第26話 国交2


 次に、南のブルスについて。

 ここにダーカスから行くには、リアス式海岸の海と火の山の間の道を通ることになる。

 だけど、有毒ガスの多い火の山には、リスクが高すぎてアンテナは立てられない。結局は道沿いにアンテナを立てるしかない。

 でも、これ、ブルスにとっては、どうしても確保したい安全地帯ではない。

 通るだけならば、魔素流が来ない時に歩けばいいだけだからね。


 だけど、ダーカスからしたら、沿岸航行する船が魔素流からの安全を確保できるってことに繋がるから、このアンテナの敷設はどうしても行いたい。

 ネヒール川河口からブルスを経由し、リゴスに至る航路を開発したいからだ。

 なお、この航路の意味はきわめて大きくて、輸送、貿易だけじゃないと。


 現時点で、ダーカスはリゴスへの直接の交通経路がない。必ず、サフラ経由か、ブルス、エディ経由となってしまう。途中で特使が殺されて入れ替わられたり、親書をすり替えられたりしたら、すべてが戦乱の灰の中に終わってしまう。

 つまり、海路の開拓は、ダーカスにとって、最大の安全保障になりうる。


 そして、この海路の安全を保つことは、資源や大河がなく、農業に力を入れられないブルスにとっては、漁業の安全を確保するものという側面を持つ。

 ブルスにとっても損はない話。

 ただ、話の切り出し方と、その交渉には失敗ができない。

 だから、魔術師のセリンにも同行してもらう。


 問題の構図は、エディとジャンの時と同じ。

 魔素流から、陸海の交通路を守れる話を、ギルドという中立組織に身を置くブルス人の観点から説明できる。まして、海路は魔法による風の比重が高いからね。セリンの魔術師という職は偶然とはいえ、説明に有利だ。



 問題は北のサフラ。

 1番油断がならない。

 他の国と違い、特使の命の危険すらあるかもしれない。

 だから、ケナンさんのパーティーの中で、最大の戦闘力を持つ2人を当てる。しかも、この2人は土地勘がある。


 単純に言って、冒険者は軍人ではないから、国家と正面から戦ったら勝負にならない。個人として英雄クラスに達していても、正面から1個師団と戦えるわけもない。なんたって、軍というのは、大量破壊と大量殺戮に特化しているからね。

 でも、土地勘のある冒険者が、反撃ありで逃げ回ったら、とても捕まえられない。

 軍は警察とは違う。そういう、逃げ回る個人を捕まえるようにできた組織じゃない。


 しかも、ケナンさんのミスリルの剣も、アヤタさんの弓矢も、この世界では通常ありえない武器だ。

 冒険者だから、クエストして初めて手に入れられるものだけど、数を揃えるなんて絶対できない、極めて希少で高価格な武器だ。そして、それに適応した剣技もあれば、弓技もある。


 軍は戦いのプロ集団だからこそ、それへの対処法なんてないし、「捕まえてこい」って命令自体がナンセンスって、軍の上層部ならば思うはずだって。

 だって、ミスリルの剣や弓矢を装備している軍なんてないし、この先もありえない。だから、軍編成をそれに対応させること自体が無駄なんだと。


 結局のところ、人海戦術で冒険者の2人を最終的には捕らえられても、個としての兵が何人犠牲になるかを考えれば、飲める命令じゃないって。


 さらに、王様のセリフだけど、「特にリゴスへの使節は、サフラを隔てているため、もしかしたら危険が伴うやもしれぬ。だが、その危険は、このボーラ殿が打ち払ってくれよう」って、露骨にボーラさんを人質にしろっていうことだ。

 しかも、「ケナン殿も、ミスリルの剣、リゴスにて砥ぎをかけて来られるが良い」って、露骨に装備を整えて来いってことになる。


 サフラと、ボーラさんに対する露骨な牽制なんだ。


 ただ、それだけだと、サフラの国にとってはあまりに救いがない。

 円形施設キクラのある国の発展からは取り残され、挽回の機会すらない。

 そうなると、ヤブレカブレの手に出るかもしれないので、ダーカスの王は半年後の情報公開を明示しているし、円形施設キクラのネットワークの末端をサフラまで伸ばせば、魔素の利用はできる。

