第14話 川の流れにのせて(対応策1)
引き続いて、報告を受けての対応策の検討に雪崩込む。
みんなタフだよなぁ。俺、前回の御前会議のときゃ、座りっぱなしでケツが痛くなったぞ。
基本的に、今のケナンさんの報告に沿って検討。
その方が落ちがないからって理由。
まず一発目。
ダーカス近くの、川の流れの中心の岩について。
ヴューユさんが、火炎と氷結の魔法を繰り返して岩を脆くするって案を出したけど、最初の説明のとおり、ケナンさんは難しいのではないかって言う。
もともとが脆くなるような質の岩ではないって。
俺、左官さんが天然石のタイルを貼っている時に、石の扱いについて、もっと話を聞いておけば良かった。あそこんちの職人、イカツイ顔していて怖かったんだよね。
スィナンさんが、ヤヒウの毛のロープにゴムを染み込ませたものを張りめぐらせて、船が岩にぶつからないようにすればって、図を描いた。
ちなみに、俺が3000枚くらいA4のコピー用紙を持ち込んでいるから、それを使っている。これを使い切る前に、わら半紙を作らなきゃだ。
で、その図を見ていたら、俺の頭の横で、LED電球が瞬いた。
「スィナンさん、そのヤヒウの毛のロープにゴムを染み込ませたものって、どのくらいまで長くできますか?」
「そりゃあ、毛とゴーチの樹液がある限り、どこまでも伸ばせますよ」
「じゃあ、ケーブルカー、いや、ケーブルシップにしませんか?」
そう言って、俺も図を描く。
この世界に、ケーブルカーの概念はないからね。
流れの中央の岩に滑車を取り付け、ケーブルを掛ける。
そして、岩の左右にケーブルで結ばれた船を置く。
これで、右の船が川の流れに乗って下れば、左の船はその分流れを遡る。
左右の船がシーソーのように、川の上流から下流までを行ったり来たりするんだ。
川の流れもまっすぐだっていうし、可能じゃないかな。
この案には、とても大きなアドバンテージがある。
船が川の流れに逆らって登るのに、今までは魔法で風を吹かせようという話だった。そのために、魔法を記録できる蓄波動機を船に積もうなんて考えていた。
でも、風だけで船は動かないから、結局は川を遡るための航海術(海じゃねーけどな)は必要だし、相当量の魔素の消費も見込まれている。
さっきのケナンさんの話だと、トーゴの鍾乳洞の近くには急流もある。当然、急流を遡るのは大変。
それらの問題のすべてが、解決するじゃん。
そして、そのケーブルを動かす動力には水車を使う。
だって、必要なのはシーソーとか釣瓶のように動く船の、バランスを崩す分の力だけでいいからね。
船も実はゴムボートなんだから、喫水が浅い。そう水の抵抗もないはずだから、水車に要求されるパワーもそう大きくはないだろう。
難しいところは、船が登りきったら次は下るわけで、ケーブルの動きを逆にしないといけない。つまり、水車にクラッチが必要。
そのあたりは、例によってエモーリさんに丸投げすればいいっていう、俺の甘い考え。
さらに簡単に考えるならば、流れを下る側の船が、ちょっとだけ船と水との間の抵抗を増すだけだっていいくらいだ。そうすれば、川の流れる力で、強引に船は流されるし、釣瓶の反対側の船は流れを遡る。
ただ、コレだと簡単すぎて、制御ってのが効かなくなる。
流れを下る船と上る船は、常に同じ重さじゃないからね。
船を支え、引っ張る大元のケーブルを、きちんと摑まえられている方がいいに決まっている。
このあたり、もう電気工事士だの、
俺の世界から来た
ケーブルカーとか、ロープーウェーとか、スキー場のリフトとか、そういうのを嫌いな男に会ったことないぞ、俺。
「ほう……」
て声が、みんなの口から漏れた。
「大工事だな……」
これは大臣の生ツィート。
スィナンさんが言う。
「どうせ作るのであれば、トーゴの洞窟の先の急流を越えた場所まで定期便としたいですね。
そうなると、ヤヒウの毛も、ゴーチの樹液も、桁違いの量が必要です。強度が必要ですから、ケーブルに太さが欲しい。
おそらくは、他の国からの大量の買付が必要になるでしょう。
『始元の大魔導師』様、『始元の大魔導師』様の世界では、どのようなケーブルを使っているのでしょうか。参考までにお聞かせください」
「細い鋼線を撚り合わせた
ただ、もっぱら陸上の車でそれを使います。
船で、このシステムはないですね。船で鋼索だと、重くて川底に沈んでしまって、川底との摩擦で動かなくなっちゃうと思います」
そう答えながら、確かに「桁違いの量」てのは納得した。
太いロープを20キロメートルも作るとなれば、その量たるや、だ。いや、往復だから、40キロメートルだな。一頭のヤヒウからとれる毛の量からは、1メートルくらいしかロープを作れないかも知れない。
となれば、4万頭ものヤヒウの毛は、そもそもこの世界全体の1年間の生産量そのものに匹敵するのではないだろうか?
