シーズン後半戦スタート
「今季の君の評価は上々だ。ブンデスリーガ、セリエAに続いてプレミア・リーグやチャンピオンズリーグでも活躍できるということが証明されたから、様々なチームが関心を示している。
バルサシティに至っては、今年はもう余力がないが、来年以降にあのメーシュの後継者として来ないかと君を誘っていたよ。他にもマンチェスターブルーズが君に関心を示していたり、ユヴェ・トリノも同様だ。
今季の冬の移籍は無いと思うが、夏は動きが活発になる。レッズがどう言うかはわからないが、君の首が縦に動けば様々なチームからのオファーが来るだろう。君はどうしたいと考えているんだ?ずっとレッズという未来を描いているのかい?」
「正直、まだわかりません。ワンクラブマンが昔から好きなのでそれに憧れる気持ちもあるのですが、一回でもレンタルに出されたらそう呼べないですし、何よりもいつか日本に戻りたいとも思ってます。
レッズで満足いくキャリアを過ごせたら僕はクラブマドリードに行きたいです。」
小林もなんとなく知ってはいたが、本当に秀徹はクラブマドリードに行くつもりらしい。クラブマドリードは名実ともに世界一のクラブであり、日本人の所属者は未だかつて存在していない。それどころか、クラブマドリードが所属するラ・リーガでの日本人の成功者すらほぼいない。
「苦難の道が予想されるぞ。バルサシティももちろん厳しいクラブだが、クラブマドリードはそれ以上にファンは厳しい。というか、レッズとクラブマドリードはあまり関係も良くないからどうだか…。」
小林はそこまで言ってから考え直す。確かに険しい道には違いないが、今まで秀徹という奴は不可能を可能にしてきた。
日本人では無理だと半ば諦めと、欧州に羨望の眼差しを向けていた日本の最先端のサッカーファンであるネット民も今では手のひらを返して秀徹を讃え、欧州にも胸を張っている。レッズからは無理でもどこかクラブを経由すればどうにかなるかもしれない。
「よし、君の意見は最大限に考慮してみる。とりあえず今は君の満足のいくサッカーをやってみたまえ。」
〜〜〜〜〜
「あけましておめでとうございます!」
イングランドで冬休みを過ごしていた秀徹の元に絵文字に彩られた一通のメッセージが届く。0時ぴったり、亜美のものだ。
(可愛いとこあるんだな…。)
とか思って秀徹も返信する。二人はあれからしばしばメッセージを交換し合う仲となった。逆に言えばそれ止まりだ。まだ二人きりで会ったこともない。
秀徹は中学時代ならば彼女がいたこともあったが、サッカー選手になってからはお金目当てで近づいてくる人間を警戒していたり、そもそもサッカー漬けの毎日を過ごしていたことから女性に関心があまりなかった。
だが、そろそろサッカー選手として安定してきた頃だし、何より彼女は噂によれば金持ちのお嬢。秀徹にわざわざ金目立てでは接触して来ないだろう。そんなわけで秀徹にも少しだけ恋心が芽生えていた。あんなに綺麗な人だ。それも無理はない。連絡を取り合う中で、サッカーが本当に好きなのも知ったし、鉄のようと言われてはいるものの案外温かい一面もあるとも知った。普通ならイングランドの時間に合わせてあけおめは言って来ない。
(でも、連絡取り合ってるだけだからまだお互いのことよく知らないし…、そもそも俺のこと好きなわけねえよな。)
半ば諦めのようなことを思う秀徹だったが、3月にある代表ウィークで日本に帰った時にでも会えないかと思い立つ。
「あけましておめでとうございます!突然なんですが、3月の中旬に日本に帰国するんですが、その際にお食事でもどうでしょうか?」
唐突にそんなメッセージをダメ元で送ってみると、1分もせずに、
「よろこんで!私も行きたかったんですよ!!」
と返してきた。秀徹は思わず跳びはねながら喜ぶ。そして、
(これ、案外脈アリなんじゃね??)
