条件

決勝トーナメントの準々決勝の相手、韓国を3-0で打ち破って勝ち上がった日本に待ち受ける準決勝の相手はフランスだった。

フランスといえばチームを引っ張るのはナバッペだ。フル代表でもエースとして活躍する彼にとって、U-23の相手をするなんて役不足以外のなにものでもない。まあ、それは秀徹にも同様のことが言えるのだが。



フランスはとにかく選手が豪華だ。CBにはライプツィヒで活躍するウパノカメという1億€もの価値があるとされる選手や、DMFには今季のリーグ・アンでベストイレブンにも選出されたカマディンクという18歳の選手がいる。とにかくタレントが豊富だ。

一方で日本は五大リーグで通用するレベルの選手は秀徹、久木、冨岡あとは本多ぐらいしかいない。いかに戦術で勝るかと秀徹が頑張るかが鍵になりそうだ。



4-3-3のオーソドックスなフォーメーションをとるフランスに対して、日本は4-5-1とやや守備的だがほぼ同じフォーメーションを採用する。秀徹はとある理由からLMFで起用されている。

試合が始まり、フランスの攻撃が始まると、その理由は誰の目にも明らかだった。U-23の選手が集まるこの場において、RWGに配置されたナバッペの存在は圧倒的であったからだ。彼を止めれるのは必然的に秀徹しかいない。


秀徹は下がり目の位置に構えて序盤から積極的にナバッペを刈り取りに行く。彼は日本のフル代表のRSBで、対人守備に長ける酒田ですら苦戦する相手だ。やはり秀徹が相手するしかない。


だが、秀徹もかなり苦戦させられる。以前、ナバッペと対面した時から彼も随分成長しているのだ。というのも、以前は最初からどの方向に進むかを決めてからドリブルしていたので読めば止めれたか、今は経験値も上がってか相手の動きに合わせて臨機応変にドリブルしてくる。



持ち堪えた方だが、ナバッペを完全に封じ込めるのは守備が本職ではない秀徹にとって、非常に難しいことであった。

前半の12分にナバッペが日本から見て左サイドからドリブルをし始める。秀徹はそれを止めようとするが、外側へ展開すると予測した秀徹の逆を行く中への切り込みについていけず、突破を許す。

頼れるCBの冨岡は右のCBなので陣形を崩さぬためにもそれを直接取りにいけず、難なくナバッペはシュートへと持ち込む。彼のシュートは強烈で、すぐに先制点を獲得されてしまった。



だが、日本も負けてはいない。前半18分、久木は右サイドでボールを持つと、果敢に縦へと突破をはかる。彼の武器は変幻自在なドリブルである。

爆発的なスピードを持つわけではないものの、足元の技術はもちろんのこと、相手の重心の逆を的確に突く能力や高い瞬発力を活かして相手をごぼう抜きしていく。

今や彼の価値は3000万€を超えており、秀徹に並ぶとまでは言えないが、それに続く次世代のスターである。


久木は右サイドを上がりペナルティエリアの外側へとたどり着くと、左足で正確なクロスを上げる。狙うはファーにいる秀徹。

秀徹も狙いはわかっており、一気にスピードを上げてボールに追いつこうと飛び込む。

秀徹によってヘディングされたボールは、左のゴールラインぎりぎりから右の対角のゴールへとふわりと向かって、ネットを揺らす。これで秀徹はこの大会で8ゴール目を挙げた。



そこから試合はしばらく膠着。1点を返した秀徹はとりあえず守りに入り、ほぼサイドバックぐらいの位置にいたため日本は攻撃を牽引する選手がいなくなった。

一方でフランスもナバッペが秀徹によって本格的に封じられたことで攻め手を失い、中盤で頑張ってはいるものの、進歩はない。そうこうしているうちに前半も終わり、後半17分になっていた。


