をヴォルフは俺に強要する。
もうこれ逆にわざとだろ。わざと俺に嫌がらせしてるだろ。
実はまだヴォルフに嫌われたままなのではないかと思い始めた俺は、はた迷惑な銀髪の輩を止めるべく全力でダッシュした。
というかこいつ、どこまで俺に付いてくるつもりなんだろう。
――――――
「おはよう! 青年! いい朝だな!」
「お、おはようございます」
色々問題はあったが、なんとかヴォルフと一緒に必要な物資を集め切ることができた次の日の朝、俺はまたもやホグワイツ城まで来ていた。
出迎えてくれたのは国王ガイザスと魔術師モカで、なぜか二人とも顔をゲッソリとさせている。
「どうだい、準備はできたかね?」
「はい、一応大丈夫です」
静かに俺が頷くと、ガイザスは少しだけ残念そうな顔をする。
どうも今更になってイルシャラウィを送り出すのが嫌になってきたらしい。
しかし後悔ときすでに遅し。
俺と王女の駆け落ちワンダートラベルはもう誰にも止められない。
「本当に大丈夫なのか? もう少し準備に時間をかけても構わないんだぞ?」
「……お言葉ですが、王。ムト大兄貴の準備は完璧です。時間は必要ありません」
そしてまだ名残惜しさを見せるガイザスに、不敬にも威圧的な言葉をかけるのはヴォルフだ。
昨日一応確認してみたが、悲しいことにやはり彼も俺とイルシャラウィの旅に付いてくるつもりらしい。
率直に言って、完全にお邪魔虫だ。
だが顔が怖いので、俺はその歴然たる事実を伝えることはできない。
「ねぇ、ヴォルフ。貴方も警護につくのはいいけど、もしかして今回の報告書全部私に押し付ける気?」
「当たり前だ。俺はもう
「別に貴方が公認魔術師やめるのは勝手だけど、最後の仕事くらいやりなさいよ」
「断る。俺にはムト大兄貴を支えるという役目があるからな」
そこにモカが若干の憤りを滲ませながら、ヴォルフに詰め寄る。
目に隈をつくった彼女の吐く溜め息は妙に色っぽい。
彼女から吐き出された空気をかき集めて、特製酸素カプセルをつくりたいくらいだ。
「ちょっと、ムトさんからもヴォルフに言ってやってください」
「え!? お、俺? ……そうだなぁ、ヴォルフ。やっぱり前の仕事を中途半端な状態で放り出すのはあんまりよくないんじゃないか?」
「ぐ……そう、ですかね?」
「ほら! ムトさんもこう言ってるんだし! せめて報告書仕上げてから行きなさいよ。たしかファイレダルに行くのに魔法特急使っていくんですよね? だったらあとからでも追いつけるでしょ」
「そ、そうだね。ヴォルフは仕事を片付けてから来るといいよ」
「仕方ねぇ……大兄貴がそう言うなら」
ヴォルフは渋々と言った様子だが、モカの要求を受け入れるようだ。
今回はイルシャラウィが世界観光もしたいというので、とりあえず智帝のいるファイレダルまでは転移魔法などは使わずに行く予定になっている。
やっと俺にも運が巡ってきた。
これで嬉しいことに途中までは俺とイルシャラウィ、二人きりのとびきり甘い旅を楽しめそうだ。
「ふぅ、よかった。これでだいぶ楽になるわ」
「というか、モカさん大丈夫? なんかお疲れのようだけど」
「え? あー、心配してくれてどうもありがとうございます。これは昨日ガイザス王に晩酌を付き合わされて、それでね。まったく、昨日もただでさえ二日酔いだったのに」
「へ、へー、そうだったんだ」
モカはくたびれた仕草で目元を擦る。
どうやら彼女は一人娘の旅を心配し過ぎる親ばかの愚痴酒に付き合わされてしまったようだ。
二人ともげっそりしているのはそういうわけか。
ちなみに彼女は一昨日の宴会で、俺に散々説教を垂れ流したことをまったく覚えていない。
「お待たせ」
それからしばらくすると、ついにお待ちかねの人物が姿を現す。
王妃のベネットに連れられて、一応の変装のつもりか、ニット帽を被り、シンプルな造りだが色合いの地味なワンピースといういでたちで彼女はやってきた。
“紅の王女”イルシャラウィ・カエサル。
何やら背丈に合わないほど大きなリュックサックを背負って、少女は麗美な金髪を揺らしている。
「来たか、イルシャラウィ。どうだ? 大丈夫か? 初めて親元を離れるんだ、不安だろう?」
「ぜんぜん大丈夫」
「そ、そうか……ま、まあ! そういう不安はあとからくるものだからな! もし寂しくなったら、いつでも戻ってくるといい! ムト君はユラウリと同じように転移魔法が使えるからな! そうだろう!? ムト君!?」
「は、はい。まあ、一応」
わざとらしい笑い声を上げると、ガイザスは念押しのように俺の肩を強めに叩く。
転移魔法というのは案外使える者が少なく、大陸全土を見渡してもこの種の魔法を使えるのは片手で収まる程度の数しかいない。それは俺を含めてもだ。
そしてそんな数少ない転移魔法使いの一人であるユラウリはというと、昨日のうちに世界魔術師機構の本部があるオリュンポス島へ戻ったとのことだ。
兄の無事を、彼女の姉で同じ九賢人のメイリス・カエサルに伝えに行ったらしい。
「それでは、私のイルシャラウィをよろしくお願いしますわ、英雄様」
「も、もちろんです」
ふいに王妃のベネットが綺麗なお辞儀をみせるので、俺もそれに対応する。
顔には微笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。
きっとイルシャラウィに何かあれば、俺はタダではすまないだろう。
「大兄貴! すぐ追いつきます!」
「本当に色々ありがとうございました。またいつか会えるといいですね、ムトさん」
次にヴォルフとモカが声をかけてくれる。
ヴォルフは少し悔しそうに、モカはにこやかに手を振ってくれていた。
この二人ともなんだかんだで和解できてよかった。
銀髪のいかつい方は別にこのままフェードアウトしてくれて構わないが、モカとはまたいつかどこかで会いたいものだ。
「私の娘を、頼んだぞ」
「……はい」
最後にガイザスが俺の右手を両手で握ると、真剣な面持ちで声をかける。
俺はたしかに浮かれ半分だが、この男を裏切るようなことは絶対にしないと誓おう。
ちょっとのお触りくらいに留めておくさ。
代わりに彼の娘の身は命に代えても守ってみせる。
「それじゃあ、行ってきます。お父様、お母様」
「彼女のことは任せてください。ムト・ジャンヌダルクの名にかけて、彼女の身の安全は保証しますよ」
豪華な見送りに俺たちも手で応えると、旅の門出を静かに終える。
目指すは、この世の全てを知っているといわれる女帝の住む街。
そして俺ではなく、もう一人の英雄が辿ったという伝説だ。
俺の胸が確かに高鳴り始めているのは、きっと世間知らずのお姫様の興奮が移ったことだけが理由ではないだろう。
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