第二章 召喚後30日から60日(生産力増大)

第1話 召喚魔法って?


 金工房は相変わらずの大車輪の忙しさで、様々な道具を石のハンマーで打ち出している。金箔を叩き伸ばす若い職人さんたちは、特に大変そうだ。

 だってさ、金箔は、今までは祭りの時に風に乗せて飛ばす目的でしか作らなかったからね。そもそも、ここは、金箔を貼るよりも金無垢のほうが安いっていう、異常な世界だし。


 だから、暇な時に叩き伸ばしておけば済む程度だったのに、今は俺が大量発注しているから、叩いても叩いても作業が終わらないんだ。金箔を運搬時に挟み込むヤヒウの革なんて、ギルドとここを何往復したか、数え切れないよ。

 大変なのは解るけど、君たちの作った金箔がないと、コンデンサが作れないんだ。


 工房の一画では、正直もうあんまり見たくもないけど、配線やリングスリーブも作り貯めている。

 コンデンサのケースなんかもだ。あーもう、嫌ってほど、きんきらきんだなぁ。

 たぶんさ、工房の親方は仕事があって大喜びだけど、若いもんは毎日同じ仕事が延々と続いて嫌になっているんじゃないかな。


 だから今回、俺、ヤヒウの壺焼きを大量に差し入れした。お世話になっていてありがたいってね。

 職人ってのは、「お前の持っている技術には価値がある」って喜ばされると、値段以上の仕事をする。俺、自分がそうだからよく解る。

 お金も重要だけど、職人は男気で生きている部分って、確実にあるんだよ。


 しかも、人が増えてヤヒウの肉の値段が暴騰を始めているから、若い職人さんは食べにくくなっているはずなんだ。王様が、減税をあらかじめ実行していたのはこのためかもね。

 人口はどんどん増えているし、当座は食糧も輸入で凌ぐしかない。


 で、貴族ってのはいいよね。

 俺、この世界に来て、初めて自分の財布から銀貨をつまみだしたよ。

 それが、ここにいる若い職人たちに報いてやれることで、本当に良かった。

 


 今日、俺がこの金工房に来たのは、アンテナの発注のためだ。

 円形施設キクラの屋根に乗せるやつだ。

 でも、10メートルに近い金の棒って、無理がある。どうやっても、自重に耐えられずに曲がり、金属疲労で折れる。

 なので、エモーリさんのところで鉄の棒を作ってもらい、それを金の板で巻く仕様にしたいと思っている。これで、魔素は金の部分を流れるし、芯の鉄も錆びないだろう。

 とにかくアンテナが立てば、ぐんと農地が広がって、半年から1年後には食糧も安くなる。


 とはいえ、エモーリさんの鉄工房も、10メートルの棒ってなるとてんやわんやになった。鋳鉄と鍛鉄、その違いすら最初は理解の外にあったからね。

 いにしえの、魔素流が地上を焼き尽くす前に書かれた文献を、職人さんたちは必死に読み込んでいる。でも、あまりの古さにところどころ判読ができないページがあって、俺にも聞きに来ていたんだよ。てか、元々の鍛冶職人なんて、ここでは皆無だからねぇ。


 最初は、俺、鍛冶のことなんて全く分からないと思っていた。

 鍛冶と電気工事士はあまりに分野が違うからね。

 ところが、そうでもなかったんだよ。俺も日本人だから、日本刀の折り返し鍛錬とか、焼入れなんて言葉は知っている。テレビでも見たことがある。

 その程度のことが、ここでは大きなヒントになるらしい。

 太陽反射炉で出来た鉄は、鉄が柔らかくなりすぎるって問題は、俺の炭での日本刀鍛錬の話がヒントになって、竈の灰に混じった炭を滲炭することで克服できたんだ。



 さて、打ち合わせが終わって、これでこの先20日ほどは暇になった。

 アンテナ、配線、リングスリーブができてこないと、したくても仕事ができないからね。

 コンデンサは、相変わらずギルドの冒険者若いもんが作っているし、次の魔素流は、27日先だ。

 大きな国ほどカバーする面積も大きいから、円形施設キクラも3つとかあるし、結果として魔素流来襲の頻度も上がるけど、ここじゃあ、こんなもんらしい。もっとも、月のめぐり方によって頻度は上下するらしいけど、それだって、3日毎とかは来ないからね。


 とりあえずは俺、20日間の自由を、貴族様らしく旨いものでも喰っちゃー寝、喰っちゃー寝しようと思った。

 でも、それに水を差したのはルーだった。

 こいつ、とんでもないことを言い出しやがった。


 次の魔素流はそこそこ大きいから、俺に一度帰れって。

 帰って、資材とかいろいろ持ち帰ってこいって。

 で、問題はこの先。

 「私も連れて行って欲しい」

 ……マジか?


 そうなると、いろいろを一気に大車輪で済ませないといけなくなる。

 円形施設キクラのアンテナ増設も終わらせておきたいし、コンデンサも既存の倍は設置しておきたい。

 それに、せっかくだから、ヴューユさんの魔素流を反転される魔法も、機械によって再現をしたいよね。手の形の金網きんあみをグリッドにして、蓄波動機と組み合わせば済むんだろうけど。

 ただ、今回は、俺とルーの2人が、俺の世界へ派遣となる。たぶん、前回とは手順が異なるはずだ。

 ルーも突っ込んだことを聞くと口籠ってしまうので、ヴューユさんに聞きに行くしかない。



 − − − − − − −


 ヴューユさんの屋敷は、瀟洒としか言いようのないキレイなものだった。

 本物のメイドさんも可愛くて、チテの茶を優雅に淹れてくれた。

 そうだよなぁ、貴族ってこういうもんだよね。

 なんでルーは、ガサツなんだろ?

