第16話 リゾート(対応策3)
司会役をやっている大臣が、次の話に議題を移す。
「次は、大きな問題です。
ネヒール川河口の泥地は、あまりに港の建設に向かないということです。
しかも、潮の干満を考えれば、石なりを積んで地盤を固めるにしても、膨大な量が必要でしょう」
「港は、河口外にある必要がありますかね?」
思わず聞いてしまう俺。
「というと?」
「トーゴの急流が終わったところでいいんじゃないかと。
海までの出入り、流れが緩やかで楽にできるんでしょ?
川に遡っておけば、嵐が来ても、船が持っていかれる心配ないし。
あとは、ケナンさんの話した最初の入り江に非常用物資を備蓄しておいて、避難基地にしておけば、結構それでよくないですか?」
「ダーカスからのケーブルシップと無条件に接続できるし、船と言ってもゴムボートの喫水は浅いですし、その案はいいかもですね」
とスィナンさん。
あ、話、終わってしまった。
ごめんね、大臣。せっかく力いっぱい話を振ってくれたのに。
「ただ……」
ヴューユさんが手をあげた。
「最初の入り江を第2の港にして、非常時も考えるとなると、そこにリバータが入り込むのが怖いですね」
それは怖い。
洒落にならない。
たかだか20m級の小さいサイズだって、人間からしてみたらとんでもない大きさだ。
「そこって、きれいな場所ってことでしたよね?」
俺、ケナンさんに確認する。
「ええ、『海というものを見慣れていないから』というのもあるかも知れませんが、本当にきれいな場所でした」
「じゃあ、そこをリゾートにしませんか?」
「リゾートってなんでしょう?」
とエモーリさん。
「みんなで遊びに行く場所です。
豊かになったら、余暇を楽しむものなんです。
豊かさは忙しさにも繋がりますから、計画的に息抜きをするんです。そうしないと、仕事に疲れて死んじゃう人が出るかも知れません。
いくら豊かになっても、健康でなくなったら意味がありません。
きれいな景色を眺めて、海で泳いで、美味しいものを食べて、リフレッシュして、また頑張るんです。
で、常時、人がいてわいわいやっていたら、野生動物は入り込まないんじゃないかな、と」
そう説明して……。
俺、危機を感じた。
エモーリさんもスィナンさんも。
タットリさんもハヤットさんも。
みんなみんな、ここ3ヶ月くらい、寝る時間を削って働いているよね。
この世界は、七曜制はおろか週の概念がない。
つまり、週というアクセントなしに、ぶっ続けで働いている。
俺は、自分の世界に戻って息抜きができたけど、ここにいる人達はそうじゃない。
そして、たぶん、一番無理しているのは王様だ。
そろそろ80連勤だか90連勤のはずだ。
「この場をお借りして、不適切な発言をお許しください。
今取り掛かっている仕事ですが、畑だけはどうしても仕方ありませんから、
トーゴの急流の安全索のロープ設置も、肥料の確保という意味では仕方ありません。
だけど、そのあとは、少し余裕を持ってもいいと思うんです。
あとは私達が休んでいても水は汲み上げられ、船員になる人によって船は動きます。
タットリさんも、肥料は急ぎでしょうけど、水は農地に自動的に流れてくるようになりますから、少しは余裕が持てないでしょうか?」
反応が鈍い。
みんな、ピンと来ていないんだ。
数日前の俺だったら、話さなかったかもしれない。
でも、ルーと話して……。
甘くていい加減な人間だけど、俺、目の前で不幸が起きるのを見るのは嫌。それは自覚した。
そして、少しは自分に自信を持っていいんだとも思った。
だから話そう。
「ちょっとだけ聞いてください。
ここにはいろいろな人がいますから、お互いに、違う立場の人のことを想像しながら、です。
次の収穫期が来たら、この街の人の多くの人が『明日の食事をどう確保しよう』って、必死で考えなくて済むようになるはずですよね。
王様を始めとする魔術師さんやギルドの要職の方たちも、『明日の食事をどう確保しよう』って考える人たちのことを必死で考えなくて済みますよね?
