第2話 再召喚された日の夜


 ルーの屋敷、うんにゃ、今は俺の屋敷に戻って……。

 例によって、王宮調理人の作ってくれた、いつもよりずっと豪華な食事も届いて。

 ルーとルーの親父さん、俺の3人でテーブルを囲む。

 ルーの親父さんも、日常生活くらいはできているみたいだ。顔色はまだ良くないけどね。

 そろそろ、使用人ってのを雇ってもいいかも知れない。

 あまりに家の規模が大きすぎて、掃除すら手が回らないどころか、廃墟感が出てきちゃってる。


 「ナルタキ殿。

 不束かな娘が世話になった。

 どう止めても押し切られてしまい、ご迷惑をかけた」

 いえいえ。

 そんなこともないですよって思って、ふと、きちんと話しておいた方がいい気がした。

 ただ、どう話そうか……。


 「行っている間、ルーからは、ルーとギルドのラーレさんと、どちらを取るのかと問い詰められていました」

 「なんと……。

 お決めになられたのですか?」

 「決められませんでした」

 よし、これで多分伝わっただろう。


 「わが娘、それほどまでに野暮でしたかな……」

 親父のくせに、そっちに来るかよ。

 まずは、娘の貞操が守れた方を喜べよ。

 ……さて、どう言おう。

 「俺の世界には、淫行条例があって」なんて言ってもしゃーないし。

 1年後には、ルーの気持ちが変わっているかもなんて、本人を目の前にして言っても、ルーが意固地になるだけかもしれないし。


 「そんなことはありませんが、1年でここから去らねばならぬ身ですから……」

 「なんと義理堅い……」

 「そうなんですか?」

 「『始元の大魔導師』様の血を受け継ぐ子を残していただければ、このダーカスも先々まで安泰というものではございませぬか」

 あー、そういう……。

 それはそれで、考え方は解るけど、なんかヤダ。

 子供の作り逃げじゃんか。


 ただ、このがっしりした長い白髪の老人みたいな人が言うと、サマになるセリフだよね。老師マスターみたいじゃん。

 でも、まだ痩せこけているからいい。これで筋肉まで戻って同じことを言ったら、どこかの覇王とか聖王のお言葉みたいになっちゃうかな。

 実際、あの王様プ△デターよりよっぽど貫禄がある。声だって、王様はケロ□軍曹みたいだけど、ルーの親父さんはブリタ○ア皇帝みたいだからね。

 よくもまぁ、王様に嫉妬されて粛清されなかったもんだ。あの王様のことだから、そんなことはしないっちゃ、しないだろうけど、コンプレックスを持っちゃいそうだよ。


 ま、ルーの親父さんの考えについて、何かを言ってもしゃーない。

 何を重要と考えるかの論理が違うからね。

 とはいえ、娘の幸せがどうでもいいとも思っちゃいないだろうけどさ。

 

 ま、俺も非道い人だから、そろそろ人体実験でも始めようか。

 「食事も王から素晴らしいものが届いておりますので、私の世界より持ち帰りました飲み物ですが、是非、ご相伴いただければと思うのですが」

 「それは素晴らしい。馳走になりましょう」

 とりあえず、80年もののブランデーの封を切る。

 すごいな、これ。

 部屋中に香りが行き渡るようだよ。


 「このような素晴らしい香りのもの、口にしたこともございません」

 「ルーも一口、行きなよ」

 「はい」

 親父さんの前だからかな、ルーはおとなしい。


 とくとくとく、金のコップの底に少しずつ注ぐ。

 「では」

 そう声を掛けて、口に含んだ親父さんが噎せた。

 まぁ、こっちは強いアルコール飲料なんてないから、びっくりしたんだろうね。ルーも両手でコップを持って、注意深く啜っている。


 「喉が焼けるような……」

 「水を追いかけるように飲むのです」

 「確かに焼けるようではありますが、これは美味いものですな……」

 ルーは、一瞬で真っ赤になっている。

 さて、親父さんは……、と。


 ギンって感じに、目が強くなっている。

 効いたかな?

 効いたよな、これ。

 「『始元の大魔導師』様、これはどのような飲み物ですかな?」

 お、気がついたか?


 「80年の時を熟成させた、結晶とも言うべきものです。

 失われた時を、取り戻せるかも知れないと思いまして」

 「なるほど……。

 もう一杯いただけますかな?」

 「どうぞ」

 「どのような名の付いた飲み物なのですかな」


 ふっふっふ、ひねくって答えよう。

 これを買った時に、酒屋で教わったんだ。

 80万円のを即金で買ったら、店主が語る、語る。コミュ障の俺がついていけるはずもなくて、最後は頷きマシーンになっちまったけど、話の中身は覚えているからね。せめてその知識を使わないと損だよ。

 「生命の水オー・ド・ヴィーといいます」

 「生命の……。どのような魔法がこのようなポーションを可能とするのか……」

 「蒸留です」

 「さもありなん。

 リゴスにいる、魔術師ラーゼスの技ですな。

 残りは、他の魔術師達にお分けくださいますよう」

 「ええ、いいですよ」

 元より、そのつもりだ。

 

 なんか知らんけど、復活しているのはいいけど、お陰ですげー威圧感。

 で、低い声で呟く。

 「……再び、この身で術を使えるやも知れぬな」

 思わず、即、ダメ出し。

 「それは止めていただければと。

 そのために持ち帰ったものではありません。

 『失ったはずのものを取り返した。それは、また失うためではない』と考えていただけませんか?

 魔術師が命を削る時代は終わった。そう考えていただきたいのです」

 大体、また倒れたら、元も子もないじゃん。


 ルーの親父さん、返事しねーよ。

 おまけに、露骨に話題を変えやがった。

 「『始元の大魔導師』様の世界に、魔素はないと聞きました。それなのに、どうやって、このようなことが考えつけたのですかな?」

 「ルーで実験しました」

 「……思っていたより、遥かに愚かな娘だったようですな。

 あれほど……、あれほど術を使うなと言い聞かせてきたのに」

 視野の隅で、ルーが小さくなるのが見えた。

 「いえ、この世界が救われるとしたら、それはルーのお陰です」

 「なにを言われるやら……」


 ルーの親父さんは、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、右手を胸に当てた。

 「『始元の大魔導師』様、これより、このジュディン、全霊を以ってお仕え致す所存。なんなりと、お使いくだされ」

 「え……」

 名乗られた。

 マジで名乗られた。

 うっわ、これはシャレにならん。

 でもって、また絶対にバリバリ魔法使う気じゃん。


 「知識と知恵をお借りできれば、とてもありがたいと思います。

 ルーはイニシエーションを受けていませんし、魔法の上位化や全体化を知らないようです。

 その辺の知識をいただければ、とても助かります。

 また、魔法そのものについても、是非、お教えください。

 着火、煮炊きや製塩からはじまって、国を守れるほどの攻撃、防御についても知識が欲しいです」

 そう返した。

 これで完全復活して、さらに威圧感が増した上で、俺のあとについて歩くなんて言われたら、窒息死しちゃうよ。


 見た目も、『始元の大魔導師』様とその従者Aになっちゃうからね。どっちがどっちかは言うまでもない。

 ホント、相棒的な存在がルーで良かったよ。

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