第19話 狂獣との対決1
ちいさなコンロで、ヤヒウの糞が燃えている。
キャンブ支度の備品だけど、使わないでもらった方が良かったかなぁ。
コンロの上には小さな金の鍋。
空は高く、風は穏やか。
海は青く、岩は黒く、砂は白い。
1番の高台にいるから、眺めは素晴らしい。
美しいとしか言いようのない光景。
そして、そののどかな風景と裏腹に、空気に漂うのは目が痛くなるような悪臭。
コンロに臭いが移ったら、もうこれでメシなんか作れないぞ。
なんて言うんだろ、金属臭と、強烈な生臭さと、腐敗臭。そこはかとなく以上に、ウ○コの臭いも混じっているような……。
200メートルくらい先の、1番低い岩陰で待機している100人もの屈強なブラザーたちが、鼻を押さえてのたうっているのが見える。
ダーカスからの有志組の30人も、その後ろで地に伏せている。地面に近いほうが臭いが少ないんだろうな。
魔術師さんたちとか、その他の役割持ちは、入り江から見えないギリギリのところで待機している。この人達の痩せ我慢は凄い。
きっと、涙をぽろぽろ溢しているだろうに、背中を丸めていない。
涙が止まらない。
ほんとにコレ、ジャンさんの言う通り、数日で臭いは消えるんだろうな?
消えなかったら、自決を覚悟するよ、俺。
もうぼっちは嫌だし、涙が止まらないほどウ○コ臭いからぼっちなんてのは、コミュ障って理由より辛いからね。
「できた」
レンジャーのジャンが呟く。
完成ですか。よかったよかった。
ルーが目に涙をいっぱいに溜めて、それでも岩陰から、ちらちらと入り江の中のリバータの観察をしている。
落ち着いた物腰で、弓使いのアヤタさんが、鏃に使い古したフェルトを巻く。
きっと、この臭い、初めてじゃないんだろうね。
で、たっぷりとフェルトが鍋の強臭元だか、強臭力を吸い込んだところで……。
ヤベェ。
弓矢、かっこいい。
臭いけど。
岩陰にいて、直接は狂獣リバータが見えないのに、アヤタさんの動きにためらいはない。
無駄のない動きで、矢をつがえ、斜め上の空に向けて弓を引き絞る姿が、惚れ惚れするほど美しい。
臭いけど。
ひょう(古典的表現)って音ともに、矢がきれいな放物線を描く。
ジャンさんが、鍋に蓋をして、岩陰からそっと入り江を覗く。
ああ、鍋の蓋って偉大だ。
これだけで臭さが落ち着いた気がする。
そんなことを思った次の瞬間、だっぱーんだか、どっぱーんだか、ともかく物凄い水音がした。
「効きました!」
ジャンさんが叫ぶ。
なにが効いたかって、そりゃあもう、言うまでもなく例の臭いやつですが、これに感謝し、……したくないなぁ。
全員が岩陰から身を乗り出して、リバータを見る。
水飛沫が、100メートルも立ち上がっているように見える。
たぶん、ヤツにはこっちを観察する余裕なんかないし、こっちの叫び声よりも自分で立てる水音の方が大きいはずだ。
全身を伸ばし、一度は海面から躍り上がるように跳ねあがる。そのあとは、うねくりうねくり、一目散に逃げ去っていく。
スゲェ、スゲェよ。
電気ショッカーだって、こんな効き目はない。
「かかれっ!」
ハヤットさんの、地に響く号令。
走り出す120人の男たち。
何人かに1人は、ロープを握っている。そして、何人かに1人は、スコップを担いでいる。
もちろん、俺も走り出す。
入り江を囲む丘の、一番低い場所を超えたところに、骨の集積基地が作られている。ま、単なる空き地だけど。
そこへ、奥から骨を並べるってことで手順ができている。
ここに残った10人が、きっちり整理しながら並べるんだ。
入り江寄りには、フェルトをゴムで固めたゴムシート。
その上に、コンデンサが整然と並んでいる。俺が工事をした。
海水が沁みているのか、地面はかなり湿っぽい。だから、アースは大地アースにした。これだと、アース分は持って歩く必要がなくなって、電極一つを持つだけで済むからね。
欲張らず、目につくところから骨を拾う。「骨を拾う」っていう言葉からイメージされるのとは、ちょっと行動が違うけど。
5人かかりで細めの電柱みたいのを抱え込んで走り出しているのもいるし、1人で自分の身長の半分くらいのを担いで走っているのもいる。
なんか、やっぱり「拾う」ってのとは違う感じだよね。
波打ち際に飛び込んで、見えている骨の突起にロープを掛けているのもいるし、すでに掛けたロープを引っ張っているのもいる。
スコップで、半分砂に埋れた骨を猛然と掘り返しているのもいる。
でも、引っ張っても動かない骨や、深く埋まった骨には、未練を残さない。次を運んだ方がいいからね。そういう話まで、全員に言い含めてある。
そして、最低1人3往復。
ケナンさんが、骨の集積基地で交通整理をしている。
骨を担いでいる人優先。
ヴューユさんを始めとする魔術師さん3人とセリンさんが、1人1つのコンデンサを抱えて、バテそうな奴に疲労がぽんって取れる呪文を唱え出している。
あ、表現が不穏当だったのはお許しください。
なお、一番若い魔術師さんはお留守番。どんな時でも、
俺、そのケナンさんにハイタッチして、コンデンサの山から金の長い棒を片手に持って、入り江に向かって走る。
もしも、狂獣リバータが戻ってきたら、電気ショッカーがものを言う、はずだ。言ってくれたらいいな。
高い位置から全体を見ていた、ルーの叫び声が聞こえた。
「10本!」
ハヤットさんがそれを受ける。
「10本!」
それを聞いた全員が、さらに復唱して叫ぶ。
「10本!」
同じようにして……。
「20本!」
「30本!」
「40本!」
最低ラインの50本の報告に時間がかかっている。
まだか……。
そこで、次に来たのは「50本!」ではなくて、ルーの青白く引き攣った悲鳴だった。
「戻ってきます!
さっきとは別の、さらに大きいのが!!
物凄いスピード!!!
退避っ!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます