第7話 新しい産業
ルーに話して、トーゴでもう1日と半分を過ごす都合をつける。
どーせ、エフスの面々も、アンテナ建てる土台作りに時間が必要なはずなんだ。
あのあたり、どこの街道にもなっていないから、いにしえの土台の流用ができないからね。
それに、ロバが持ってきてくれたケーブルも終わってしまった。
空荷の荷車引いて帰るのは半日仕事だろうけど、再びケーブルを持ってくるのには丸1日掛かるだろう。あまり、ロバを急がせて酷使したくないし。
ロバの野郎は、俺のことが嫌いだろうけどさ。
女の子のロバには、好かれたい(意味不明だけど切実な思いだ)。
デミウスさんとパターテさんに話をとおして、トーゴのみんなにも1日の時間を貰う。
まずは、総出で藁を刻む。で、藁はたくさんあるし、人数もいるので、刻む際に節の部分は最初から外してもらった。
それを普段、全員分の食事を作る大鍋で2時間ほど煮る。煮るのは水ではなく、調理の際に出た灰を水に溶かした上澄みでだ。夜の調理は太陽光のコンロが使えなくて、火を使うからね。灰もたくさん貯めてあるので、多めに使った。
上澄み液、ちょっと触ってみたら、案の定ぬるぬるだよ。
中学の時の実験で、水酸化ナトリウムとか、アルカリ性の強い液体は目に入ったらヤバいって教わったよな。この強アルカリがタンパク質を溶かして、失明の危険があるって。
なので、事故が起きる前に、全員に気をつけろって、声を張り上げて伝える。
で、鍋は金だから、どれほど強いアルカリでも全然問題ない。たまには、本当にたまには、いい仕事をするよね、金。太陽光のコンロ使っているから、これでもかって言うほど眩しいけど。
で、煮汁がコーヒーみたいに真っ黒になった。このままだと、できあがりも真っ黒になりそうな不安を覚えたから、マニュアルにはなかったけど、藁を荒いフェルトで濾して取り出して、新しい灰汁でさらに煮た。
ちなみに、このマニュアルは、俺の世界でネットで探しておいたものだ。
ルーに、スマホは取り上げられたけど、たまには充電したいし、監視下において5分くらいは使うことができる。それで確認したんだよ。
まったく、なんという横暴。
圧政反対!!
立て、ぷろれたりあ民!
そして、ウワメヅカイに「いいよねっ♡?」って、ルーに言われると頷く自分、総括しろ!
俺の家、あ○ま山荘に近いから、このくらいの単語は知っているんだぞ。
ついでに言えば、元の世界の俺のアパートから、連続殺人の大久保き○しの住んでいた家は、歩いて行けるぞ。共に地元じゃ語り継がれているからな。
なんて、思考が横道に逸れている間に、トーゴの改築者の若いもんの中で、この真っ黒い煮汁を飲めるかどうかで賭けが始まったので、ちょっとマジに叱る。それこそ「死ぬよ、アンタ」ってなもんだ。さっき毒だって言ったばかりじゃねーか。
いつも元気で無茶しいだよね、この世界の若い衆はさ。
2回目もさっきと変わらないくらい黒い煮汁になったけど、それでもちょっと掬って、容器の縁から透かしてみると随分とさっきよりマシみたいだ。
それをまた濾して、残った繊維を水で洗っては濾して、と何回か繰り返す。
ぬるぬるが感じられなくなったところで、できたばかりの港の岸壁の上に広げて、総出で丸石を握って、それで叩き、すり潰す。
ここ以外、広くて平らな世界はないからね。
人数の圧力ってのはすごい。
交代交代に、30人くらいで叩き続けたら、あっという間にぐじゅぐしゅどろどろの怪しい繊維が取れた。
俺は、その間にマランゴさんに、A4ぐらいの大きさの木の枠を作ってもらう。それに、さっきのフェルトの端っこを切り取ったのを張って、準備は完了。
さて、最後だ。
ぐじゅぐしゅどろどろを、きれいな水でさらに
フェルトがなかなか水を逃さないので、その間によく揺すって、繊維をできるだけ均等に平らに広げる。
で、それをまた、港の岸壁の平らな石の上にそっと裏返しにして移し、乾かす。
太陽の熱で温められていた石は、繊維に含まれていた水をごく短時間で蒸発させていく。
乾ききる前に、波打って石の表面から起き上がってくるのを防ぐため、湿ったフェルトで押さえつけて、重しをして、完全に乾かす。
ごわごわしていて、あまり綺麗ではないけど、これがこの世界で初めての紙、藁半紙の最初の1枚だ。
「できたぞ」
って、トーゴの面々に回すけど、反応は「ぽかーん」だ。
紙の重要性って、やはりいきなりは解ってもらえないみたい。
ま、数がまとまって、実際に換金できるまでこんな感じだろうね。
具体的に高度で難しいことをしたって、そんなイメージもないだろうからねぇ。
得体の知れないものを作って、それに価値があるって言われてもまぁ、人はすぐには納得できないもんさ。
ただね、デミウスさんだけが、目をらんらんと輝かせている。
きっと、十分以上に紙の価値を見いだせているんだ。
やっぱり、学ってのは必要だねぇ。
「ヤヒウの革の羊皮紙は、とても価格が高いものです。
これは、そこまでの強度はなくても、書き物には使えます。
イコモを収穫したあと、冬の仕事として、これをたくさん作れば、羊皮紙の代わりに、相当の高値で売れるはずです」
そう声を掛けて、ようやくぱちぱちとまばらな拍手が湧いた。
「原価を考えてください。
そして、羊皮紙の半分の額と、その原価と比べてみてください。
ボロ儲けでしょう?」
おお、ようやく少しぴんときたみたい。
「『始元の大魔導師』にして、『ダーカスの王友にして国柱』の私が、生産できた藁半紙の全量を買い取ります。
良いですね?