確か、この世界では、人口より家畜のヤヒウの数の方が多いって聞いている。
「まず、鋼線を撚り合わせたケーブル、これはさすがに無理ですね。
川底に沈まないように考えられたとしても、鉄も燃料も、そして鋼鉄でロープを編む技術も、つまりは何もかもが我々には足らない。
そうなると、やはり、ヤヒウの毛とゴーチの樹液で作ることになりますが、数年かかりとなるでしょう。短い時間では無理ですね」
エモーリさんも言う。
「輸送量を増やしたい時は、船を上り下りとも複数化するのでしょうね?」
「はい」
「1艘あたり、人、10人分の重さの荷物を積めるとしたら、3艘連ねれば30人分の重さです。それを1日に4往復させたら、上り下りで計240人分の重さの輸送能力となる。
しかも、場所を決めてケーブルを止めれば、海までの間に、複数の定期便の駅が作れるということになりますね?」
「はい」
「これは、確かに魅力的だ。素晴らしい」
そこで、ハヤットさんが口を開いた。
「とりあえず、今すぐ必要なのは、農地への水です。
我々の課題は、
その点から考えると、『始元の大魔導師』様の案は、実現させなければならないものであっても、すぐではないかも知れません。
しかも、です。
今のケナンの報告ですと、ネヒール川河口から、狂獣リバータの入り江まで、相当の距離がある。
海を船で渡る経験がない我々が、魔法による風を得られるとしても、巨大な骨という大荷物を持って航海が可能でしょうか。
それならば、すでに、リゴスのギルドに100人の募集を掛けています。
彼らを使って、陸路を運んだほうが間違いないと思います。
荒加工を済ませ、無駄な重量をなくした骨1本に付き、2輪の荷車も使って5人を充てれば、1回に20本が運べます。
3往復ですべてが運びきりますから、この方がよほど現実的です。
交易路の開拓と、骨の輸送は別に考えた方がいい」
確かにそうかも知れない。
今最優先すべきなのは、農地への水。
これは動かないよね。
ただ、農業のタットリさんからは反対意見が出た。
「水の確保という意味ではその案に賛成ですが、肥料という点では困りますね。
海からの産物と、それらの肥料化には期待していたのですが……」
それに対して、やはりハヤットさんが答える。
「そこに関してのみであれば、先程も言いましたが、交易路の開拓と骨の輸送は別に考えるべきです。
なので、交易路の開拓として、ゴムボートによる輸送は始めてもよいのではないでしょうか。
風を使い、船を流れに逆らって川を上らせる経験が、ケーブルシップが実現したときに無駄になるとは思えません。
また、今回の報告にあった、トーゴで支流の急流に船が迷い込まないように、安全索の設置は絶対に必要でしょう。これは、川を上るための足がかりとなるロープとしても兼用できるでしょう。
まずは、これだけを急いだらどうでしょうか。
これらの設備も、ケーブルシップが実現したときに無駄になりません。
むしろ、安全航行の点から考えたとき、例えばケーブルが切れても対処できる方法が確立しているという意味で、その方が望ましいでしょう」
ハヤットさん、やっぱりすげーな。
「お使い」が、ギルドの仕事の大きな部分を占めているだけのことはある。
そのシステムも存在しないうちから、安全という視点があるよ。
そこまで意見が出たところで、王様が高い声をあげた。
「砂浜にすでに骨があり、海に潜らなくて済むというのは朗報だ。
その分の労力を輸送に使うという、ハヤットの提案は的確なものと思う。
その案に従い、交易路の開拓と骨の輸送は別という、その方向で考えようではないか。
これも、先を見据えれば、海までの経路の複数化の布石を打つということで、決して悪いことではない。
道ができ、避魔素のアンテナが立てば、それに沿って農地としては無理でも、山林、放牧地としてその土地を利用できる。
そして、牧草が増えれば、ヤヒウの数も増やせる。したがって、その毛も増産できよう。
加えて、『始元の大魔導師』殿が綿という作物を持ち込んでもいる。これの栽培が上手く行き、規模を拡大できれば、ヤヒウの毛の価格は下がっていくだろうし、それぞれの交換貿易も可能だろうな。
河川交通のケーブルシップ化は、それからになってもやむを得ない」
ここで、王様は一旦言葉を切った。
そして、「ただし、」と言葉を続ける。
「そのネヒール川の中央に立つ岩については、調査を行い、可能であればその岩を橋脚にして橋を掛けよ。
北方の国サフラとそれを経由して繋がる国との交易は、これからも重要だ。
『始元の大魔導師』殿が来られるまで、ゴーチの木の樹液など、ちょっと変わった面白い交易品という枠を出なかった。この例から行けば、魔素流に焼かれない北の地域には相当数の資源の存在が見込まれる。今までは不要なものとして打ち捨てられていたものすらが、この先どう転ぶか判らない。
周辺3国との関係についても、同じことが言える。この先、なにが取引されるかすら分からないのに、その流れは盛んになりこそすれ、衰えることはもはやありえない。
ネヒール川の浅瀬を渡るという、今のやり方のままではいかん。
この橋を、ダーカスの東の海と北の国々への玄関口とするのだ。
なお……、交易はよくないものも入ってくる。
したがって、この遠くはない距離を、玄関口とダーカスの市街地との間に保つことは、決して悪い結果にはならないはずだ」
毎回思うんだけど、為政者ってのは大変だねぇ。
俺、考えもつかなかったよ。そんな、よくないものも入って来るなんてこと。
てか、もしかして、王様、なんか無理してないかな?
目が赤いぞ。
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