 その魔素は購入するものだとしても、世界の発展から切り離されるわけじゃない。


 そして、サフラにとって、もっとも有効な魔法の使い方がある。

 サフラは雪が降る。

 そして、冬の間、すべてが閉じ込められてしまう。大陸内回廊ともいうべき幹線道路は守られているけど、そのために必要なコストは相当に掛かっているはずだ。

 で、魔法は雨の総量は増減できないけど、時期はずらせるんだよね。

 ということは、農業に必要な時期に雨を増やし、冬の雪は減らせるってこと。

 これによる経済効果は計り知れない。

 冬の間の産業育成だって、輸送が成立するようになるんだから可能だ。

 冬期の森林資源の利用だって、きっとできるだろう。


 そして、森林利用のネックになっていた、もう1つの要因。

 魔獣トオーラの駆除。

 これも魔法があれば、人の犠牲なしにできる。

 絶滅させなくても、作業中の人の安全は確実に保てるようになる。


 加えて、ゴムとかの化学産業の技術が将来的に公開されることになれば、サフラはそこでもそこそこの発展を遂げられることになる。

 となれば、サフラの国王自身も短期の期間で暴発するよりは、平和的に情報を得る方向で動くはずだ。つまり、戦争の危機は相当に減る。

 ダーカスとしても、ゴムの加工に不可欠な硫黄を握っているから、スィナンさんが今作っている商品は無駄にならない。

 なるほどねぇ。

 そか、硫黄も経済物資になるんだ。


 そして、問題の構図で、も1つ他国と同じこと。

 これらの利点を、ギルドという中立組織に身を置き、ダーカスの事情に詳しいサフラ人の観点からアヤタさんは説明できる。

 この世界で数少ない森林資源について話をしても、他国人が利権狙いで介入してくるっていう疑いが少しは薄まる。


 ボーラさんの身柄を傷つけずに返したことで、ダーカスの善意も少しは分かってもらえるだろう。

 そして、サフラの王がどうしても戦争したければ、ボーラさんを殺してダーカスのせいにするかもしれないけど、アヤタさん達はギルドを通して護衛と送り届けの任務依頼がされている。

 だから、サフラの王がアヤタさんを抱き込むこともできない。


 サフラについては、全方向に疑いと、そのための手が打ってあるんだ。

 あの王様ケロ□め、抜け目ねーな。



 最後に、対リゴス。

 特にリゴスは他国に対して好戦的な国ではない。もしそうだとしたら、いつでも大陸の他の国家を攻められた。エディを攻めれば、この大陸にある円形施設キクラの8分の5を持つことになる。

 こうなれば、他の3国、ダーカス、ブルサ、サフラが同盟を結んでも勝てない。

 でも、それをしてはこなかった。


 だから、逆を言えば、ダーカスとリゴスがこの大陸の経済で、1位と2位を占め、他の国よりも遥かに大きな勢力を持った上で平和に努めれば、この大陸はずっと平和。

 だから、その意思だけば、常に捻じ曲げられずに両王で共有していく必要がある。

 例えば、ダーカスからリゴスへの使者を、サフラの国を通過中に殺されてしまえば、サフラはリゴスに好きなことを吹き込める。

 そんな危険は冒せない。

 そのために、船の定期便によるホットラインを作る。

 うん、筋が通ってる。


 そして、それを伝えてくるダーカスの護衛は、ミスリルクラスの冒険者パーティーのリーダー。しかも、リゴス人。

 これで、ダーカスの意に疑いを持たれる心配はとても減る。


 しかも、技術供与と平和条約の申し込みは、リゴスにとって無条件に『せかいのはんぶん』を連想させるだろう。

 この大陸の中で、リゴスと覇権を争える国はない。他の4国が同盟を結んでも、リゴスには勝てないはずだった。

 そのリゴスにとって、ダーカスは唯一の仮想敵国となりうる。

 だから、ホットラインの件も含め、平和の意思は常に伝え続ける必要がある。

 そして、リゴスが簡単に踏み潰すことができないだけの国力を持つ。


 以上が、ルーが話してくれた王様の考え。



 もう、ため息しか出ない。

 俺が、政治家とかに適性があって、どこかで当選でもしているようだったら考えられたかもしれないけど、こんなの、自分じゃ考えられないよ。てか、そんなヤツ、すでに俺じゃない。きっと、元の世界で、もっといい人生送っていた。


 まぁ、そんな俺でも解ることがある。

 何度でも頷けるけど、確かにそうなんだよね。

 特撮でも、アニメでも、正義の味方いいもんだから強いんじゃない。正義の味方いいもんが最大の戦力なり科学技術を持っているだけだ。

 負けそうになってから逆転するストーリーのもあるけど、徒手空拳の正義の味方は見たことがない。逆転できるだけの戦力は最初からあるんだよ。



 自分たちを正義って言い切れるかは判らないけど、少なくとも血は見たくないし、必要以上に誰かから搾取もしたくない。

 ダーカスの王様も、それは変わらないだろう。今までの付き合いからも、そんな気がする。

 そんな俺の考えは甘いって言われるかもだけど、ルーは「それでいいんだ」って言ってくれるんだろうな。

 

 あとは……。

 この世界では、もともとが貧しくて、戦争なんてできないと思っていた。けど、俺自身が生んだ富が、そのきっかけに成りうるんだ。

 人は簡単に諍う。

 それを防ぎながら、物事を進める。

 そう考えると、王様を一堂に集めて会議ってのは、さらに意味があるんだろうね。



 あと、俺自身も、もう少し気をつけよう。

 今回は、欲で釣ろうとされたけど、いきなり問答無用に拉致される可能性だってあるかもしれないんだ。


 そう考えると、空を飛んでリバータを成敗したって噂、悪くないのかも知れないなぁ。

 そんなヤツ、軍隊出しても誘拐できねーよ。

 いかん。

 中二病が火を噴くけど、ペンチを持った肖像画より、空飛んでいる肖像画のほうが絶対カッコいいぞ。

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