最低限の衣食住が足りたら、次に考えなければならないのは、みんなで無理をしないことです」
そう言って、回りを見渡す。
まだ駄目だな。伝わっていない。
「豊かになって、豊かになれるのも解って、そのまま普通にしていると、『こうしたらもっと豊かになる』って考えるのが、ついつい行き過ぎるようになっちゃうんです。
そして、夜も寝ずに働くようになります。だって、目の前に豊かさが見えているんですから。
それはまだいいんです。
次に来るのは、夜も寝ずに人を働かせるようになることです。
こうなると、一気に悲劇が始まります。
誰かが誰かを、死ぬまで働かせるようになるんです。
報酬は払わない方が、自分が豊かになれます。そうなれば、少ない人数を死ぬまでこき使い、死んだら『コイツは怠け者で、最後は死んで逃げたから報酬は払わなくていい』ってしらばっくれるんです。
しまいには、自分は寝ていて、働く人を監視する人を雇って、死ぬまで働かせることをシステム化するなんて、そんな卑劣なことまで起きるんです。
私の世界は、そういう悲劇を乗り越えてきました。
いえ、乗り越えきってはいません。
それを、このダーカスで繰り返してはいけないと思います」
しーんとしている。
でもね、さっきまでの「伝わっていない感」はない。
働かないと即餓死する世界で、だから働くことが美徳の世界で、それが行き着く先なんて、誰も考えていなかったんだ。
「私の世界では、7日のうち2日は休むようになっていました。
タットリさんみたいに畑がある人はそういうわけにも行かないでしょうけど、1年を通してみたら、やはり冬とかにまとめて休んで、7日に2日の割合で休むように、ってなっていました。
そう決めておかないと、とんでもないことになるんです。
そして、いつも、そのとんでもないことの事件が起き続けているんです。
不敬を承知で伺いますが、我が王よ、あなたはここ数日、ろくに寝ていないんじゃないでしょうか?
王者は疲れず、昼夜を問わずに執務するものとされているのでしょう?」
王様は無言で頷いた。
「魔術師も、命を削ってまで魔法を使うものとされているのでしょう?」
ヴューユさんたちが頷いた。
「ノブレス・オブリージュの掟に従っている人も人間です。
神じゃない。
普通に生き物として生きるべきです。
そして、エモーリさん、スィナンさん。
あなたたちも、お仕事がそのままダーカスを豊かにすることに直結しているから、やはり休んでいないでしょう?」
エモーリさんとスィナンさんが頷いた。
「エモーリさんもスィナンさんも、死ぬまで人をこき使うような人じゃないのは解っています。
でも、工房全体で頑張っちゃっていますよね。
作れば作っただけ、この世界が豊かになるのが見えているんですから。
自分の儲けではなく、世の中のために頑張ってくれている。
でも、です。
このままいくと、豊かさが幸せに繋がりません。
だから、どこかからを決めて、そこからは、ゆっくり歩きましょうよ。
私の案です。
繰り返しになりますが、畑だけはどうしても仕方ありませんから、
トーゴの急流の安全ロープも、肥料の確保という意味では仕方ありません。頑張りましょう。
でも、それが終わったら、休みましょうよ」
ぱちぱちはち。
ルーが立ち上がって、拍手を始めた。
次に、エモーリさんが。
その次に、スィナンさんが。
そして、つぎつぎとみんなが。
「来年、みんなで海水浴に行きましょう。
夏忙しい仕事の人は、冬に……、えっと、南のトールケの火の山でしたっけ、そこには絶対に温泉がありますから、そこで温まるんです。
それを楽しみに、
そう付け加えて、拍手は、更に大きくなった。
王様が立ち上がった。
「我が民のために、王権を持つ3年の間に、その2ヶ所のリゾート化を余は約束しよう。
大臣、休日の規定の触れについても、考えて欲しい。現段階で罰則は馴染まないかもしれぬが、骨抜きにされても困る。
触れの担当の文官に、余の意思を伝えよ」
最後に王様が宣言して、拍手は最高潮に達した。
そうだよ、王様。
あなたも、頭蓋骨の収集はダメだけど、ガンプ○作る時間は確保すべきだ。
後の世で、『始元の大魔導師』にして
だったら、それはそれでいいなぁ。
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