相手のカウンターの場面、ナバッペからハーフライン近くで素早くボールを奪った秀徹がカウンター返しを炸裂させた。

まずはナバッペがいない左サイドにドリブルを展開し、駆け上がっていく。途中で相手の中盤、ゲンドージにタックルされる。彼はアーセナムでレギュラーを掴み取っている優秀なCMFで、ボール奪取能力が高い。

そんな彼のタックルを秀徹は軽々と受け流し、華麗に彼の背中を伝うようにしてターンしてかわす。さらに、続いて足元のボールを刈ろうとしてきたカマディンクを足裏を使ったドローオープンでかわした。


これでかなり敵陣の深くまで切り込めた。あとはシュートを打つ体勢を確立するだけである。ペナルティエリアに秀徹が侵入すると、すかさずウパノカメはすかさず抜かせまいと体を盾にしてゴールを守ろうとする。

彼は足を出す気はないので中々簡単には抜けさなそうだ。彼がブンデスリーガ屈指の優秀なCBであることも厄介な追加要素になる。


秀徹はそのままシュートを打つわけにもいかず、右へと展開することにした。ウパノカメも当然ながらそれについてくる。そして、シュートフェイントを使う。

秀徹はそのしなやかな体を活かすので、シュートを打つかどうかのぎりぎりのところでフェイントをかけれる。かなりリアルである。


ただ、いかにリアルだろうがウパノカメもかなり警戒しているので、それだけでは十分な陽動にならない。そこで、フェイントしてボールを落ち着かせる前にボールを左足で触り、ダブルタッチする。

これは流石に想像の範疇にはなかったようで、ウパノカメも動揺する。隙ができたので、秀徹は右サイドから右の内側を狙った低めの一撃を叩き込む。このシュートをGKは止めきれず、2-1での勝利を掴むゴールになった。



いくら開催国とはいえ、サッカーで日本がフランスを打ち破るとは日本国民以外の誰もが考えていなかった。だが、日本 (主に秀徹)は成し遂げたのだ。


一方で、もう一つの準決勝ではスペインとブラジルが戦っていた。ブラジルは強い。オーバーエイジ枠のネイワールはオリンピックの優勝経験もあり、世界屈指のFWだ。

また、クラブマドリードで活躍する若きウイングのホドルゴ、ビニシルスの両名もチームに加わっており、攻撃力は日本を軽く上回るだろう。


なんせあのランス率いるスペインを5-3という結果で打ち砕いたのだから。



〜〜〜〜〜



(これやばい…、圧倒的緊張が…。モレソウ…。)


秀徹は思わず股間を抑え、冷や汗をかく。これから行われることを考えると緊張と震えが止まらない。今まで経験したことのないほどである。


「いらっしゃいました。」


ごつい体の男がそういうと、数十秒後、襖を開けて壮年の男が部屋へと入ってきた。

ここは日本最高クラスの金持ち・五十嵐家の家である。総資産は1兆円を超えると言われている戦前から続く名家であり、財閥解体によって弱体化した今でも、複数の大企業に携わっている。


そんな家に秀徹が何の用かというと…、


「君、亜美と交際しているそうだな。なにゆえに今まで挨拶に来なんだ。」


と呼びつけられたのだ。

亜美の父親…、厳(げん)はその名の通り厳しい人である。彼は若くして亜美の母でもある妻を亡くしたため、それを埋めるかのように亜美のことを溺愛してきた。まさに亜美は箱入り娘なのだ。

だからこそ、彼女が女優をやりたいとか海外に行きたいだとか言い出した時にも全て好きにさせてきた。自由にやらせることこそ愛だと思っていたからだ。そして、最終的には彼が選んだ選りすぐりのお見合い相手と結婚する…、そんな理想を胸に秘めていた。


だが、俗世と隔絶しながら生きている彼にも情報は遅れながらも入ってくる。その情報こそが、海外で男と暮らしているという情報である。

この情報を聞いた時、彼は頭の血が沸騰しそうになったものだった。その男が彼女に合う男でない限り、叩き斬ろうとすら考えた。



実際に会ってみると、そこまで悪い男ではない。決して美形ではないものの体格は良く、賢そうである。さらに、噂に聞くには彼は大層なスポーツ選手らしい。一通り秀徹と隣に座る亜美の話を聞き終わると、