ただし、良いのを作ってくださいよ!」
「お応っ!」
さらにようやく、お金になるんだっていう喜びの声が上がる。まだ、半信半疑っぽいけどね。
農業やっていると、藁ってのはとても必要なものだろうな。でも、余りが現金化できるなら、そりゃあ、嬉しいはずだ。
デミウスさんの声が響く。
「せっかく煮たんだ。
残りも紙にしてしまうぞ。
1000じゃ済まないだけの量がある。
少しでも上手くできるよう、これで練習するんだ!」
「応っ!」
それぞれに、ああじゃない、こうじゃないっていうのを始めだす。
見ていたマランゴさんが、紙漉き用の木の枠を、それこそ一瞬でもう10個作り足してくれた。
なんで、こんな機械で作ったように同じサイズのものを数作れちゃうのか、職人ってのはスゲェよ。
俺、さらに高品質の紙が欲しいから、改良のヒントをデミウスさんに話す。
「ダーカスの街の洗濯屋さんに、繊維の漂白の方法がないか聞いてみてください。協力が得られれば、さらに色白の紙が作れるでしょう。
街の人、ヤヒウの毛を織った服でも、元のヤヒウの毛より白い服着ているんですよね。
あと、バーリキさんが海藻を採ってきたら、そのぬるぬるを加えてみてください。もっと薄い紙ができるかも知れません。
薄くできれば、枚数を稼げますから、さらにボロ儲けです。お客も薄い紙を喜ぶはずです。
あと、デミウスさんにはお解りでしょうけど、ペンの先が引っかからないよう、できるだけ滑らかな紙を作ってください。
以上です」
デミウスさんに腕を掴まれた。
「『始元の大魔導師』のお陰で、年に2回、確実な報酬が望めるようになりました。
これから春まで無為徒食かと思っていましたが、自らの力で食っていくことができます。
『始元の大魔導師』様、皆を代表して、このとおり、お礼を申し上げます」
「この間の、握り飯のお礼です。
あれは本当に美味しくて、助かりました。
王様からの、村長への任命状を作りますから、できの特別に良い紙を4枚、ダーカスにお願いします。
バターテさんの名誉村長と、デミウスさんの村長の任命状を控えも含めて2部ずつお渡しできると思います」
「……はい」
ゴ○ゴ○3が、なんか涙ぐんでいる。
よかったなぁ。よかった、よかった。
− − − − − − −
その晩、ルーと話した。
さっそく、できたばかりの紙を使って、王様に顛末を報告するとともに、バターテさんの名誉村長と、デミウスさんの村長の任命を内定から確定にして欲しいってお願いをした。
また、任命状についても、だ。
まだ、紙の質は低い。でも、きっと、みんなで良くしていってくれることは、疑う余地がないよ。
ルーが言うには、今までで最大のウハウハを王様は自室でやるかもだって。
一応、産業の利益の権利は俺に保証されているけど、まぁ、コンデンサだけでも良いやとは思っているんだよね。
紙利権は王様に渡してもいいや。
公衆浴場もリゾートの作り足しも、王様の懐からお金が出た方がいいし。
俺が儲けて、俺がそれらを作っていたら、立場的に変なもんになるような気もするし。
最後に、エフスで入植者に絡まれたらどうするかって話を、ルーと詰めた。
コンデンサがいくつか、それからもう1つ(あとのお楽しみだ)必要だけど、実現性は高いだろうって。
定期便での配達をお願いしとこう。
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