 まぁ、「魔術師の最期」ってのを他人の目から隠したいからって、ルーの親父さんは使用人をみんな解雇しちゃったらしいけど、それまではきっとメイドさんもいたろうにさ。

 って、今、ガサツって俺が思ったの、魔素石翻訳のイメージとして、ルーにバレてないよな?


 ま、そうは言っても、俺もたまになら大歓迎でも、日常生活がすべてここまで優雅だと耐えられないかも。

 きっと、ラーメンとか餃子とか、たぬきうどんとかも食べさせてもらえないような生活だよね。

 優雅に小さなサンドイッチをつまむより、ポテチとかハッピーターンをボリボリ食うほうがいい人間には、こういうので埋め尽くされる生活は厳しいよ。


 閑話休題それはさておき、ヴューユさんと話して解ったこと。

 いや、詳細精密な魔法理論は俺には解らないから、俺なりの解釈だ。おまけに、前に聞いたルーの説明も、ルー自身がイニシエーションを受けていないから、大筋ではよくても、正確でなかった部分もあるらしい。


 魔素の大量消費は、魔術師の生命力を奪う。

 唯一、それを防ぐ方法は、他からの魔素の供給を受けながら、自分の体内の魔素を使用しないで魔法を使うことだ。

 そういう意味では、魔素流が来た時はチャンスなんだと。無尽蔵の供給があるから、大部分を反射させても、残りの部分が使えるだけでどんな上位魔法も使える。それも、前回からは、その身を焼かれながら呪文詠唱する必然もないことが判明しているから、周りを他の魔術師が取り囲んで治癒魔法をかけ続けるのも不要だ。


 ただ、召喚と派遣の魔法は、一つとても大きな問題がある。

 どうやら、召喚ってのは、元の世界から俺を連れてきたんじゃないらしい。

 俺の体の、原子分子のつながりの情報だけを持ってきているんだそうだ。

 元いた世界の俺は、その情報を失って、各原子分子は風といっしょに散り散りになってしまった。ひょっとしなくても、それだと、俺、一回は死んだってことじゃないか?

 そして、その情報によって、円形施設キクラの底で、魔素流の無限に近いエネルギーのフィールドの中で、原子分子を再構築したのが、今ここにいる俺らしい。


 だから、召喚魔法に限っては、魔素を魔素流から得ながら、魔術師が円形施設キクラの床の底で召喚された者の身体を再構築する。召喚の呪文はそういう意味を持つから、極めて高度なんだそうな。

 前回、上位召喚魔法を知らないルーは、親父さんに化けて、ひたすらに下位召喚魔法を唱え続けて成功させたけど、やはり論外なんだってさ。


 人を召喚するのは、ウサギを呼ぶのとはワケが違う、と。

 「よく五体満足で来られましたよね」って、いまさら言われても洒落になってねーよ。

 もっとも、手足がモゲた程度ならば、上位治癒魔法で、また生やしてくれるそうだ。なんか、全然喜べないけどね。


 また、魔素流の中での施法だと、その中で焼かれるのは、魔術師だけではなく召喚された人間もということになる。原子分子の再構築と同時進行で焼かれてしまうので、治癒魔法を休むことなく掛け続けなければいけない。しかも、当然、召喚魔法を使っている魔術師に対しても必要だ。


 となると、ものが書かれた紙とかは治癒されないから燃えちゃうのかって思ったけど……。

 ルーが最初に説明してくれたことに繋がるんだけど、この世界の治癒魔法は、「魔法とは、世の理を捻じ曲げるものではなく、在るものを在るが儘の姿に戻すものです」って言っていた。だから、紙も戻せるらしい。

 つまりは、治癒と言うより、復元なんだね。


 そして、あまりに大量の魔素が構築時の身体を通り過ぎていくので、召喚された者に、魔素酔いってのが起きるんだと。

 ああ、俺、二日酔いとばかり思っていたけど、違ってたんだ。

 でも、そうなると、魔素酔いも魔素を使った治癒魔法で治せるってことだから、これは興味深いね。


 で、召喚した者を送り返す「派遣」は、さらに大変なんだそうだ。

 召喚と同じように、円形施設キクラの底で、魔素流の中にいる派遣したい者が焼かれないよう治癒しながら、原子分子のつながりの情報を解除し、転送し、転送先で再構築する。

 なので、自分も魔素流の中というフィールドにいると、一緒に原子分子のつながりの情報を解除されちゃう可能性が生じるから、魔素流の外から呪文を詠唱する。つまり、魔素の供給がないので、魔術師の寿命はこれで一気に縮むらしい。

 今回はコンデンサに貯めた分の魔素があるので、初めて犠牲なしの派遣魔法が使えると。

 そうか、それでルーは、俺の世界に行きたがったんだ。


 ということは、蓄波動機の使用は、次回、次次回以降かな。

 俺とルーが行って、戻ってきて、それからの方がいい。

 たとえそうでも、もう魔素流で身体を焼かれることはなくなったんだから、魔術師たちも許してくれるよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る