「なるほど。わかった。条件付きで交際は認めよう。」


そう語りかけてきた。秀徹はこれに嬉しそうな顔をするが、条件が話されると緊張した顔に戻った。


「で、条件というのは俺を納得させろというものだ。君は蹴球選手だと言うじゃないか。

俺は決して蹴球なんぞが仕事の男は認められんが、まあ職業差別をするわけにもいかない。よって、今ここでその蹴球を見せてみろ。俺がそれで納得したら条件は満たされる。」


つまり、仕事として生計を立てていけるレベルなのかを判断しようというのだ。世界で五指に入るトップ選手にこんな要求するのは失礼に当たるのだが、彼はそのことを知らない。精々五輪に出れる選手ぐらいにしか思っていないだろう。

正直、亜美の父・厳も自分が納得するわけがなかろうと思っていた。どんなプロの技を見せつけられても、所詮は蹴球(サッカー)。だが、それも覆されることになる。



「秀徹のサッカーなら絶対に納得するわよ?彼めちゃくちゃ上手いもの。」


亜美は得意げに語る。えらく彼のことを信用しているのが窺える。


対する秀徹はとんでもなく緊張していた。もしかしたらオリンピックの開幕式よりも緊張しているかもしれない。これでもし失敗すれば亜美を失う可能性すらあるのだ。そんなこと想像もしたくない。彼の中で、今亜美は命よりもサッカーよりも大切な存在になっていたからだ。

だが、それ故に頑張ろうとも思う。ここまで練習してきた努力は決して裏切らないと信じているから。


広大な庭に出て、秀徹はリフティングを始めた。ボールを常に車に入れて持ち歩いているのが功を奏した。


「フンッ、大したことないではないか。」


当初、厳はそう言って決めつけようとしたが、次の瞬間から魔法の時間は始まった。


まずは大きくボールを蹴り出す。それも、寸分違わず真上に、である。そして、一歩も動くことなくそのボールをすっとトラップし、足の上で静止させる。それがサッカーを一度もしたことがない厳でも難しいことだとわかる。

驚くべきことに、それもまだまだ序の口だった。ボールを足の上に乗せたままくるっと体を一周させ、そこからも空前絶後とも思えるリフティング技を披露する。


もう厳も彼の虜になりつつあった。秀徹はトドメとばかりにリフティングをやめて、ドリブルをしながら厳を呼び寄せる。

そして、


「取ってみて下さい。」


と挑発した。厳は年甲斐もなく本気で秀徹のボールを追いかける。しかし、いくらボールを蹴ろうとしても彼のテクニックを見せつけられて簡単にかわされてしまう。

一流の選手でも彼からボールを取るのに苦労するのだ。素人のおっさんが奪おうとしても不可能だろう。



「はあ…、はあ。これは確かにすごい…。亜美…、こいつは凄い選手になるぞ…。」


一通りテクニックも見せ終わり、彼も満足したのかボールを追うのをやめた。彼はサッカーについて全く知らないが、この彼が素晴らしい才能を持つことは容易にわかる。そして、


「俺が言うんだから間違いないぞ。彼は世界で活躍できる選手になるだろう。」


と念を押した。

何なら彼は直近の世界最優秀選手賞の受賞者であるので、活躍どころかそこで頂点に立っているわけだが、亜美はあえて何も言わないことにした。


そんなわけで秀徹は亜美の交際相手として正式に認められることになり、後顧の憂いは断つことができた。残るはあとは最後のひと押しだが…。



高橋秀徹


所属 ユヴェ・トリノ

市場価値:2億€

今シーズンの成績:41試合、20ゴール、17アシスト

総合成績:196試合、160ゴール、72アシスト

代表成績:26試合、20ゴール、9アシスト

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