第14話 召喚、第二陣
準備完了。
倉庫の荷物は、すべて積み上げられている。
エモーリさん、スィナンさんへの荷物も含めて、すべてだ。
注意して積み上げたんだけど、やっぱり少しぐらぐらする。
この上に乗るのは怖いなと思ったんで、思いついて急遽改良した。
アルミの脚立を3本買い足して、積み上げたフレコンバックの周囲3方から添え木みたいに配置して、ロープでぐるぐる巻いた。脚立もロープも、向こうの世界では重宝されるだろうな。
てか、梱包に使った木箱一つとっても、とんでもない価値になる。
倉庫の隅には、折りたたんだ大量のダンボール箱と、市指定のゴミ袋に入れた炭の粉。明日、業者が来て処分してくれる予定。
この炭の粉、たぶん第一陣が送られたあとの、その荷物の構成情報が失われた残滓なんだ。本も生き物も、ほとんどが炭になった。例外が皿。さらさらした果てしなく細かい金属の粉になっている。持っていこうかな、これ。火を付けたら燃えそうな気がする。
ホント、これはこれで面白いな。
ドラ○もんの人間製造機を思い出したよ。
赤ちゃん一人作るのに、炭素として必要な鉛筆は450本だったっけ?
銀行の口座にもお金は積んだし、アパートの大家にもしばらく留守するけどって話はして、家賃も1年分を払ってしまった。
水道の元栓とかも閉めたし、冷蔵庫に残っていた物も処分が済んでいる。
たぶん、やり残したことはない。
スマホは悩んだけど、ソーラー・チャージャーと組み合わせて持っていくことにした。ネットから切り離されても、何かの役に立つかも知れない。そもそも電卓機能だけだって嬉しい。
ま、このなにかに役に立つかも知れないっていう雑然としたものは、実はフレコンバックの半分分くらいはある。
釣具とか、簡易に布を織れる機械とか、リリアンまである。このあたり、半分玩具なんだけど、成り行きで購入したものだ。
ルーが欲しがったものは、無条件にOKにしたからね。ダーカスに無いものだってことは判るからさ。
そして、最大の成り行き品が、ワインとブランデーの
封筒が消えた。
炭の粉が、封筒の大きさに残っている。
昨日と同じならば、あと20分ほどで俺たちも跳ぶ。
ルーと二人で、フレコンバックの上に乗る。
周囲は足を括られた小動物だらけだ。可哀相だけど、召喚されるまでの間に走り回られたら抑えきれないからね。短い時間だから許して欲しい。
きゅーきゅー、みゅーみゅー、みーみー、騒がしいったらない。
ルーも、さっきからそわそわが止まらない。
帰れるのが嬉しくない訳がないよね。
子豚、子猫、子犬、羽の生え替えが始まったひよこを抱っこしたり下ろしたりしていて、小動物とやっていることが大して変わらない。
「落ち着けー!」
「落ち着いてます」
「嘘だ」
「嘘じゃありません」
「じゃ、ちょっとはじっとしてろい」
本当に落ち着かねーな。
あんまりウロウロしていると、動物まで挙動不審になるだろーがよ。
「ナルタキ殿!」
「なによ?」
一体、なにを決心したんだよ?
「こちらの世界に戻る時に、私が呪文詠唱の邪魔したら二度と帰れませんよ」
は?
何を言い出したんだ、ルーは?
「……邪魔するつもりなん?」
「いいえ」
「……一体全体、なによ?」
「こっちの世界に、ナルタキ殿のお知り合いの女性って、いないんですね?」
「ばっ、バカにするな」
「それを忘れないでいて欲しいです」
さすがにムカつく。
俺だって一応は男だからね。
「そっちこそ、なんなんだよ? 喧嘩売ってんのか?」
「ラーレと私、今回、利害が一致しました。
ナルタキ殿に、こっちに待っている人がいるか、確認したかったんです。
いなくて安心しました。
ラーレには渡しませんからね」
えっ、ラーレさんが……。
って、ルー、ラーレさんと決闘でもするつもりかよ。
それは構わないけど、そもそも取り合う賞品が碌なもんじゃないぞ。
「それ、なんで今、言う?」
「このままダーカスに戻らなければ、ラーレがいないし……、魚は美味しいし……」
「怖いこと言ってるんじゃねーよ。
あと、その2つを並列に並べるな。
そもそも、召喚されるとなったら、有無を言わさずだろーがよ」
「私、今、魔素をフルに持ってますからね。
妨害くらいならできますって」
「マジか?」
「しませんけどね」
言いたいことが、さっぱり判らん。なんなんだよ?
「覚えておいて貰えませんか?
