第2話 食材確保?
俺、仕事しなきゃだ。
次の魔素流までに、
魔素流の制御の自動化は後回しでも、一番使用頻度の高い治癒魔法は、エモーリさんと蓄波動機を工夫して自動化しておきたい。
同時に、持っていく金を確保し、この世界に持ち込むものを精査しておかないといけない。
二日くらいかけて、表を作り、王様に提案した。
同時に、召喚時に持ち込める最大重量についても、ヴューユさんにチェックしてもらうことが不可欠。
ああ、忙しい。
とはいえ、今日はルーと一緒にギルドだ。
ギルドの
組み立ての腕も上がっているけど、個々の部材の質が前とは桁違いに良い。雲母も遥かに薄く削げるようになっているから、コンデンサの容量も増しているはずだ。
コンデンサは、電極間の距離が小さいほど貯められる容量が増えるからね。
金の細線も絶縁コーティングがされていて、工業生産品に遜色がない。思わず嬉しくなって、一巻き切り取らせてもらう。あとで工具箱の肥やしにしよう。
この手の切れっ端は、あると助かることが多いんだ。
みんな、
「こんにちはー」
などと声を掛ける。
この調子ならば、日産50個くらいかな。20日で1000個だ。このくらいのペースが、仕事の丁寧さという意味では、間違いない気がする。こないだまでの、この3倍以上のペースが異常だったんだ。
なお、この世界は、七曜制をとっていないので、日曜日はない。それに、ここはギルドだから、依頼と受託という形をとっている。すなわち、労務管理はまずは自己責任。
初めての受託で、魔獣トオーラ退治の依頼を受けるとか、そんな身の程知らずであれば当然のようにラーレさんがブレーキを掛ける。でも、俺の依頼は内職みたいなもんだからね。危険もなにもないから、やりたい人がやれるだけやるという種類の依頼になる。ブラックにはなりようがない。
おまけに、スポンサーは王様だから払いは悪くないし、そうだな、「ナルタキ景気」と呼んでくれて構わないぞ。
「『始元の大魔導師』様」
声を掛けられて、金箔と雲母を重ねたものをケース詰めしていた若い冒険者に目が行く。
ん?
違うな。冒険者であれば、ギルドに登録したレベル章を付けているはずだ。
ああ、きっと、文字通りの内職をしに、臨時手伝いに来ている人なんだ。
ハヤットさんが言っていたな。
息子が冒険者になるのを親が反対する例も多くて、それは危険な依頼もあるから仕方ないけど、安全な内職的な依頼であれば小遣い稼ぎをさせてあげたいって。
仕事が少ないならば、無条件にギルドの構成員に優先して割り振るけど、今は人手の方が足らないから、「依頼」ではなく「雑務のお手伝い」という位置付けで働かせてあげたいって。
「他人の釜の飯を食う」ってことが、ギルドでは簡単に経験できるからね。親が偏屈な人だったりすると、ここでのバイト体験が、息子に偏屈が受け継がれないで済む転機になったりするらしい。
さらに、ギルドには、表にはならない隠れた機能がある。ハヤットさんは、その側面も考慮している。
俺に声を掛けたのは、きっと、どこかの職人か農家の長男だ。
通常、長男は「家業を継げ」って親に言われるから、ギルドに来ることはない。ここは、ハローワークみたいな社会のセーフティーネットの役割もあるから、冒険者登録するのは大抵、次男三男だ。
女性は、器量の良い娘は家業を持っている男から指名されて、さっさと結婚することが多い。したがって、ギルドに来るのは、長女でも次女でも、……まぁ、そういうことで、俺の口からは言えんぞ。
ところがなんだけど、ギルド内で男女がくっつくのは、依頼のあった仕事を一緒にして、苦労を共にしてからになる。つまり、疲れていて不機嫌なところも、依頼を達成した喜びも、いざという時の人間性もみんな曝け出してからだ。くっついてから、「こんな人とは思わなかった」ってのが無いんだよ。
あとは、安定して依頼さえこなせれば、それなりに良い家庭を築けるらしいんだよね。
むしろ、先に片付いたはずの美人の姉妹の方が出戻ったりして、そうなると、数は少ないけど逆転現象が起きる。
長男であっても、ギルドで幾つか安全目な仕事をして、働き者で気立てのいい娘を見つけてこいってね。
まぁ、ギルドで依頼を受けようなんて娘は、基本的に居場所がないって感じているので、結婚の障害も少ない。
そして、もひとつ見逃せないのは、嫁を単なる労力として欲しいなんていう家は、ラーレさんがシャットアウトするからね。ギルドの組合員は、組織として守る建前があるし、ラーレさんの肝っ玉かーちゃんぶりは、組合員の男女を問わない。
ここは、街であり国である程度の規模の小さい場所だから、そんな不純な動機の家は、すぐ噂になってバレてしまう。で、ラーレさんには、その噂をご注進に来る仲間がたくさんいるんだ。また、そうでないと、ギルドが不幸を生産することになっちゃうからね。
それになにより、女性にも男性を選ぶ権利がある。ギルドで自立できている女性が、「ママの方が大事だ」なんて男を選ぶはずもない。
「『始元の大魔導師』様。お願いがあります」
「はい?