とか思い始めた。
〜〜〜〜〜
クラップ監督と秀徹はオフシーズン明けに面談をしていた。
「君はコウケーニョがいない今、チームにどんな変革が必要だと思う?」
クラップはかなり抽象的だがそんなことを訊いた。すると、
「コウケーニョは様々な場面で攻撃に顔を出していて、その穴埋めが必要だと思います。一つはOMFに誰かをコンバートさせる。
それか、3トップのみで攻撃が出来るようにする。どっちかです。」
と答える。
「まあ、コンバートするのは手っ取り早い方法だと思うが、もう一つの方法とはどういうものなんだい?」
「3トップのみで攻撃を完結させるんです。より三人で連携できるようにコンパクトな陣形を意識して、あとサイドバックによる攻撃も重視したいです。彼らのオーバーラップはとても助かりますから。」
クラップは彼の回答に驚く。ほぼクラップが考えていたことと一致しているからだ。すでに彼の戦術への意識はクラップの想像以上のレベルに達していたようである。
「では、具体的に何をしてそれを形にする?」
「まずはアレキサンダーの守備能力向上をはかりたいです。彼こそ右サイドの攻撃のキーになりますから。そして、FWは3人だけで5人以上の守備を相手するような練習をして、とにかく自己完結能力を磨きたいです。」
「なるほど、わかったぞ。その案を採用しよう。」
練習再開とともにチームでは二つの変更点が掲げられた。一つはフェルノーネ、もしくは秀徹のOMFでの起用をまれに行うこと、もう一つは基本的には3CMFのフォーメーションで試合を行うということである。背反するような変更点であるが、これもバリエーションを豊かにするためだ。
元々、フェルノーネはOMFだったので彼をそれに戻すことは然程難しくないし、秀徹も経験済み。一つ目は大きな問題点を有さないが、二つ目は賭けに近い。今まではOMFの選手が攻撃のバランスを取っていて、CMFは守備が仕事の大半を占めており、余裕があったら攻めるぐらいの働きを担っていた。
それが一気に変わることになる。攻撃もしながら守備も見なきゃいけないので、バランスを取るのがかなり難しくなる。
また、3トップでの攻撃は最初は思うようにいかなかった。フェルノーネ、秀徹、マニャ、サリーがローテーションで攻撃していったが、三人だけで状況を打開するのは至難の業だ。前線で徹底的にマークされればスペースは封じ込められ、どうしても後ろを向きたくなる。コウケーニョがいない攻撃とはこんなにもキツいものになるのかと四人は実感した。
「スペースがないんじゃない!スペースは作るものだ。お前らが作れてないだけだ!」
クラップは泣き言を言うマニャに鬼のような形相で叱りつける。彼は普段は温厚そのものだが、試合中や練習中はかなり熱くなる性格だ。
CFを担当することが多いフェルノーネと秀徹はスペースを見つけたり、作るのが上手いが、ウイングの二人は普段はサイドに流れる動きが主となるので、あまり上手くない。もうこれはとにかく経験して慣らすしかないだろう。
一方でアレキサンダーは個別のトレーニングとして、下部組織のドリブラーなどを相手に1vs1でディフェンスしている。MFからサイドバックに転身した彼はこれまで徹底的に守備練習したことはなかった。レッズは状況を見極めながらではあるが、カウンターを早く行うための積極的なプレスと、味方が下がるのを待つための時間稼ぎのための消極的なプレスを使い分けねばならない。
ただ、対人守備能力が足りなければどちらをするにも上手くいかない。FWの四人にもアレキサンダーにも求められるのは経験だった。
〜〜〜〜〜
リーグの後半戦が始まった。この17-18シーズンは異常なシーズンであった。2位につけるマンチェスターユニオンの勝ち点は45。例年ならば優勝するチームのシーズン折返し水準にすら達している。だが、首位を独走するブルーズは勝ち点52。16勝3分というありえないほどの強さを見せつけている。この時点で7点も勝ち点を突き放されるというのは極めて異常である。
それを追いかけるのはクラブトッテナムとレッズ。クラブトッテナムが勝ち点38、レッズは11勝3分5敗で36点。1位と2位に追いつくのはかなり厳しい。さらにレッズを33点のロンドンブルーズが追ってきているので、そこも気をつけねばならない。
しかし。新戦術は中々噛み合わず、結果開始から7試合で3勝3分1敗と足踏みしロンドンブルーズに26節終了時点で追い抜かれてしまった。秀徹は6試合で5ゴール2アシストと奮起したものの、アレキサンダーの守備は覚醒に未だ遠く、ゴメロがRSBを担わざるを得ない展開である。悪いとは言わないが、今のチームにはアレキサンダーのような攻撃のクオリティが必要であった。
仕方なくコウケーニョと出来ることも似ている秀徹をOMF起用した試合もあったのだが、まあ微妙だ。彼は上手いがどうしてもスペースに顔を出したがるのでコウケーニョがしていたような、色んな場所に一歩引いて顔を出すという動きはしなかった。フェルノーネも同じようなものだった。そうなると、試合を展開するのが難しい。
(どうしたものだろうか…。)
クラップは思い悩んでいた。
秀徹は秀徹なりにこの状況の改善策を思い巡らせていた。そこでアレキサンダーの守備力向上のために秀徹と1vs1をやりまくるという力技を考えついた。考えてみれば、今の秀徹の対人ドリブルなどの強さはそこに由来している。恐らく間違いない方法のはずだ。
「おい、トレ (アレキサンダーのこと)!夜残れよ。俺と練習しようぜ!」
練習終わりにアレキサンダーにそう伝える。アレキサンダーは試合に出られないなりに自身の強化のために手を尽くしてくれる監督を尊敬していたし、アレキサンダー自身を特に評価してくれている秀徹は大好きな友達だ。
「おう、みっちり鍛えてくれよ!それと…、ありがとな!」
何となくアレキサンダーも意図はわかっているので、秀徹に照れくさいながらも感謝している。そして、6時から猛練習が始まった。
「何だこいつ…、試合中は手加減してるのか…?」
それが秀徹とひたすら1時間1vs1をし続けたアレキサンダーの感想だ。秀徹は試合では素早く抜くことを意識しているのでやらない技が多いが、特に時間制限のないこのような練習ならばより素晴らしいドリブルを披露できる。
アレキサンダーは1分間に3回は股下を抜かれてしまっているし、1時間やって10回しかボールを奪取できていない。秀徹のドリブル能力はやはり異常だと気付かされた。
そんな中で進歩もあった。実のところ、最初の20分は全くボールを奪取できなかったのだが、その後徐々に出来るようになってきた。彼の体の動かし方、入れ方、足の動かし方、技の出し方。それらが何となく読めるようになってきたのだ。それこそが秀徹の狙いである。
無論、彼の動きがわかってきたからって他の選手も同じくわかるようになるというわけではないのだが、何となく全選手に通ずるところもあるし、世界最高峰のドリブラーを止められるようになれば確実に守備力は向上する。彼らの練習は始まったばかりだった。
高橋秀徹
所属 リヴァプール・レッズ
市場価値:1億5000万€
今シーズンの成績:27試合、20ゴール、9アシスト
総合成績:89試合、65ゴール、32アシスト
代表成績:5試合、4ゴール、1アシスト
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