ナルタキ殿。
私、ラーレに対して、抜け駆けはしませんでしたからね。
この世界に来た日も、『始元の大魔導師』様にダーカスに帰って欲しいとは言いましたが、『ナルタキ殿』には言ってません。
残された期限までの間に、ラーレと決着を付けますから」
あ、あの時のは、そういう意味かよ!?
解るかっ、んなもん!?
「俺の意思とか、好みとかは?」
「どーせ、ラーレの方が良いんでしょ?
気に入らない方が勝ったら、帰りゃいいじゃないですか。
帰れるかどうかは、また別の話として」
「……さっきから言ってることが怖いぞ、お前」
「私は一代貴族の娘ですよ。
町の娘や農家の娘より、親の後ろ盾がありません。
魔術師にはなれないのに、その他の世襲の仕事もできません。
『始元の大魔導師』様が仕事を終えて、この世界にお戻りになったら、家すらなく動けない父を抱えて路頭に迷うんです。
ナルタキ殿の世界でも生きていくのは大変のようですし、さらにナルタキ殿の心までラーレに取られてしまったら、モノも心も全て失います。
でも、哀れみで選んで欲しくないので、ラーレと競います。
なにか問題が?」
隨分と、畳み掛けてきやがるな。
大体、今言っていることは逆ギレした告白なのかよ?
生殺与奪が好きにできるって言葉とセットだから、脅しにしか聞こえないけど……。
あー、そうか……。
それができるほど関係が近いと言いたいんだ。
魔術師同士が名乗らないという常識を、裏返すとこうなるよね。
呪いを掛けられる関係を誇示するのは、仲が悪いからではなく、親密だからだ。「名前を知り合っているほど仲がいいんだぞ」=「呪いだって掛けられるんだぞ」って、論理が捩れる。
そか、そうなると、ルー、ラーレと仲悪くない。
だから、裏切れないのか。
ようやく、その話の筋道に納得する。
「俺に、取り合うような価値がないかも……」
ぼそぼそと呟く。
そっちのほうが大きな問題だよ。
「あのさ、だから、なんで俺なんよ?」
ルーには、俺がヘタレなのは解かっているだろうに……。
「ナルタキ殿。
あなたは、人の言ったことをすぐに忘れる悪い癖があります。
私が、これを言うのは2度目です。
あなたは、『始元の大魔導師』が人格者だなんて、誰が決めたんだ?』と言いながら、いつも最後は狡い道は選ばない。
『俺は、この世界にいきなり放り込まれた可哀想な人なんだからな』と言いながらも、他者に対する善意を忘れない。
だから、ルイーザはどこまでもお供するのです」
……俺も、ノブレス・オブリージュの掟に従っている仲間だったってのか?
全然、自覚してなかったけど。
ルーを形容する言葉は幾つもあるけど、絶対にない言葉がある。
「運命に流される」とか、「運命を黙って受け入れる」とかはない。
「気まま」だったり、「おっちょこちょい」だったり、俺のことを言えないくらい時々「大人気がない」とかはあるけど。
唯一、ルーが黙って運命を受け入れているのは、1つだけ。
ノブレス・オブリージュの掟のみ。
つまり、恋愛感情よりも、同志だってことかい?
それとも、どっちが重いかを白状したくなくて、余計に解りにくくなっているのかな?。
こっちも、婉曲に聞いてみよう。
「ルー、区別がつかないんだけど、その『お供』と、ラーレさんと競う動機は筋の違う別の話だよね?」
「一緒ですよ。
ラーレのためにナルタキ殿が向こうの世界に残るとして、そのあと私がお供できると思いますか?
また、私のために向こうの世界に残るとして、ラーレが納得できますか?
気持の問題も、動機も、なにがどう異なっても、結果は同じことです」
そっか。
おそらくは、ルーの中ですら、どっちの方が重いかなんて結果が出ていない。
でも、結果が同じだとしたら、そこでルーは悩まない。
ルーがこだわるのは、いつだって結果だ。
セクハラだ、パワハラだってのが厳密に定義づけられていなかったら、仕事と異性関係の切り分けって、相当に難しい。おまけに、大きな組織の一員とかじゃなく、あくまで3人しかいない中での話だ。状況を切り分けて、感情を割り切らせる話にはなりにくい。
なら、そんな問題、全部切り捨てて結果を追う。
……なんて、ルーらしいんだ。
うだうだ言っていても、結局最短距離しか歩かないからな、ルーは。
しっかしなぁ。
三角関係の、取り合いされる方になるなんて、人生ってのは判らねー。
こんなこと、絶対ないってか、あるとしたら老健施設で男のほうが早く死ぬから、婆ども10人に対して爺が俺1人になったらとか、不毛な想像しかしてなかった。
そんな感慨に浸っていた俺は、不意に意識を失った。
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