なにか?」
「私は、ここで芋を作っているパターテの息子、タットリと申します。
『始元の大魔導師』様のおかげで、畑を倍に増やせるそうですね。本当にありがとうございます。これで、私も嫁を貰うことができます」
「それは良かった」
「つきましては、なんですが、『始元の大魔導師』様のお国の野菜を私に作らせていただけないでしょうか?
芋だけでなく、菜、豆、なんでも作りますから」
うっわ、それ、本当かよ。
「ラーレさん!!」
「はい、なんでしょう?」
受付の席から、ラーレさんが顔を上げる。
「彼、新しい作物をなんでも作ってくれるって。
苗や種が入手できたら是非お願いしたいので、連絡先とか、控えておいてくれますか?」
俺の舞い上がった言葉に、かえってラーレさんは心配になったらしい。
「タットリ、本当に大丈夫?」
「ええ、ラーレさん。
土地も増えそうですし、『始元の大魔導師』様の国のお野菜ならば、高く売れるでしょう。『始元の大魔導師』様の食べる分くらいは提供させていただいても、なんの問題もありません」
そか、じゃ、米だ。まずは、米だ!
「湿地帯でとれる草の種、イコモなんて、作れる?」
「増やす土地を、川の近くにしてもらえればなんとかなると思いますけど……」
思わず、握りこぶしを突き上げる俺。
「あのさ、イコモはイコモなんだけど、コシヒカリっていう種類のを持ってくるからさ、それ作ってくんないかな?」
「構いませんけど……」
なんか、タットリさん、たじたじになっているけど、俺、それどころじゃない。これこそ、俺にとっては光明だからね。なんとしても、押し付けてでも、コイツにコシヒカリを作らせちゃる。
「あとは、大豆だな。これで豆腐が食える。味噌ができれば、豆腐の味噌汁とおにぎりが……。醤油もって、これができるまでには、俺が帰っちゃうか……。でもだな、川で魚が採れれば、塩焼きにして、あ、これで焼干しにしておけば味噌汁の出汁にも使えないかな。出汁があるならば、蕎麦もいけたりして。
それから、酒さえできれば……」
気がついたら、ルーが俺の目の前で、手のひらをひらひらと振っていた。
「『始元の大魔導師』様ぁ、戻ってきてくださいよー。
ここんところ、どんどん酷くなってますよ。
ラーレが話があるって言っているんですから、ほら、ほら」
「話ってなによ?」
いかん、頭の中が、みぞれ酒と鴨蕎麦でいっぱいになってた。
もうあと何日って、毎日指折り数えているからね。で、帰ったら食べる予定のいろんな美食の数々が、俺の脳裏でかわりばんこにぐるぐる回るんだ。
ただ、フランス料理とかが出てこないあたりが、我ながらつくづくB級。
いや、そんなこともないか。
コロッケはフランス料理だったよね?
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